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四重奏連続殺人事件
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江利子と杉谷の金銭関係
「ズバリ、聴きたいことを聞かせてもらいます。杉谷さん、貴方は江利子さんに金銭的負担をかけていませんでしたか?」
「金銭的負担? どういう意味です? 私が彼女からお金を借りていたとでも言うのですか?」
おとなしそうに見える杉谷の形相が変わった。
「私が聞いているのは、金銭の貸し借りではなくて、何と言うか、私の言っている意味は、デートの費用とかプレゼントとかです。気を悪くしないでください。重要なことなのでね」
倉科は「重要なこと」を強調して、杉谷を上目遣いで見つつ、吸殻を灰皿に押し付けた。
杉谷は左腕のローレックスを隠すような動作を見せた。倉科は、最初に会った時から杉谷にはそぐわない持ち物だと思っていた。江利子からのプレゼントだろう。
「それは……。江利子さんは自分が年上だからと言って……。僕にはお金を出させなかったので……」
玲子は初めて聞かされたようだ。言い訳をしている杉谷に冷ややかな視線を向けている。
「お姉さんはどの程度の収入がありましたか?」と倉科。
「生徒だってそんなに多くなかったし、お小遣いに毛の生えた程度だと思います。実家だから食費と家賃は掛かりませんけど」
倉科は綾乃の言葉を思い出した。
(新しい恋人にお金が掛かるって、言っていたわ)
「チェロとピアノを教える以外の仕事について何か御存知ないですか? 夢想花音楽事務所とか星野遼介と言う名前に心当たりはありませんか?」
榊江利子が星野遼介と組んでいた裏仕事?について聞いてみた。
「夢想花音楽事務所は知っています。以前、お姉さんが所属していた事務所ですから。星野遼介と言う名前は聞いたことがありません。ちょくちょく東京へ出掛けていたので、まだ仕事を続けているのかなぁ、とは思っていましたけど……。姉が何かやっていたのですか? それが今回の件と関係があるのですね?」
勘の鋭い女性だ。倉科はとぼけるのに苦労して、脈絡の無いことを口走った。
「何も判らないので、博多まできたんですよ。鈴木正恵さんのお父さんにも依頼されていますし……」
「そうですか……。そうですよね、私たち家族でさえ何も知らないんですものね」
玲子は独り言のように呟いて倉科の説明に納得した。
「杉谷さん、江利子さんが、お金に関する話をしたことは無いですか? 例えば、もう少しすればお金が入るとか?」
杉谷は玲子の顔色を伺うような仕草をみせた。
「そう言えば、亡くなる少し前に、お金が入るかも知れないから、そうしたら車を買いましょう、と話していたことがありました」
玲子はあきれた顔をして、
「杉谷さん、あなた、お姉さんに車を買わせるつもりだったの?」
玲子の剣幕に杉谷はだ黙ったままだ。倉科は当惑した。ここで、二人が諍いをおこしたら、事情聴取もままならない。慌てて両者をとりなした。
「まあまあ、玲子さん。今はお姉さんの件について真相を究明するのが先決ですから」
玲子の興奮が収まったので、倉科は杉谷に、
「どのようにしてお金が入るのか、江利子さんに尋ねましたか?」
「何か、取り分とか、取引情報とかで、お金になるって、言っていました」
杉谷は首を捻りながら、思い出すように答えた。
「何の取り分か、誰が関係しているのか? どんな秘密情報なのか教えてくれましたか?」
「教えてくれませんでした」と首を振る杉谷。
『取り分』に関しては、例の裏仕事におけるコミッションであることは明白だが、倉科も初耳の『取引情報』について全く判らなかった。おそらく、榊江利子は星野遼介に分け前の増額を要求したに違いない。しかし、それだけのことで……? 取引情報? が余程重要なのだろうか……? きっと、この二つが相まって事件と引き起こしたに相違ないだろう。だが、果たして、殺人?を犯すほどの動機となりうるのだろうか? 『取り分』は単に金銭問題であり、額も数百数千万円を超すまでの高額な単位ではない。双方に譲歩の余地があり、動機としては弱すぎる。やはり『取引情報』がポイントなのだろうか?
倉科の思考はグルグル回転して、一つの結論を欲しがっているようだが、どうしても到達できないでいる。
初対面の相手から聞き出せるのはこの程度であろうと、倉科はインタビューを締めくくることにした。
「お二人とも、本日はどうもありがとうございました。お陰で、鈴木正恵さんのお父さんにも立派な報告ができると思います」
倉科はピントの外れたことを言っているな、と思ったが、それ以外に適当な言葉が見当らなかった。二人に謝礼を渡そうとしたが、玲子は固辞して受け取らなかったが、杉谷はちゃっかり受け取った。
「もし、よろしければ、江利子さんの使用していた部屋を拝見できますか?」
玲子は快諾した。幸いなことに当時のままにしてある、とのことだった。
「早速ですが、明日でよろしいでしょうか?」
倉科と玲子は待ち合わせの場所と時間を打ち合わせた。
「それじゃあ、これで」と倉科が伝票を掴んで席を立つと、杉谷は挨拶もせず脱兎のごとく店を出て行った。その姿を見て、倉科と玲子は顔を見合わせて苦笑している。
ホテルの玄関で、別れ際に玲子が唐突に、
「今、思い出したのですけど、何年か前、綾乃さんの知り合いに探偵さんがいて、鈴木正恵さん、小田貴子さんと五人で食事をしたって、お姉さんから聞いたことがあります。その探偵さんって倉科さんですよね」
倉科にも記憶があった。
「その時、お姉さんが面白いことを言っていました。あの探偵さんには綾乃ちゃんよりわたしのほうが似合っているかも知れないわ、って」
倉科は意外な感じがした。榊江利子に関しては、プライドが高そうで取っ付きにくい女性だったとの記憶しか残っていない。もし、玲子の思い出してくれたのが事実なら、こんなオヤジ探偵に一抹の好意を寄せてくれていたことになる。嬉しい限りだ。
(何とかして、榊江利子の好意に報いてやりたいなぁ……)
倉科は玲子の後姿を見送りながら、呟いた。
「ズバリ、聴きたいことを聞かせてもらいます。杉谷さん、貴方は江利子さんに金銭的負担をかけていませんでしたか?」
「金銭的負担? どういう意味です? 私が彼女からお金を借りていたとでも言うのですか?」
おとなしそうに見える杉谷の形相が変わった。
「私が聞いているのは、金銭の貸し借りではなくて、何と言うか、私の言っている意味は、デートの費用とかプレゼントとかです。気を悪くしないでください。重要なことなのでね」
倉科は「重要なこと」を強調して、杉谷を上目遣いで見つつ、吸殻を灰皿に押し付けた。
杉谷は左腕のローレックスを隠すような動作を見せた。倉科は、最初に会った時から杉谷にはそぐわない持ち物だと思っていた。江利子からのプレゼントだろう。
「それは……。江利子さんは自分が年上だからと言って……。僕にはお金を出させなかったので……」
玲子は初めて聞かされたようだ。言い訳をしている杉谷に冷ややかな視線を向けている。
「お姉さんはどの程度の収入がありましたか?」と倉科。
「生徒だってそんなに多くなかったし、お小遣いに毛の生えた程度だと思います。実家だから食費と家賃は掛かりませんけど」
倉科は綾乃の言葉を思い出した。
(新しい恋人にお金が掛かるって、言っていたわ)
「チェロとピアノを教える以外の仕事について何か御存知ないですか? 夢想花音楽事務所とか星野遼介と言う名前に心当たりはありませんか?」
榊江利子が星野遼介と組んでいた裏仕事?について聞いてみた。
「夢想花音楽事務所は知っています。以前、お姉さんが所属していた事務所ですから。星野遼介と言う名前は聞いたことがありません。ちょくちょく東京へ出掛けていたので、まだ仕事を続けているのかなぁ、とは思っていましたけど……。姉が何かやっていたのですか? それが今回の件と関係があるのですね?」
勘の鋭い女性だ。倉科はとぼけるのに苦労して、脈絡の無いことを口走った。
「何も判らないので、博多まできたんですよ。鈴木正恵さんのお父さんにも依頼されていますし……」
「そうですか……。そうですよね、私たち家族でさえ何も知らないんですものね」
玲子は独り言のように呟いて倉科の説明に納得した。
「杉谷さん、江利子さんが、お金に関する話をしたことは無いですか? 例えば、もう少しすればお金が入るとか?」
杉谷は玲子の顔色を伺うような仕草をみせた。
「そう言えば、亡くなる少し前に、お金が入るかも知れないから、そうしたら車を買いましょう、と話していたことがありました」
玲子はあきれた顔をして、
「杉谷さん、あなた、お姉さんに車を買わせるつもりだったの?」
玲子の剣幕に杉谷はだ黙ったままだ。倉科は当惑した。ここで、二人が諍いをおこしたら、事情聴取もままならない。慌てて両者をとりなした。
「まあまあ、玲子さん。今はお姉さんの件について真相を究明するのが先決ですから」
玲子の興奮が収まったので、倉科は杉谷に、
「どのようにしてお金が入るのか、江利子さんに尋ねましたか?」
「何か、取り分とか、取引情報とかで、お金になるって、言っていました」
杉谷は首を捻りながら、思い出すように答えた。
「何の取り分か、誰が関係しているのか? どんな秘密情報なのか教えてくれましたか?」
「教えてくれませんでした」と首を振る杉谷。
『取り分』に関しては、例の裏仕事におけるコミッションであることは明白だが、倉科も初耳の『取引情報』について全く判らなかった。おそらく、榊江利子は星野遼介に分け前の増額を要求したに違いない。しかし、それだけのことで……? 取引情報? が余程重要なのだろうか……? きっと、この二つが相まって事件と引き起こしたに相違ないだろう。だが、果たして、殺人?を犯すほどの動機となりうるのだろうか? 『取り分』は単に金銭問題であり、額も数百数千万円を超すまでの高額な単位ではない。双方に譲歩の余地があり、動機としては弱すぎる。やはり『取引情報』がポイントなのだろうか?
倉科の思考はグルグル回転して、一つの結論を欲しがっているようだが、どうしても到達できないでいる。
初対面の相手から聞き出せるのはこの程度であろうと、倉科はインタビューを締めくくることにした。
「お二人とも、本日はどうもありがとうございました。お陰で、鈴木正恵さんのお父さんにも立派な報告ができると思います」
倉科はピントの外れたことを言っているな、と思ったが、それ以外に適当な言葉が見当らなかった。二人に謝礼を渡そうとしたが、玲子は固辞して受け取らなかったが、杉谷はちゃっかり受け取った。
「もし、よろしければ、江利子さんの使用していた部屋を拝見できますか?」
玲子は快諾した。幸いなことに当時のままにしてある、とのことだった。
「早速ですが、明日でよろしいでしょうか?」
倉科と玲子は待ち合わせの場所と時間を打ち合わせた。
「それじゃあ、これで」と倉科が伝票を掴んで席を立つと、杉谷は挨拶もせず脱兎のごとく店を出て行った。その姿を見て、倉科と玲子は顔を見合わせて苦笑している。
ホテルの玄関で、別れ際に玲子が唐突に、
「今、思い出したのですけど、何年か前、綾乃さんの知り合いに探偵さんがいて、鈴木正恵さん、小田貴子さんと五人で食事をしたって、お姉さんから聞いたことがあります。その探偵さんって倉科さんですよね」
倉科にも記憶があった。
「その時、お姉さんが面白いことを言っていました。あの探偵さんには綾乃ちゃんよりわたしのほうが似合っているかも知れないわ、って」
倉科は意外な感じがした。榊江利子に関しては、プライドが高そうで取っ付きにくい女性だったとの記憶しか残っていない。もし、玲子の思い出してくれたのが事実なら、こんなオヤジ探偵に一抹の好意を寄せてくれていたことになる。嬉しい限りだ。
(何とかして、榊江利子の好意に報いてやりたいなぁ……)
倉科は玲子の後姿を見送りながら、呟いた。
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