四重奏連続殺人事件

エノサンサン

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四重奏連続殺人事件

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行方調査の基本

午後十時、探偵学校で行方調査の講義が始まる。九州地方での開講は久しぶりなので教室はほぼ満席だ。いつものように受講生の年齢、職業は多彩だが、今回は中高年が目立つ。独立開業の希望者が多いのかも知れない。
行方調査は行動調査と並んで、探偵業者の主柱である。行方調査とは読んで字の如く、居なくなった人物の行方を捜すことであるが、一般人にとって、どのぐらいの人が行方不明になっているのか、明確ではないだろう。警察庁生活安全局生活安全企画課の発表によると、ここ十年程の家出人捜索願件数の全国平均は約八万件とある。事件性を疑わせるものや、小学生までの失踪は捜査の対象となるが、それ以外は放置に近い状況にある。もちろん、捜索願の記録は保存され、失踪者が逮捕されたり、それと思しき身元不明死体があれば家族に知らせてくれるが……。その程度しか動いてくれない。当たり前のことだが、家出人捜索は警察の仕事ではないのだ。 
そこで、探偵の出番になるが、依頼件数は捜索願件数のごく僅か百分の一にも満たないと思われる。理由は簡単だ。調査料金と調査能力が世間一般の期待値と大きく乖離しているからであろう。一般に行方調査の料金体系は着手金と成功報酬の二本立てになっている。
成功報酬制だと不明者を発見できない場合、探偵側の持ち出しとなってしまうので、着手金の制度を設けたのだ。しかし、その着手金が問題となっている。平均して一か月の調査期間で安い業者で五十万円程度、高い場合は数百万まであり、いくら必死に失踪者を捜そうと願っても、料金がネックで依頼を断念することも多いと聞いている。更に、同業者としては言い難いのだが、法外の着手金を要求して、ろくな調査もしない詐欺まがいの悪徳業者が存在することも事実だ。
 倉科は常々、行方調査の件数を増大させるためには、妥当な金額の着手金と成功報酬を設定すべきだと考えている。探偵業者で組織されている団体においても、このように主張しているのだが、海老で鯛を釣るどころか、鯨を釣ろうとする悪質探偵業者が跋扈している現状を見ると、日暮れて途遠し、の感を否めない。
そうは言っても、人捜しが警察の仕事でない以上、頼りになるのは探偵しかいない。年間八万人を超す大量の家出人がいる現状において、依頼件数が延びないのは、宝の山を目の前にしながら、もったいないと考えるのは倉科一人ではないだろう。
行方調査の手順は、第一に依頼者から失踪者関連の情報聴取から始まる。情報量が多ければ調査が進展し易く、逆だと難航する。従って、依頼者から、どれだけ有益な情報を取得できたかが、調査の明暗を分ける。探偵としては依頼者の持っている情報量が頼りだ。
それゆえ、一番最適な依頼者は近親者である。債権者、その他の依頼者が保有する情報量は近親者、それも同居者に遠く及ばない。また、調査費用がかかるので、債権者が逃走した債務者を捜すことは稀だ。倉科の長い探偵渡世においても、億単位の借金が絡む数件しかない。債権者にとっては、『泥棒に追い銭』のように感じるのだろう。
 倉科は、このような根拠を示して、受講生に対し依頼者は近親者が望ましいことを強調した。
 「まあ、ビジネスですから、近親者以外の依頼は受けるなとは言いませんが、発見できても、できなくとも着手金を払うのは近親者しか考えられないでしょう」
どうも、受講生の反応が鈍い、早くも居眠りをする者が現れた。
「ストーカーと思われる依頼者もいますよ」
ストーカーなる言葉を聞いて、受講生達に興味が走った。
「でも、困るんですよ。依頼者に対して。あなたはストーカーですか? とは聞けないでしょ。依頼者が私はストーカーですなんて、言う訳ないですし……」
受講生から笑いが漏れた。
倉科はストーカーの説明を始めた。
「御存知でしょうが、ストーカー規制法は平成十一年に起きた桶川女子大生殺人事件を契機として翌年に制定されたものです。皆さんは、ストーカー行為は異性間のものだと思うでしょうが、同性間でも成立するのは御存知ですか? 法律は男女を区別していません」
一人の中年女性が手を上げて、
「同性愛でもストーカーになるのですか?」
「その通りです。法律の規定には『特定の者』とだけしかありません」
受講生達に複雑な表情が浮かんだ。
「もちろん、離婚した男女間でも成立します。元妻、元夫を捜して欲しいなんてのも、ストーカーの臭いがしますね」
彼らの目が輝いてきた。倉科の話に興味が湧いてきたようだ。
「探偵業法が施行される前は、ストーカーかな? と感じても捜している理由を極力聞かないようにして依頼を受ける業者がいたようですが……」
へーっ、との感想が教室を包んでいる。
「しかし、現在では、業法第七条により探偵は依頼者から調査結果を犯罪行為には用いないとの書面の交付を受ける義務が課されており、また、第九条で調査結果を犯罪行為に利用するのではないかとの疑念が生じた場合は調査を中止する必要が規定されています。違反したら、最高で六か月間の営業停止となります」
 受講生の多くは探偵業法の存在は知っているが、詳しい内容については初めて聞いたようだ。
「従って、今日では、憧れの人に対する単なるストーカーからの依頼はなくなりましたが、先程言ったように、離婚後に元夫または元妻や子供の現状を知りたいとのようなストーカーの疑いが濃い依頼はよくあります」
先程の中年女性が再度手を上げた。
「別れた妻や夫それに子供がどこにいるのか、現状はどうなっているのかを知りたいと思う感情ってあるんじゃないですか?」
倉科は頷きながら、
「おっしゃる通りです。探偵も当然正当な業務だと思って、もちろん第七条の書面を受け取って調査したのですが、調査結果を報告して、数日後に元夫が元妻を殺害する事件が最近ありました。もちろん、その探偵は業法違反を何も犯していなかったのですが、警察から、本当に何も知らなかったのか? と相当、強く問い詰められたそうです」
そう言えば、そんな事件があったなぁとの呟きが聞こえた。
「それ以来、元夫、元妻からの依頼は敬遠するようになったのです。もちろん、近親者以外の依頼もね」
 倉科は受講生の意識が集中してきたのを見計らって次の項目に移った。
 「依頼者から失踪者の情報を収集するには、テクニックが必要です。やみくもに、知っていることを話してください、と言っても効果は薄いですよ」

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