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四重奏連続殺人事件
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行方調査と個人情報
倉科はテキストを取り出して、
「聴取事項と書いてあるところを開けてください」
そこには多種多様なジャンルにわたる質問事項が記載されている。馬鹿馬鹿しいと思われる事項や、同じことの繰り返しに過ぎないことも多数ある。探偵の狙いは、失踪者に関する依頼者の記憶にあり、多くの質問をすることによって記憶を喚起させるのが目的だ。敏腕探偵なら、以下に記すような質問を何ページも用意している。
倉科は、テキストに目を遣りながら、ページを読み上げた。
「失踪日時、失踪理由、交友関係等の失踪それ自体に関するものの他、失踪者は海と山のどちらが好きか? 温泉は好きか? 都会と田舎ではどちらを好むか?」と読み進み、少し置いて咳ばらいをしながら、
「異性経験が豊富か? 同性愛の傾向は? 性器の形状は? 入れ墨はあるか?身体に整形手術を受けているか? こんなことまで聞きます」と締めくくった。
男性の受講生はニヤニヤ笑っているが、女性は、「まぁ!」と顰蹙顔だ。
しかし、笑ってはいけないし、顰蹙されても困る。探偵は調査の端緒を見つけようと必死なのだから。
更に、進んで失踪者が持って行った物、即ち、携帯品の確認に移った。
「現金、運転免許証、保健証、キャッシュカード、クレジットカード、携帯電話、スマホ等について必ず聞いてください」と倉科。さらに続けて、
「現金は重要なファクターです。多額の場合、別の場所で生活しようとの証となりますが、逆に、現金や金銭に関係するモノ、キャッシュカード、クレジットカード等を全て残した家出は厄介です。自殺する可能性が高いですから。もちろん、依頼者には内緒ですがね。余計なことを話して受件できなくなると大変だから」
「ふーん」「へーっ」と受講生達が頷いた。
倉科は次に運転免許証について、
運転免許証は生活上必要ですよね。アパートを借りるにしても、アルバイトするにしても身分証明は要求されますよね。だから免許証は重要なのです。ですから、現金も免許証も残しているなんてのは、自殺の可能性は極めて高いと考えていいでしょう」
なるほど、との表情が受講生達に浮かんだ。
運転免許証を持って行った場合の調査方法について、
「免許証を手掛かりとして失踪者を追跡するにはどうすると思いますか?」
年配の受講生が、手を上げて、
「免許の更新手続きじゃないですか?」と答えた。
「その通りです。免許証に登録されているのと別の場所で更新するには、現在住んでいる住所への住所変更手続きが必要となって、住民票を要求されます。住民票を現住所に移した場合。元の住民票から現住所が判明します」
学生風の受講生が、
「住所変更しないで、元の場所で更新手続きしたら、どうなるのですか?」
倉科は微笑しながら、
「君は探偵の目をくらます方法を知りたがっているようですね?」
「ハッハッハー」と教室に受講生達の笑い声が響いた。
「その場合は、元の住所を管轄する警察署で手続きをすることになるので、更新期間中、手続きがなされる警察署で失踪者を張り込むことになります。時間と費用が嵩む方法ですが、致し方ないですね」
そんなに手間暇かけるのか、との驚嘆に似たどよめきが起こった。
倉科は軽快に講義を進めている。
「次は保険証についてです。皆さんは『レセプト』って聞いたことがありますか? 正確には診療報酬明細書と言うのですが……」
受講生がポカーンとしているので、倉科は説明を補足した。
「病院で保険証を使った場合、治療費の三割が自己負担ですよね。残りの七割は、その医療機関から保険を管轄している役所、組合等に保険金の請求がなされるのです。日本は国民皆保険なので、失踪者も当然、国保、健保等に加入しているはずですから、『レセプト』を開示してもらえば、失踪者がどこの医療機関で診療を受けたか判明します」
「そんなの個人情報なので教えてくれないんじゃないですか?」と訳知り顔の受講生が横柄な態度で質問した。
倉科はこの手の斜に構えた半可通が大嫌いだ。
「個人情報に関することは後で話します」と質問を遮り、次を続けた。
「保険証を使用した医療機関か、周辺で聞き込みをすれば失踪者の足取りが追える可能性があります。その際、失踪者の写真を忘れないように。保険証には写真がないので本人かどうか確認するためです」
ボーっとして聞いている者より、真剣にメモを取る受講生が多くなった。その状況に満足したのか倉科の声がひときわ大きくなり、早口になる。
「キャッシュカードからの追跡は簡単に想像がつくでしょう。発行元の銀行には、どこの銀行、ATMを利用したか全て記録が残っているので、日時、場所が一目瞭然です。必要なら、各店舗に設置されている防犯ビデオを見せてもらって本人確認してください」
一気に喋り過ぎたかな? 倉科は受講生の理解度が気になり、元のゆっくりした調子に戻し、噛んで含めるように、
「クレジットカードについても同じです。カード会社に問い合わせて、使用した店舗を割出して、そこから調査するのですが、失踪者の写真を必ずお店に見せてください」
「保険証と同じですね。カードに写真はついてないから」と若い女性の受講生。
倉科はその声に頷きながらも、少々、低い声で、
「クレジットカードはキャッシュカードと違って、暗証番号が必要でない場合が比較的多いので、他人が失踪者のカードを使うこともできます。新聞・テレビ等で、カードの不正使用が多く報道されているのを御存知ですね。失踪者から奪ったことも考えられますから、犯罪のにおいがすることもありますねぇ……」
「殺して奪ったとか?」若い受講生が、素っ頓狂な声を上げる。
「ハッハッハー。想像力が豊かですね。君は推理小説の読み過ぎじゃないですか?」
「殆どそんな可能性はないでしょうが、万一と言うこともありますからね」と倉科。
携帯電話、スマホについて講義が進んだ。
「携帯、スマホを持って行った場合、各キャリアから通話料金明細書を取得して、通話先を判明させてください。有力な手掛かりです」
倉科は個人情報に関する発言をした受講生を指さし、嫌味をたっぷりきかせて、ニヤッとしながら、
「君の疑問に答えます。非常に有意義な質問ですから、皆さんもよく聞いておいてください。個人情報保護法第二十三条第一項二号に『人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき』が個人情報の第三者提供の禁止から除外されていることを覚えておいてください。意味は分かりますよね」
倉科がその受講生に目を向けたが、彼は、うつむいて目を合わせなかった。
「ここで、きちんと理解しておいてください」と念を押す倉科。
「保険証、キャッシュカード、クレジットカード、通話目料金明細書等の個人情報の取得に探偵が独自で関与してはいけません。何故なら、役所に対しては偽計業務妨害罪となり、企業に関しては不正競争防止法なる法律があって、情報の不正取得は犯罪になるからです」
倉科から嫌味を言われた受講生が、反撃を試みる。
「それじゃあ、探偵は何もできないじゃないですか?」
倉科は待っていましたとばかりに、
「だから、最初に申し上げたように依頼者は近親者に限ると言うのです。近親者からの要請に対して、役所、企業等は対応せざるを得ませんから。我々探偵は依頼者の情報取得活動を支援する立場なのです」
「探偵は支援するだけで、他は何もできないのですか?」と若い女性受講生。
倉科は首を振りながら、
「とんでもない。依頼者の情報収集により場所的限定ができたら、例えば、カードの使用場所が判明したら、探偵の出番です。写真その他の資料をもって聞き込み活動を開始するのです」
受講生達が大きく頷いた。やっと倉科の講義内容を理解したようだ。
彼らの反応を見極めた倉科が続ける。
「最近は、インターネットの発展により、行方調査もウェッブ化してきまして、失踪者のパソコンに残されたメール等やミクシー、ツィッター、フェイスブック等SNS関係の記録、さらに携帯、スマホの位置情報から手掛かりを得られることも多いようです。私は情弱、情報弱者なので検索・調査等はあまり詳しくはありませんが……」
倉科は頭を掻きながら、
「アメリカではずいぶん以前から、FBIが失踪者をネット上で公開して捜査協力を要請するシステムがありましたが、最近では日本の警察も行方不明者をネットで公開して捜索するようになりました。私が加盟している全国組織の日本調査業協会でも同じ手法を導入して行方調査を強化しようとの動きがあります」
二時間の講義が終わり、どの顔も満足そうに見えた。倉科と名刺交換を希望する者、探偵・調査業について自らの疑問点を質問する者が教壇を囲む。いつもの光景だ。
倉科はテキストを取り出して、
「聴取事項と書いてあるところを開けてください」
そこには多種多様なジャンルにわたる質問事項が記載されている。馬鹿馬鹿しいと思われる事項や、同じことの繰り返しに過ぎないことも多数ある。探偵の狙いは、失踪者に関する依頼者の記憶にあり、多くの質問をすることによって記憶を喚起させるのが目的だ。敏腕探偵なら、以下に記すような質問を何ページも用意している。
倉科は、テキストに目を遣りながら、ページを読み上げた。
「失踪日時、失踪理由、交友関係等の失踪それ自体に関するものの他、失踪者は海と山のどちらが好きか? 温泉は好きか? 都会と田舎ではどちらを好むか?」と読み進み、少し置いて咳ばらいをしながら、
「異性経験が豊富か? 同性愛の傾向は? 性器の形状は? 入れ墨はあるか?身体に整形手術を受けているか? こんなことまで聞きます」と締めくくった。
男性の受講生はニヤニヤ笑っているが、女性は、「まぁ!」と顰蹙顔だ。
しかし、笑ってはいけないし、顰蹙されても困る。探偵は調査の端緒を見つけようと必死なのだから。
更に、進んで失踪者が持って行った物、即ち、携帯品の確認に移った。
「現金、運転免許証、保健証、キャッシュカード、クレジットカード、携帯電話、スマホ等について必ず聞いてください」と倉科。さらに続けて、
「現金は重要なファクターです。多額の場合、別の場所で生活しようとの証となりますが、逆に、現金や金銭に関係するモノ、キャッシュカード、クレジットカード等を全て残した家出は厄介です。自殺する可能性が高いですから。もちろん、依頼者には内緒ですがね。余計なことを話して受件できなくなると大変だから」
「ふーん」「へーっ」と受講生達が頷いた。
倉科は次に運転免許証について、
運転免許証は生活上必要ですよね。アパートを借りるにしても、アルバイトするにしても身分証明は要求されますよね。だから免許証は重要なのです。ですから、現金も免許証も残しているなんてのは、自殺の可能性は極めて高いと考えていいでしょう」
なるほど、との表情が受講生達に浮かんだ。
運転免許証を持って行った場合の調査方法について、
「免許証を手掛かりとして失踪者を追跡するにはどうすると思いますか?」
年配の受講生が、手を上げて、
「免許の更新手続きじゃないですか?」と答えた。
「その通りです。免許証に登録されているのと別の場所で更新するには、現在住んでいる住所への住所変更手続きが必要となって、住民票を要求されます。住民票を現住所に移した場合。元の住民票から現住所が判明します」
学生風の受講生が、
「住所変更しないで、元の場所で更新手続きしたら、どうなるのですか?」
倉科は微笑しながら、
「君は探偵の目をくらます方法を知りたがっているようですね?」
「ハッハッハー」と教室に受講生達の笑い声が響いた。
「その場合は、元の住所を管轄する警察署で手続きをすることになるので、更新期間中、手続きがなされる警察署で失踪者を張り込むことになります。時間と費用が嵩む方法ですが、致し方ないですね」
そんなに手間暇かけるのか、との驚嘆に似たどよめきが起こった。
倉科は軽快に講義を進めている。
「次は保険証についてです。皆さんは『レセプト』って聞いたことがありますか? 正確には診療報酬明細書と言うのですが……」
受講生がポカーンとしているので、倉科は説明を補足した。
「病院で保険証を使った場合、治療費の三割が自己負担ですよね。残りの七割は、その医療機関から保険を管轄している役所、組合等に保険金の請求がなされるのです。日本は国民皆保険なので、失踪者も当然、国保、健保等に加入しているはずですから、『レセプト』を開示してもらえば、失踪者がどこの医療機関で診療を受けたか判明します」
「そんなの個人情報なので教えてくれないんじゃないですか?」と訳知り顔の受講生が横柄な態度で質問した。
倉科はこの手の斜に構えた半可通が大嫌いだ。
「個人情報に関することは後で話します」と質問を遮り、次を続けた。
「保険証を使用した医療機関か、周辺で聞き込みをすれば失踪者の足取りが追える可能性があります。その際、失踪者の写真を忘れないように。保険証には写真がないので本人かどうか確認するためです」
ボーっとして聞いている者より、真剣にメモを取る受講生が多くなった。その状況に満足したのか倉科の声がひときわ大きくなり、早口になる。
「キャッシュカードからの追跡は簡単に想像がつくでしょう。発行元の銀行には、どこの銀行、ATMを利用したか全て記録が残っているので、日時、場所が一目瞭然です。必要なら、各店舗に設置されている防犯ビデオを見せてもらって本人確認してください」
一気に喋り過ぎたかな? 倉科は受講生の理解度が気になり、元のゆっくりした調子に戻し、噛んで含めるように、
「クレジットカードについても同じです。カード会社に問い合わせて、使用した店舗を割出して、そこから調査するのですが、失踪者の写真を必ずお店に見せてください」
「保険証と同じですね。カードに写真はついてないから」と若い女性の受講生。
倉科はその声に頷きながらも、少々、低い声で、
「クレジットカードはキャッシュカードと違って、暗証番号が必要でない場合が比較的多いので、他人が失踪者のカードを使うこともできます。新聞・テレビ等で、カードの不正使用が多く報道されているのを御存知ですね。失踪者から奪ったことも考えられますから、犯罪のにおいがすることもありますねぇ……」
「殺して奪ったとか?」若い受講生が、素っ頓狂な声を上げる。
「ハッハッハー。想像力が豊かですね。君は推理小説の読み過ぎじゃないですか?」
「殆どそんな可能性はないでしょうが、万一と言うこともありますからね」と倉科。
携帯電話、スマホについて講義が進んだ。
「携帯、スマホを持って行った場合、各キャリアから通話料金明細書を取得して、通話先を判明させてください。有力な手掛かりです」
倉科は個人情報に関する発言をした受講生を指さし、嫌味をたっぷりきかせて、ニヤッとしながら、
「君の疑問に答えます。非常に有意義な質問ですから、皆さんもよく聞いておいてください。個人情報保護法第二十三条第一項二号に『人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき』が個人情報の第三者提供の禁止から除外されていることを覚えておいてください。意味は分かりますよね」
倉科がその受講生に目を向けたが、彼は、うつむいて目を合わせなかった。
「ここで、きちんと理解しておいてください」と念を押す倉科。
「保険証、キャッシュカード、クレジットカード、通話目料金明細書等の個人情報の取得に探偵が独自で関与してはいけません。何故なら、役所に対しては偽計業務妨害罪となり、企業に関しては不正競争防止法なる法律があって、情報の不正取得は犯罪になるからです」
倉科から嫌味を言われた受講生が、反撃を試みる。
「それじゃあ、探偵は何もできないじゃないですか?」
倉科は待っていましたとばかりに、
「だから、最初に申し上げたように依頼者は近親者に限ると言うのです。近親者からの要請に対して、役所、企業等は対応せざるを得ませんから。我々探偵は依頼者の情報取得活動を支援する立場なのです」
「探偵は支援するだけで、他は何もできないのですか?」と若い女性受講生。
倉科は首を振りながら、
「とんでもない。依頼者の情報収集により場所的限定ができたら、例えば、カードの使用場所が判明したら、探偵の出番です。写真その他の資料をもって聞き込み活動を開始するのです」
受講生達が大きく頷いた。やっと倉科の講義内容を理解したようだ。
彼らの反応を見極めた倉科が続ける。
「最近は、インターネットの発展により、行方調査もウェッブ化してきまして、失踪者のパソコンに残されたメール等やミクシー、ツィッター、フェイスブック等SNS関係の記録、さらに携帯、スマホの位置情報から手掛かりを得られることも多いようです。私は情弱、情報弱者なので検索・調査等はあまり詳しくはありませんが……」
倉科は頭を掻きながら、
「アメリカではずいぶん以前から、FBIが失踪者をネット上で公開して捜査協力を要請するシステムがありましたが、最近では日本の警察も行方不明者をネットで公開して捜索するようになりました。私が加盟している全国組織の日本調査業協会でも同じ手法を導入して行方調査を強化しようとの動きがあります」
二時間の講義が終わり、どの顔も満足そうに見えた。倉科と名刺交換を希望する者、探偵・調査業について自らの疑問点を質問する者が教壇を囲む。いつもの光景だ。
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