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四重奏連続殺人事件
しおりを挟む榊江利子の部屋
午前中で講義を終えた倉科は、榊玲子とは地下鉄空港線の西新駅で待ち合わせた。彼女は江利子の事件があったマンションの前で会うことを提案されていたが、倉科は周囲の土地鑑を養うために敢えて最寄り駅を指定した。改札口に玲子はいた。少し待たせたのだろうか、スマホの画面に熱中している。先に見つけた倉科が声をかけた。
「お休みの日に申し訳ないですね。それに、少し遅れてしまって……」
「大丈夫です。家にいてもあまりすることもありませんし、それに、お姉さんのことがあってから、家族のムードも何となく……」
玲子は言いよどんだが、すぐに明るい表情を見せてくれた。有名ブランドのロゴマークが入った赤のTシャツ、白いサブリナ・パンツが似合っている。髪は後ろで束ねてあり、やや大きめのゴールドピアスが目を引く。
「歩くと十分以上かかりますよ。いいのですか?」
彼女の心遣いに対して、倉科は調査の第一歩として、土地鑑を取るのが必要である旨を説明した。駅の階段を上がると広い通りに出た。明治通りと表示してある。
倉科は博多にも明治通りがあるのかと興味を持ち、東京の明治通りのように明治に関係のある建物か場所の存在を予想したが、名門進学校の修猷館高校と西南学院大学とその付属中高を見つけただけだった。この辺りが文教地区であることだけは認識できた。
榊江利子が使用していたマンションに向かう道すがら、玲子から榊家の歴史を聞いた。江戸時代から酒造業を営んでおり、明治時代になってから銀行業を始めたそうだ。一族からは著名な政治家、軍人、財界人を輩出しており、昭和大恐慌、戦争をくぐり抜けたが、戦後になって競合銀行に吸収合併されて現在に至っているとのことであり、榊家は代々銀行の大株主であることも付け加えた、
「その関係で、父も取締役なのですけどね」
「旧家で名門。しかも資産家なんて羨ましい限りです」
倉科は玲子の目を見ながら、率直な感想を述べた。両親が杉谷と江利子の交際を嫌っていた理由もよく判った。
目的のマンションは、よかトピア通りと言う風変わりな名称の通りと交差する四車線道路に面していた。コの字型で高級感のある十階建てだ。相当大きなビルだ。築年数は古そうだが、外壁面の手入れ等は行き届いている。
倉科は道路の反対側からビデオとスマホで建物の全景を入念に撮影した。正面は道路に面しており、エントランスを抜けると、コの字で囲まれた中庭がある。玲子が説明した通り、二階までは店舗となっており、高級ブティック、美容院、宝石店、クリニックが多い。洒落たレストランやカフェテリアもある。庶民の好む一杯飲み屋はそぐわない雰囲気だ。
早速、江利子の遺体が発見された場所である中庭へ案内してもらった。なるほど、そこは全店舗の裏側になっており、かつ、シャッターが降りる構造になっている。事件当夜も深夜には全てシャッターが降りていたのだろう。芝生を敷き詰めた中庭が幅二三十メートルほどあり、隣家との境界フェンスには竹木が覆いかぶさるように林立している。広大な庭があり、母屋までの距離は二三十メートルではきかないだろう。目撃者の存在はまったく期待できない状況だ。遺体発見が朝になったのもうなずける。
倉科は中庭の全景と遺体発見場所、江利子が転落? したバルコニーを舐めるように撮影した後、玲子の案内により三階以上の居住区域に通じる別の玄関に入った。オートロックになっているが、防犯ビデオは設置されていない。玲子が暗号を押しながら、
「最近、オートロックにしたばかりです。何分古い建物なので」
倉科は警察が自殺と断定した根拠にオートロックもあったのだろうと考えた。
エレベータで七階まで上がった。エレベータ内にも防犯ビデオはなかった。例え設置されていたとしても、事件から三ヶ月以上経過しているから、当然、消去されているだろうが……。
オートロックにさえしておけばセキュリティは大丈夫と思っているのかな? と職業柄、疑問を感じたが、いやいや、俺には関係のないことだ、と考えるのを止めた。
エレベータを降りると、海の匂いがした。博多湾が見える。周囲に高い建物がないので見通しがきく。江利子の使用していた部屋は廊下の一番奥に位置していた。
倉科は玲子の後に従い、ドアの前まで来た。何の変哲もない群青色をしたスティール製の扉だ。近頃では珍しい郵便受けが付いている。ここでもエレベータから部屋までの廊下とドアをビデオとスマホに収めた。
調査とは関係ないが、綺麗な博多湾の風景も撮影させてもらった。
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