四重奏連続殺人事件

エノサンサン

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四重奏連続殺人事件

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新幹線車中での推理

遅い昼食を済ませた倉科は、博多駅から14時33分発のぞみ38号に乗車し、深々と座席に腰かけた。
あれこれと三件の関連を考えているうちに眠ってしまったらしい。目が覚めたのは列車が広島駅に停車する寸前だった。一時間程、熟睡していたようだ。
再び考えを巡らしたが、どうしても三村里香の件については、未消化のままだった。亀田綾乃を狙ったのであれば、その動機については不十分ながら説明も付く。榊江利子、鈴木正恵と彼女には密接な関係があり、何か重大な秘密を握っていたとも考えられるからだ。  
何があったのだろう? 命を狙われるほど重大な秘密……? 綾乃にインタビューした限りでは、そのような気配は感じられなかった。それに、彼女が、重大な秘密を嗅ぎつける程、高等な知能とセンスを備えているとは思えない。それでは、綾乃と榊江利子、鈴木正恵との違いと言えば、榊江利子がパソコンに精通していたこと、鈴木正恵がラリーに出場するほどの運転技量を持っていたことしか思い当たらない。
列車は福山駅、岡山駅とした。山陽道はトンネルが多い。倉科は光と闇が交差する車窓を凝視しながら考えを巡らしている。
(しかし……。江利子と奴は何か重大なトラブルがあったに違いない。そうでなければ、一連の事件の幕が開かない。事情を嗅ぎつけた正恵……。一応、話の筋は通るのだが……)
それが正しい筋書きとしても、依然として二人と接点がない三村里香の件は説明がつかない。強いて考えれば、綾乃を介して、と言うことになる。しかし、そんな重大事項を綾乃が知っていたとは思えなし、近所に住んでいてお互いに行き来はあったとしても、ビオラの先生と生徒しての関係以上のものではないだろう……。突然、綾乃と里香の後ろ姿が、倉科の脳裏をフラシュバックのように襲った。二人は体型も髪型も酷似している……。
(まさか……。人違い? そんなことはないだろう……)
倉科は再度、推理過程を検証してみる。現時点で星野遼介が事件現場にいたと判明しているのは、正恵の件だけだ。倉科の推理は。そこが出発点になっている。
――偽装事故ではないか? しかし、一歩間違えば、自分も死ぬことになる。こんな危険で、不合理な行為を選択する人間がいるだろうか? 他人の目を欺くには最高の方法には見えるが……。しかし、自分が助かり、相手を死亡させるには、何らかの技術と、それに対する余程の確信が必要となる。
竹橋弁護士の言葉を思い出した。正恵はシート・ベルトを着用してなかった。ラリーに出場するほど車に慣れている人物がシート・ベルトをしていなかったとは……。考えられない。
F1レーサーしかり、レーサーは一般道を走る時、超安全運転だと聞いている。それなら、シート・ベルトを外すように強制された? あまりに馬鹿げた発想なので、倉科は直ちにそれを却下した。次に、衝突のショックで外れた? とも考えたが、これもシート・ベルトの性質上あり得ない。
判明している事実は、シート・ベルトを装着していた同乗者が助かり、不装着だった運転者が死亡した、と言うことだけだ。
気になるのは、事故を起こしそうもない場所であること。更に、事故当時、同乗者は眠っていて、全く記憶がない、と言うことだ。倉科は、どうしても、この二点に不自然さを感じてしまう。
名古屋で実際に事故車を調べれば何か思い付くこともあるかも知れないと、倉科は、少しの希望を繋いだ。
列車は新神戸駅を過ぎ、新大阪駅に近づいている。大阪の街が夕日に染まる頃、淀川の鉄橋を渡り、新大阪駅に滑り込んだ。乗降が終わり、つかの間の静寂が過ぎると、列車は進行を始めた。車窓から街並みを眺めていると、あっと言う間に時間が過ぎる。
前方左手にSウイスキーの山崎工場が見えてくる。以前は鬱蒼とした山腹に毅然として聳えていたように記憶しているが、今では、周辺の開発が進み、林立した建物に囲まれてしまい、昔のようなインパクトは失われている。
倉科は、デッキに出て、スマホで樋山に連絡を入れた。榊江利子が死亡した日、星野遼介はどこにいたのか、アリバイの確認である。
「今、名古屋に向かっている途中なんだ。手間をかけて悪いけど、三月二日、星野遼介がどこにいたか調べられないかなぁ?」
 一瞬、沈黙が流れた。
「うーん。難しいですね。刑事じゃないんで尋問する訳にもいかないし……。先生、何か好い方法はありますか?」
樋山の言う通りだ。正面からいくと「貴方はだれですか? 何の関係があるのですか?」等と、けんもほろろに拒絶されるにきまっている。
倉科は、咄嗟の思いつきを話した。
「こんなのはどうだろう? 『三月二日に何処何処でお会いした誰々ですが、星野さんいらっしゃいますか?』みたいなガセ電話を入れてみる、なんて手はどうだろう?」
「そうですね。奴がいない時を狙って、当日のスケジュールを聞き出しますか」
さすが調査能力の高い探偵だ。どういう人物に成り済ますか等の聞き込みに関する細かいシナリオは任せることにした。
樋山はいぶかしげに、
「先生、名古屋で何をするのですか?」
「例の事故車が、当時のままで保管されているらしいので、この目で調査しようと思ってね」
樋山は心配そうに、
「先生、車のこと判るんですか? いや、僕の言っているのは、自動車についてどの程度の知識があるのかなぁと思って……」
「全くの素人だよ。でも、プロにだって見落としはあると思うし……」
答えている倉科にも、全く自信がない。恐らく何の発見も無いだろうとの予測がつくだけではあるが……。
「まあ、頑張ってみてください。こちらの件は、お帰りになるまでに処理しておきます」
声の調子から判断すると、心配半分、冷やかし半分のようだ。
「あ、それから、ビッグコイン、シルクロード、トアという名称のバーかクラブと音楽事務所の夢想花又は星野遼介の関係についても調べて欲しい」
樋山は怪訝そうに
「バーかクラブまで経営しているのですか?」
「いやいや、明確なところまでは判らないけど、名前からして居酒屋の店名とは考え難いし、バーかクラブだろうと思うんだ」
「了解しました」
樋山の答えを聞いた倉科はデッキに近接した喫煙室に入り、二本タバコを吸った。すでに列車は揖斐川鉄橋を渡り岐阜羽島駅を通過している。名古屋まで十分少々だ。座席に戻った倉科は、荷物を纏めた。
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