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4章 光と闇の逢見時
目覚め
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夢を見ていました。
それは優しくて、懐かしくて。とても、悲しい夢。
たくさんの希望を語り合ったこと、たくさんの絶望を慰め合ったこと。こびりついて剥がれない、あの愛おしい日々を……。
左手に残った温もりが消えてしまいそうになる度に、それを必死に手繰り寄せます。手放さないように、ぎゅっと胸に抱きました。
「お願い、行かないで……」
奇妙な身体の感覚に、意識がはっきりしてきました。眠気は無いのに重たい瞼を、ゆっくりと開きます。焦点の合わない視界に、人影が覆い被さるのだけがわかりました。
「おォ。目が覚めタカ」
「……」
知らない声に返事をしようとしましたが、乾ききった喉が張り付いて、上手く声が出せません。
「水、飲メ」
起き上がるのを手伝って貰い、支えながら渡された水を少しずつ口に含みます。冷たい水が喉を滑り落ちていく感覚が心地良いです。
身体が潤いを感じるにつれて、視界もはっきりしてきました。どうやらここは、女の子の部屋のようです。素朴な造りの家具には、様々な可愛らしい小物が置かれています。窓の外は暗いので、夜でしょうか?
「ありがとうございます」
頷いて立ち上がったその人の姿を見て、驚きました。薄い皺の刻まれた容貌はおじさんのそれですが、背丈がわたしと同じくらいしかありません。背筋は真っ直ぐと伸びているのに、です。
彼はそのまま部屋を出ていきました。
土の民、ですか……。
土の民というのは、西部領のあちこちに村を作って住んでいる、褐色の肌と低身長が特徴の民族です。色素が薄く、高身長が多いエステリーチェ王国内では、とても珍しい人種でもあります。
その背の低さや、土の“気”に対するとある能力のために、その昔は精霊のような扱いを受けていたこともあったようです。
ともかく、そんな土の民がいるということは、ここは西部領なのでしょう。
意識を失う前、洞窟の中でも西部領に近いところまで進んだことまでは覚えています。……あれからわたし達は、どうなったのでしょうか? フレッド君は?
「あ、目が覚めたんだネ!」
と、元気な声がして、小さな女の子が部屋に入ってきました。彼女は、手に持っていた、お椀とマグカップを載せたお盆をベッドの脇にあるテーブルに置き、にこっと笑いかけてきます。
「あたし、チャトゥよ。キミは?」
「リルです。あの、このお部屋、」
「そ、あたしのヨ。気にしなくてイイの、人助けがウチの仕事なんダカラ!」
彼女はそう言って、更に大きな笑顔を見せてくれました。それにつられて、少しだけわたしの頬も緩みます。しかし、本当に笑えるのは、フレッド君の安否を確認してからです。
「ありがとうございます。……その、一つ聞きたいのですが……わたしと一緒に、男の子が、いませんでしたか?」
恐る恐る尋ねると、チャトゥちゃんは顔を曇らせました。その表情を見て、どくどくと胸が鳴るのを感じます。
「……いるヨ。でも、酷い怪我シテテ、目覚めない。今も、ウチの父さんが治療中なの」
「……!」
良かった……。そう思った瞬間、涙が溢れてきました。悪魔との遭遇からずっと張り詰めていた気が、一気に緩んだようです。本当に、本当に良かった……!
「エッ、あっ! ごめんね、ごめんね! ……父さん、村で一番の治療師ダカラ。絶対、助けるから! ね、泣かないデ?」
その涙を悲しみによるものだと捉えたのか、チャトゥちゃんがおろおろと視線をさ迷わせました。その優しさを嬉しく思いながら、にこりと笑います。
「いいえ、これは嬉しくて泣いているのです」
「嬉しくテ?」
「はい。彼が大怪我を負ったのは知っていましたから、生きていてくれさえすれば、良かったのです」
――俺、死なない、から。
掠れた声でそう言ったフレッド君。彼は今も、生死の狭間で必死に闘っているのでしょう。ならば、わたしがすべきことはただ一つです。
「彼のところへ案内してください。わたしが治療を行います」
「だ、駄目よぅ! キミだって、ボロボロなんだヨ!? 絶対安静、動いちゃ駄目ナノ!」
しかし、彼女は物凄く怖い顔をして、わたしをベッドに押し付けてきます。ただでさえ上手く起き上がれないのに、今の身体の調子では抗うこともできません。
「お願いです。わたしにしかできないのです。……彼、治癒魔法が効かないでしょう?」
そう言うと、押さえつけていたチャトゥちゃんの力が弱まりました。やはり、と思って口の端を持ち上げます。
「キミは理由を知ってルのね。……わかったヨ、案内する」
「ありがとうございます! では、そこのリュックを――」
「まずはご飯! ソの身体じゃ何もできナイでしょ!?」
「う……わかりました」
焦る気持ちを抑え、チャトゥちゃんに従います。身体がボロボロなのは言うまでもなく、魂――魔法的にも、消耗しきっているのは確かなのです。このままでは治療にも差し障りますから、まずは力を取り戻すことを優先しましょう。
お椀に入っていたのは、お粥でした。支えて貰いながら口に運ぶと、ふわっと薬草の香りがしました。身体に優しく、また、体力回復の助けになるように考えて作られていることがわかります。
ただ、魔力回復の効果はないようです。理由はわかっているのですが、これでは安心して動けませんから、後で回復薬を飲むことにしましょうか……。
「何があっタか、気になるでしょ? 食べながら聞いてネ」
そう言って、チャトゥちゃんはわたし達が運ばれてきた経緯を話してくれました。
この村は、南部領との境にある洞窟に程近い場所にあること。二日前の夕方、洞窟の方から異常な魔力の動きを感知して、大人達が様子を確かめに行ったこと。そこにはボロボロになって倒れているわたし達がいたこと――。それを聞いて、わたしは丸二日も眠っていたことに驚きました。
それからは、村の人達が代わる代わるお世話をしてくれていたようです。……あのまま洞窟にいたらどうなっていたかわかりませんし、本当に感謝してもしきれません。
話を聞きながら時間を掛けて完食すると、眠気が襲ってきました。それもそのはずなのですが、今寝てしまうわけにはいきません。こっそり、雷魔法で自分に刺激を与えます。
「いっ……」
「どうしタ?」
「い、いえ。何でもありませんよ? それより、ちゃんと食べ終わったのです。フレッド君のところへ案内してくれますか?」
リュックからポシェットを取り出し、その中に調合セットを入れます。それからチャトゥちゃんの目が離れている隙に回復薬も取り出して、こっそりと飲みます。
「……ちょっと! 今、何したノ!」
ば、ばれてしまいました……。へへ、と誤魔化し笑いをしてみましたが、大きな溜め息をつかれてしまいます。
「あのネ、リル。キミは魂が疲れ切ってるの。ただでさえ忌み子で魔力が多いンだから、少しでも“気”の流れを緩やかにシテおかなきゃ駄目。それくらい、魔法使いならわかるでショ?」
「う……わ、わかっていますよ」
ですが、もう飲んでしまいましたからね。仕方、ありませんよね?
回復する魔力に息苦しさを感じながら、それを楽しく、そして懐かしく感じる自分がいます。昔は強くなりたいという一心で、本当に無茶ばかりしていました。今のわたしは、きっとあの頃と同じ気持ちなのでしょう。
痛みを全て、増える魔力で塗りつぶしていけば、そこに残るのは孤独な安心感です。
「キミは……」
「準備、できました」
ドサッ。
なるべくゆっくりとベッドから降りたつもりでしたが、上手く身体を支えられずにバランスを崩してしまいました。床に転がるわたしを見て、チャトゥちゃんが呆れた顔をします。
「よくソンナ身体で……」
「……」
「でも、行きたいンでショ? チョット待ってて」
力ない笑顔を返すと、彼女はニカッっと笑って部屋を出て行きました。
ベッドに掴まりながら、上体を起こします。それから、お腹の辺りに魔力の回復効率を高める魔法陣を描きました。回復薬を飲ませて貰えなかった時の、念のため、です。……セルジオさんは悪い人でしたが、この魔法陣は覚えておいて損はありませんでしたね。とても役に立ちます。
少しして、チャトゥちゃんが男の子を連れて戻ってきました。
「従弟のカァツ。背負ってもらいナ」
「リルです。……その、よろしくお願いします」
「あァ」
フレッド君は、家の隣に併設された、治療用の小屋に寝かされていました。
チャトゥちゃんのお父さんというのは、最初に水を飲ませてくれたおじさんだったようです。わたし達に気がつき、治療の手を止めて中に入れてくれます。カァツ君にベッドの横まで運んで貰い、用意されていた椅子に座りました。
「フレッド君……」
わたし以上にボロボロの身体は、骨折もしていたのか、あちこちに添え木があてられていました。薄暗い小屋の中でもわかるほどに、顔色が悪いです。
……でも、ちゃんと。息をしていました。それを自分の目で確かめることができて、ようやく心の底から安心します。とは言え、大変な状況であることに変わりはありません。チャトゥちゃんのお父さんにはお礼を言ってベッドから離れて貰い、結界を張りました。
「……フレッド君。懐かしいと思いませんか?」
杖で魔法陣を描きながら、フレッド君に話し掛けます。
わたし達が出会った頃、彼はいつも傷だらけでした。魔法が効かないから治癒もできない、それを聞いて、わたしの研究意欲がぐんぐんと湧き出したことをよく覚えています。
それからは、何度も実験と研究を行いました。そうして最終的に辿り着いた治療方法は、一般的な光属性の治癒魔法とは全く違うものとなったのです。
チャトゥちゃんのお父さんにいくつかの薬草を持って来て貰うよう頼み、ポシェットの中から調合セットを取り出します。それから、黒い宝石も。
これは、洞窟の街に着く前に見つけた宝石です。誘導宝石の一種で、その対象は生物の身体。フレッド君のために魔法具を作りたいと思って採取したのですが、まさかこんなすぐに使うことになるとは……。
「チョット、それ。闇の力が強すぎヨ」
近づいて来たチャトゥちゃんが、嫌そうにそう言いました。土の民は、闇よりも光との相性が良いと聞きますから、この濃度は苦しいのかもしれません。
「えぇ。そのために結界を張ったのです。これは闇の“気”を通しません」
「えっと、ア……。そうなんだけど……」
「ソンナ濃度の闇があって、治癒、使えるのカ?」
カァツ君の言葉に、ウンウンと頷くチャトゥちゃん。「これで良いのですよ」と小さく笑い、二人に結界の外へ出て貰います。
チャトゥちゃんのお父さんはすぐに戻ってきて、頼んだ薬草を渡してくれました。麻酔薬もあったので、水に溶かしてから布に染み込ませ、フレッド君の口に噛ませます。
薬草に魔力を注ぎながら煮だし、濃い薬液を作りました。薬草が含んでいた“気”まで魔力に変換し、細かく操れるようにします。それを先程描いた植物強化の魔法陣に流し込めば、薬の準備は完了です。
身体にはたらきかける魔法ではなく、薬の方を最大限まで強化する。それが、わたしの思いついたフレッド君専用の治癒方法でした。
それでも、この怪我では完治するまでに時間が掛かってしまいそうですけれど……。それは、今から試す誘導宝石の力に期待しましょう。
一瞬、左手にはめた指輪を見ました。それから、誘導宝石に魔法陣を描いていきます。細かな線や記号で立体的に構成された、複雑な魔法陣。
「エッ……!?」
発動させた魔法に、チャトゥちゃん達が驚きと嫌悪感を隠せない顔をしたのが見えました。ゆらっと滑らかに動く闇属性の魔力が、フレッド君の身体を包み込みます。手応えのない感覚に不安を覚えますが、焦らずに少しずつ、少しずつ……。
「フレッド君。慣れない感覚かと思いますが、我慢してくださいね?」
それは、魂に干渉する魔法でした。闇魔法の中で最上位にあたるものではありますが、その難易度にはバラつきがあるのです。今はただ、“気”への抵抗値に干渉しているだけですから、大した魔法でもないのですけれど。
魂への干渉は、どうしても洗脳などの印象が強く、良い魔法として見て貰えないのが残念なところです。
と、魔力に手応えを感じ、その状態を維持します。……これで少しは、魔法が効くでしょうか?
麻酔を染み込ませた布を取り出し、魔法で強化した薬液を流し込みます。喉に詰まらないよう、魔力の制御をしながらです。ある程度流し込んだら、体内で吸収される前に治癒魔法の魔法陣の形に操作し、発動させました。
「どうか、効きますように……!」
投薬と治癒魔法を何度も繰り返していくうちに、少しずつフレッド君の顔色が良くなっていくのがわかりました。
そして陽が昇る頃、その瞼がピクリと動き、それから薄く開いたのです。
「……おはようございます。フレッド君」
「……、ょ」
それを聞いて、わたしの視界は暗くなりました。
それは優しくて、懐かしくて。とても、悲しい夢。
たくさんの希望を語り合ったこと、たくさんの絶望を慰め合ったこと。こびりついて剥がれない、あの愛おしい日々を……。
左手に残った温もりが消えてしまいそうになる度に、それを必死に手繰り寄せます。手放さないように、ぎゅっと胸に抱きました。
「お願い、行かないで……」
奇妙な身体の感覚に、意識がはっきりしてきました。眠気は無いのに重たい瞼を、ゆっくりと開きます。焦点の合わない視界に、人影が覆い被さるのだけがわかりました。
「おォ。目が覚めタカ」
「……」
知らない声に返事をしようとしましたが、乾ききった喉が張り付いて、上手く声が出せません。
「水、飲メ」
起き上がるのを手伝って貰い、支えながら渡された水を少しずつ口に含みます。冷たい水が喉を滑り落ちていく感覚が心地良いです。
身体が潤いを感じるにつれて、視界もはっきりしてきました。どうやらここは、女の子の部屋のようです。素朴な造りの家具には、様々な可愛らしい小物が置かれています。窓の外は暗いので、夜でしょうか?
「ありがとうございます」
頷いて立ち上がったその人の姿を見て、驚きました。薄い皺の刻まれた容貌はおじさんのそれですが、背丈がわたしと同じくらいしかありません。背筋は真っ直ぐと伸びているのに、です。
彼はそのまま部屋を出ていきました。
土の民、ですか……。
土の民というのは、西部領のあちこちに村を作って住んでいる、褐色の肌と低身長が特徴の民族です。色素が薄く、高身長が多いエステリーチェ王国内では、とても珍しい人種でもあります。
その背の低さや、土の“気”に対するとある能力のために、その昔は精霊のような扱いを受けていたこともあったようです。
ともかく、そんな土の民がいるということは、ここは西部領なのでしょう。
意識を失う前、洞窟の中でも西部領に近いところまで進んだことまでは覚えています。……あれからわたし達は、どうなったのでしょうか? フレッド君は?
「あ、目が覚めたんだネ!」
と、元気な声がして、小さな女の子が部屋に入ってきました。彼女は、手に持っていた、お椀とマグカップを載せたお盆をベッドの脇にあるテーブルに置き、にこっと笑いかけてきます。
「あたし、チャトゥよ。キミは?」
「リルです。あの、このお部屋、」
「そ、あたしのヨ。気にしなくてイイの、人助けがウチの仕事なんダカラ!」
彼女はそう言って、更に大きな笑顔を見せてくれました。それにつられて、少しだけわたしの頬も緩みます。しかし、本当に笑えるのは、フレッド君の安否を確認してからです。
「ありがとうございます。……その、一つ聞きたいのですが……わたしと一緒に、男の子が、いませんでしたか?」
恐る恐る尋ねると、チャトゥちゃんは顔を曇らせました。その表情を見て、どくどくと胸が鳴るのを感じます。
「……いるヨ。でも、酷い怪我シテテ、目覚めない。今も、ウチの父さんが治療中なの」
「……!」
良かった……。そう思った瞬間、涙が溢れてきました。悪魔との遭遇からずっと張り詰めていた気が、一気に緩んだようです。本当に、本当に良かった……!
「エッ、あっ! ごめんね、ごめんね! ……父さん、村で一番の治療師ダカラ。絶対、助けるから! ね、泣かないデ?」
その涙を悲しみによるものだと捉えたのか、チャトゥちゃんがおろおろと視線をさ迷わせました。その優しさを嬉しく思いながら、にこりと笑います。
「いいえ、これは嬉しくて泣いているのです」
「嬉しくテ?」
「はい。彼が大怪我を負ったのは知っていましたから、生きていてくれさえすれば、良かったのです」
――俺、死なない、から。
掠れた声でそう言ったフレッド君。彼は今も、生死の狭間で必死に闘っているのでしょう。ならば、わたしがすべきことはただ一つです。
「彼のところへ案内してください。わたしが治療を行います」
「だ、駄目よぅ! キミだって、ボロボロなんだヨ!? 絶対安静、動いちゃ駄目ナノ!」
しかし、彼女は物凄く怖い顔をして、わたしをベッドに押し付けてきます。ただでさえ上手く起き上がれないのに、今の身体の調子では抗うこともできません。
「お願いです。わたしにしかできないのです。……彼、治癒魔法が効かないでしょう?」
そう言うと、押さえつけていたチャトゥちゃんの力が弱まりました。やはり、と思って口の端を持ち上げます。
「キミは理由を知ってルのね。……わかったヨ、案内する」
「ありがとうございます! では、そこのリュックを――」
「まずはご飯! ソの身体じゃ何もできナイでしょ!?」
「う……わかりました」
焦る気持ちを抑え、チャトゥちゃんに従います。身体がボロボロなのは言うまでもなく、魂――魔法的にも、消耗しきっているのは確かなのです。このままでは治療にも差し障りますから、まずは力を取り戻すことを優先しましょう。
お椀に入っていたのは、お粥でした。支えて貰いながら口に運ぶと、ふわっと薬草の香りがしました。身体に優しく、また、体力回復の助けになるように考えて作られていることがわかります。
ただ、魔力回復の効果はないようです。理由はわかっているのですが、これでは安心して動けませんから、後で回復薬を飲むことにしましょうか……。
「何があっタか、気になるでしょ? 食べながら聞いてネ」
そう言って、チャトゥちゃんはわたし達が運ばれてきた経緯を話してくれました。
この村は、南部領との境にある洞窟に程近い場所にあること。二日前の夕方、洞窟の方から異常な魔力の動きを感知して、大人達が様子を確かめに行ったこと。そこにはボロボロになって倒れているわたし達がいたこと――。それを聞いて、わたしは丸二日も眠っていたことに驚きました。
それからは、村の人達が代わる代わるお世話をしてくれていたようです。……あのまま洞窟にいたらどうなっていたかわかりませんし、本当に感謝してもしきれません。
話を聞きながら時間を掛けて完食すると、眠気が襲ってきました。それもそのはずなのですが、今寝てしまうわけにはいきません。こっそり、雷魔法で自分に刺激を与えます。
「いっ……」
「どうしタ?」
「い、いえ。何でもありませんよ? それより、ちゃんと食べ終わったのです。フレッド君のところへ案内してくれますか?」
リュックからポシェットを取り出し、その中に調合セットを入れます。それからチャトゥちゃんの目が離れている隙に回復薬も取り出して、こっそりと飲みます。
「……ちょっと! 今、何したノ!」
ば、ばれてしまいました……。へへ、と誤魔化し笑いをしてみましたが、大きな溜め息をつかれてしまいます。
「あのネ、リル。キミは魂が疲れ切ってるの。ただでさえ忌み子で魔力が多いンだから、少しでも“気”の流れを緩やかにシテおかなきゃ駄目。それくらい、魔法使いならわかるでショ?」
「う……わ、わかっていますよ」
ですが、もう飲んでしまいましたからね。仕方、ありませんよね?
回復する魔力に息苦しさを感じながら、それを楽しく、そして懐かしく感じる自分がいます。昔は強くなりたいという一心で、本当に無茶ばかりしていました。今のわたしは、きっとあの頃と同じ気持ちなのでしょう。
痛みを全て、増える魔力で塗りつぶしていけば、そこに残るのは孤独な安心感です。
「キミは……」
「準備、できました」
ドサッ。
なるべくゆっくりとベッドから降りたつもりでしたが、上手く身体を支えられずにバランスを崩してしまいました。床に転がるわたしを見て、チャトゥちゃんが呆れた顔をします。
「よくソンナ身体で……」
「……」
「でも、行きたいンでショ? チョット待ってて」
力ない笑顔を返すと、彼女はニカッっと笑って部屋を出て行きました。
ベッドに掴まりながら、上体を起こします。それから、お腹の辺りに魔力の回復効率を高める魔法陣を描きました。回復薬を飲ませて貰えなかった時の、念のため、です。……セルジオさんは悪い人でしたが、この魔法陣は覚えておいて損はありませんでしたね。とても役に立ちます。
少しして、チャトゥちゃんが男の子を連れて戻ってきました。
「従弟のカァツ。背負ってもらいナ」
「リルです。……その、よろしくお願いします」
「あァ」
フレッド君は、家の隣に併設された、治療用の小屋に寝かされていました。
チャトゥちゃんのお父さんというのは、最初に水を飲ませてくれたおじさんだったようです。わたし達に気がつき、治療の手を止めて中に入れてくれます。カァツ君にベッドの横まで運んで貰い、用意されていた椅子に座りました。
「フレッド君……」
わたし以上にボロボロの身体は、骨折もしていたのか、あちこちに添え木があてられていました。薄暗い小屋の中でもわかるほどに、顔色が悪いです。
……でも、ちゃんと。息をしていました。それを自分の目で確かめることができて、ようやく心の底から安心します。とは言え、大変な状況であることに変わりはありません。チャトゥちゃんのお父さんにはお礼を言ってベッドから離れて貰い、結界を張りました。
「……フレッド君。懐かしいと思いませんか?」
杖で魔法陣を描きながら、フレッド君に話し掛けます。
わたし達が出会った頃、彼はいつも傷だらけでした。魔法が効かないから治癒もできない、それを聞いて、わたしの研究意欲がぐんぐんと湧き出したことをよく覚えています。
それからは、何度も実験と研究を行いました。そうして最終的に辿り着いた治療方法は、一般的な光属性の治癒魔法とは全く違うものとなったのです。
チャトゥちゃんのお父さんにいくつかの薬草を持って来て貰うよう頼み、ポシェットの中から調合セットを取り出します。それから、黒い宝石も。
これは、洞窟の街に着く前に見つけた宝石です。誘導宝石の一種で、その対象は生物の身体。フレッド君のために魔法具を作りたいと思って採取したのですが、まさかこんなすぐに使うことになるとは……。
「チョット、それ。闇の力が強すぎヨ」
近づいて来たチャトゥちゃんが、嫌そうにそう言いました。土の民は、闇よりも光との相性が良いと聞きますから、この濃度は苦しいのかもしれません。
「えぇ。そのために結界を張ったのです。これは闇の“気”を通しません」
「えっと、ア……。そうなんだけど……」
「ソンナ濃度の闇があって、治癒、使えるのカ?」
カァツ君の言葉に、ウンウンと頷くチャトゥちゃん。「これで良いのですよ」と小さく笑い、二人に結界の外へ出て貰います。
チャトゥちゃんのお父さんはすぐに戻ってきて、頼んだ薬草を渡してくれました。麻酔薬もあったので、水に溶かしてから布に染み込ませ、フレッド君の口に噛ませます。
薬草に魔力を注ぎながら煮だし、濃い薬液を作りました。薬草が含んでいた“気”まで魔力に変換し、細かく操れるようにします。それを先程描いた植物強化の魔法陣に流し込めば、薬の準備は完了です。
身体にはたらきかける魔法ではなく、薬の方を最大限まで強化する。それが、わたしの思いついたフレッド君専用の治癒方法でした。
それでも、この怪我では完治するまでに時間が掛かってしまいそうですけれど……。それは、今から試す誘導宝石の力に期待しましょう。
一瞬、左手にはめた指輪を見ました。それから、誘導宝石に魔法陣を描いていきます。細かな線や記号で立体的に構成された、複雑な魔法陣。
「エッ……!?」
発動させた魔法に、チャトゥちゃん達が驚きと嫌悪感を隠せない顔をしたのが見えました。ゆらっと滑らかに動く闇属性の魔力が、フレッド君の身体を包み込みます。手応えのない感覚に不安を覚えますが、焦らずに少しずつ、少しずつ……。
「フレッド君。慣れない感覚かと思いますが、我慢してくださいね?」
それは、魂に干渉する魔法でした。闇魔法の中で最上位にあたるものではありますが、その難易度にはバラつきがあるのです。今はただ、“気”への抵抗値に干渉しているだけですから、大した魔法でもないのですけれど。
魂への干渉は、どうしても洗脳などの印象が強く、良い魔法として見て貰えないのが残念なところです。
と、魔力に手応えを感じ、その状態を維持します。……これで少しは、魔法が効くでしょうか?
麻酔を染み込ませた布を取り出し、魔法で強化した薬液を流し込みます。喉に詰まらないよう、魔力の制御をしながらです。ある程度流し込んだら、体内で吸収される前に治癒魔法の魔法陣の形に操作し、発動させました。
「どうか、効きますように……!」
投薬と治癒魔法を何度も繰り返していくうちに、少しずつフレッド君の顔色が良くなっていくのがわかりました。
そして陽が昇る頃、その瞼がピクリと動き、それから薄く開いたのです。
「……おはようございます。フレッド君」
「……、ょ」
それを聞いて、わたしの視界は暗くなりました。
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