雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

文字の大きさ
3 / 54
第一章

夢だけど、夢ではないらしい(2)

しおりを挟む
 自分の発した知らない言葉に驚いていると、男性の目がすっと細められて、わたしを検分するようにじっと見つめてきた。
 好意的ではないどころか、背筋が凍りつきそうなほど冷たい視線に、ヒクリとわたしの頬が引き攣る。お腹の底から震えるような恐怖を感じて、初めての体験なのに、「ああ、これが殺気というものなのか」と、わたしは妙に納得した。

 ……でも、夢の中で死ぬとどうなるんだっけ?

「……ジオ・マカベ。そのように怖い目をしないでくださいませ。彼女が怖がっているでしょう」

 しかし、ぷくりと頬を膨らませた女性に睨まれると、ジオ・マカベと呼ばれた男性は気まずそうに視線をずらしてくれた。ひとまず命の危機は去ったようで、わたしはほっと息を吐く。

「ごめんなさいね。彼、興味を惹かれるものに出会うとどうしても、じっと見つめてしまうのですよ」
「ヒィリカ」

 唸るような低い声に、またわたしの頬が引き攣った。けれども、ヒィリカというらしい女性は、「あら、本当のことでしょう?」とクスクス笑う。

 ジオ・マカベのむすっとした顔を見るに、わたしに興味を持っただけ、というのは事実なのだろう。それならば、もっと熱の籠もった目を向けて欲しいものだ。
 あのように冷たい目で「興味を惹かれました」と言われても、信じられるはずがない。

「ねぇ。さっきの歌はどのような仕組みなのかしら? 聞いたことのない言葉に旋律、それなのにあの魔力。わたくし、歌には詳しいつもりだったのですけれど……正直、わけがわかりませんでしたから」

 ……はい。わけがわからないのは、わたしのほうです。
 今、魔力と聞こえたのは空耳だろうか。
 それとも、なにかの冗談だろうか。

 わたしがぐるぐると考えている間にも、ヒィリカは質問を続けてくる。

 やはり聞き間違いではなかったようだ。魔法とか、魔術などという物語に出てくるような単語が、わたしの耳を素通りしていく。
 どう反応したら良いのかわからず黙っていると、ヒィリカは数度、目を瞬かせた。揃えた指先を頬に添えて首を傾げると、肩にかかっていた彼女の白金色の髪が、はらりと落ちる。

「……あら、わたくしとしたことが。いきなり魔法の話なんて、無粋でした。……そうですね、まず、あなたはどこの国からいらしたの? 年齢も教えていただけるかしら。それにどうして、このような場所にいるのでしょう?」

 話しかけられているのに返事ができない、という状況は、意外にも人を強い緊張状態にさせるらしい。
 ようやく理解できる質問をされたので、知らず強ばっていた身体の力を抜く。それから、よし答えるぞ、と息を吸い込んだところで気がついた。

 全部、答えられないのだ。

 日本から、と言って通じるかどうか怪しいし、この見た目で二十五歳などと言うのは自分でも遠慮したい。頭のおかしい子に思われること間違いなしだ。寝ていたらここに……は、もはや考えるまでもない。

 行き場のなくなった吸気を吐き出しつつ、なんと答えたものかと口をパクパクさせていると、ジオ・マカベがハァ、と溜め息をついた。

「そのように矢継ぎ早に質問をするものでない、ヒィリカ」

 距離感や雰囲気からして、二人は夫婦なのだろう。そうですけれど、とヒィリカがふてくされるような、甘えるような声を出したが、嫌味はなく、微笑ましさすら感じる。

「わたくし、この子が欲しいのです。ほら、あの魔力量に歌でしょう、わたくしたちの娘にふさわしいと思いませんか?」
「……、はい?」

 ……前言を撤回します。
 想像もしていなかった言葉に、微笑ましく思っていた気持ちが一気に萎んだ。いきなりなにを言いだすというのか!
 わたしはただただ唖然としていて、しかし、ヒィリカはどんどん話を進めていく。……儚げな見た目とは裏腹に、かなり強引だ。ゴーイング・マイウェイだ。

「それに、シユリも妹が欲しいと言っていましたし――」

 ――シャン、シャン。

 突然、涼やかで細かな金属音が聞こえてきた。
 振り向くと、木々の間からゆっくりと歩いてくる男女二人の姿が。現在会話中の夫婦と同じように、男性は黒、女性は白を基調とした服を着ている。

 女性の纏っている薄い布が、ふわり、ふわりと揺れる。
 シャン、シャン。二人の歩みが、金属音の鳴るリズムと揃っている。

 呼吸をすることも憚られるほど、辺りに緊張が満ちる。
 ただ二人の人間がこちらへ歩いてくるだけなのに、それは、とても繊細な芸術のように感じられた。

「ジオ・マカベ。なにやら大きな魔力を感じたのだが……?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...