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第一章
夢だけど、夢ではないらしい(3)
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男性が口を開くまで、わたしは瞬きも忘れて見惚れていたようだ。シパシパと目蓋を閉じたり開いたりして、乾いた瞳に潤いを戻す。
「ナヒマ、トヲネ。……これだ」
ジオ・マカベが、くいっと顎を動かしてわたしを見遣る。
つられてナヒマと呼ばれた男性もわたしを見る。彼も冷たい表情をしているが、何故か恐怖は感じない。
「気立子か。何故ここに?」
「それはわからぬ。だが、泉の異常はこれが原因だろう。先の魔力もそうだった」
……はて、キタチゴ?
脳内で勝手に翻訳されるのか、言葉の意味自体はずっと理解できていた。けれども、今聞いた言葉は知らない、わからなかった。
首を傾げるわたしをよそに、トヲネと呼ばれた女性が、あら、と声を上げる。
「気立子ですか? お二人の娘として引き取るのでしょうか」
「えぇ。ちょうど今、そうしたいと話していたところなのですよ。トヲネ様はどう思われますか?」
「勿論、賛成いたします。泉に現れる気立子なんて、聞いたことありませんもの」
……少し待ってほしい。話がどんどん進んでいるではないか。
どう考えてもわたしに関する話なのに、その本人が置いてけぼりを食らっている。
勝手に娘にしないでくれ、と大きな声で言いたい。言いたいけれど、言えないわたしは臆病者なのだろうか。
「そうでしょう? これも神のお導きと思えば、育てたくなるでしょう?」
「まぁ! では、また神にお会いする準備をしなくてはなりませんね。……ジオ・マカベ。わたくしからもお願いしますわ。ヒィリカ様のおっしゃる通り、この子を娘にしてあげてくださいな」
楽しそうに話しているヒィリカたちの口から、神、という言葉が聞こえてきた気がした。できることなら気のせいということにしてしまいたい。
女三人寄ればなんとやらと言うが、耳にというより、精神に響く。
早くどうにかしないと、あれよあれよという間に流されてしまいそうだ。
よし。ここは一つ、真面目そうなジオ・マカベたち男性陣に任せよう。……断じて、発言するのが怖かったからではない。
わたしが期待の目を向けると、ジオ・マカベは仕方なさそうにハァと息を吐いた。
「まぁ、あの力を活かせるのであれば、悪くない話ではあるか」
……え。あれ?
「どちらにせよ、木立の者たちへ知らせねばならぬしな。……ただ、前例のない現れかたがどうにも気になる」
「あ、えっと……」
どうやら、わたしの期待が違う方向に受け取られてしまったらしい。違う、違うのだ。
「連れ帰る前に、どういうことなのか神に伺っておきなさい」
抑揚のない低い声は、とても冗談を言っているふうには聞こえない。本気で神さまと話せるものだと信じているようだ。
ヒィリカがこくりと頷いた。
もしかすると、ここではそれが普通のことなのかもしれない。
けれども、わたしには理解不能だ。
キラキラと光る泉も、彼らの娘にされそうなことも、魔法や神さまの存在も、全部。そうですか、と納得できるほうがおかしいのだ。
それでも。本当の本当に神さまがいるというのなら。
……お願いします。どうかどうか、わたしを目覚めさせて!
わたしがそう願うのと同時に、ヒィリカが鈴の音のような声でうたいだした。
……賛美歌、だろうか。厳かで、心が浄化されるような美しい旋律だ。
それが何故か、聞き取れないほどに詰め込まれた歌詞によって台無しにされている。
早口言葉を歌にしたのか、と疑いたくなるくらいで、むしろ、ヒィリカはよくうたえるものだと感心してしまう。こんな歌をうたったら、わたしなら絶対に舌を噛む。
そんなことを考えながら歌を聞いていると、周囲の木々の赤みがより一層増していることに気がついた。泉から出ていた光が、辺りに広がっていたのだ。
陽射しを遮って、泉の光だけがこの場を照らしている。
どこから取り出したのだろうか。いつの間にか、ヒィリカがその腕に竪琴を抱えていた。
彼女は歌を止めることなく、纏った布をふわりと舞わせて構える。
――ポロロンポロン、ポロンポロンポロロン…………
弦を撫でる動きは目にも留まらぬ速さで、ソロギターの速弾きを彷彿とさせた。それなのに、一連の動きは驚くほどに優雅だ。
音の粒は綺麗に揃い、流れるように続いていく。
……わたしはなにを見せられ、聞かされているのだろう。
明滅を繰り返す光は、次第に強さを増しているようだ。
ふわり、ふわりと揺れる布が、光を含み、きらめく。
寄せては返す、波のように。
この空間を、ヒィリカの早口な歌が包み込んでいく。
――ポロン、ポロロン……
ざわざわと、心が粟立ちはじめる。
――ポロロンポロン、ポロロンポロロン……
光はまた強くなっていき――。
眩しい。
そう感じて目を細めた途端、光は、すべて泉に吸い込まれていった。
頭上から照らす陽射しが戻ると、服の擦れる音や、風が葉を揺らす音も聞こえてくる。ヒィリカがうたっている間、これらの音は聞こえていなかったのだ。そのことに、今気づいた。
そして。音は、戻ってきたものだけではない。
あちらこちらから響く、女性の笑い声が増えていた。
「ナヒマ、トヲネ。……これだ」
ジオ・マカベが、くいっと顎を動かしてわたしを見遣る。
つられてナヒマと呼ばれた男性もわたしを見る。彼も冷たい表情をしているが、何故か恐怖は感じない。
「気立子か。何故ここに?」
「それはわからぬ。だが、泉の異常はこれが原因だろう。先の魔力もそうだった」
……はて、キタチゴ?
脳内で勝手に翻訳されるのか、言葉の意味自体はずっと理解できていた。けれども、今聞いた言葉は知らない、わからなかった。
首を傾げるわたしをよそに、トヲネと呼ばれた女性が、あら、と声を上げる。
「気立子ですか? お二人の娘として引き取るのでしょうか」
「えぇ。ちょうど今、そうしたいと話していたところなのですよ。トヲネ様はどう思われますか?」
「勿論、賛成いたします。泉に現れる気立子なんて、聞いたことありませんもの」
……少し待ってほしい。話がどんどん進んでいるではないか。
どう考えてもわたしに関する話なのに、その本人が置いてけぼりを食らっている。
勝手に娘にしないでくれ、と大きな声で言いたい。言いたいけれど、言えないわたしは臆病者なのだろうか。
「そうでしょう? これも神のお導きと思えば、育てたくなるでしょう?」
「まぁ! では、また神にお会いする準備をしなくてはなりませんね。……ジオ・マカベ。わたくしからもお願いしますわ。ヒィリカ様のおっしゃる通り、この子を娘にしてあげてくださいな」
楽しそうに話しているヒィリカたちの口から、神、という言葉が聞こえてきた気がした。できることなら気のせいということにしてしまいたい。
女三人寄ればなんとやらと言うが、耳にというより、精神に響く。
早くどうにかしないと、あれよあれよという間に流されてしまいそうだ。
よし。ここは一つ、真面目そうなジオ・マカベたち男性陣に任せよう。……断じて、発言するのが怖かったからではない。
わたしが期待の目を向けると、ジオ・マカベは仕方なさそうにハァと息を吐いた。
「まぁ、あの力を活かせるのであれば、悪くない話ではあるか」
……え。あれ?
「どちらにせよ、木立の者たちへ知らせねばならぬしな。……ただ、前例のない現れかたがどうにも気になる」
「あ、えっと……」
どうやら、わたしの期待が違う方向に受け取られてしまったらしい。違う、違うのだ。
「連れ帰る前に、どういうことなのか神に伺っておきなさい」
抑揚のない低い声は、とても冗談を言っているふうには聞こえない。本気で神さまと話せるものだと信じているようだ。
ヒィリカがこくりと頷いた。
もしかすると、ここではそれが普通のことなのかもしれない。
けれども、わたしには理解不能だ。
キラキラと光る泉も、彼らの娘にされそうなことも、魔法や神さまの存在も、全部。そうですか、と納得できるほうがおかしいのだ。
それでも。本当の本当に神さまがいるというのなら。
……お願いします。どうかどうか、わたしを目覚めさせて!
わたしがそう願うのと同時に、ヒィリカが鈴の音のような声でうたいだした。
……賛美歌、だろうか。厳かで、心が浄化されるような美しい旋律だ。
それが何故か、聞き取れないほどに詰め込まれた歌詞によって台無しにされている。
早口言葉を歌にしたのか、と疑いたくなるくらいで、むしろ、ヒィリカはよくうたえるものだと感心してしまう。こんな歌をうたったら、わたしなら絶対に舌を噛む。
そんなことを考えながら歌を聞いていると、周囲の木々の赤みがより一層増していることに気がついた。泉から出ていた光が、辺りに広がっていたのだ。
陽射しを遮って、泉の光だけがこの場を照らしている。
どこから取り出したのだろうか。いつの間にか、ヒィリカがその腕に竪琴を抱えていた。
彼女は歌を止めることなく、纏った布をふわりと舞わせて構える。
――ポロロンポロン、ポロンポロンポロロン…………
弦を撫でる動きは目にも留まらぬ速さで、ソロギターの速弾きを彷彿とさせた。それなのに、一連の動きは驚くほどに優雅だ。
音の粒は綺麗に揃い、流れるように続いていく。
……わたしはなにを見せられ、聞かされているのだろう。
明滅を繰り返す光は、次第に強さを増しているようだ。
ふわり、ふわりと揺れる布が、光を含み、きらめく。
寄せては返す、波のように。
この空間を、ヒィリカの早口な歌が包み込んでいく。
――ポロン、ポロロン……
ざわざわと、心が粟立ちはじめる。
――ポロロンポロン、ポロロンポロロン……
光はまた強くなっていき――。
眩しい。
そう感じて目を細めた途端、光は、すべて泉に吸い込まれていった。
頭上から照らす陽射しが戻ると、服の擦れる音や、風が葉を揺らす音も聞こえてくる。ヒィリカがうたっている間、これらの音は聞こえていなかったのだ。そのことに、今気づいた。
そして。音は、戻ってきたものだけではない。
あちらこちらから響く、女性の笑い声が増えていた。
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