雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

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第一章

森の中にある家(1)

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 夕食後、荷車はすぐに動き出した。今日は夜通し走るらしい。
 わたしは窓枠に頭を預け、目を閉じる。灯りは落としてもらっているし、意外にも揺れは小さい。夜行バスと同じようなものだと思えば問題なく眠れそうである。
 主に精神的に疲れていたわたしは、すぐに目蓋を持ち上げられなくなった。


 ヴウゥゥ――……


 夜中と朝方に一度ずつ、あの唸るような音が聞こえてきて、目が覚めた。
 泉にいたときにも聞こえてきた音。
 一週間もいれば、その周期にも気づくというものだ。

 この音が鳴るのは、一日のうち、日の出、真昼、日の入り、真夜中の四回。時計がないので細かくはわからないが、一度鳴りだすと、三十分くらいは音が続く。

 さして大きな音ではないが、これだけ移動しても同じように聞こえるのだ。音源の近くは大変なことになっているに違いない。できるだけ近寄らないようにしよう、とわたしは決心した。

 音が鳴りはじめてから少しすると、荷車は必ず止まる。
 止まっているのは十五分くらいだ。さすがに操縦者も休憩しているのだろう。移動し続け、さらには食事の用意もしてくれるのだから、もっと休んで欲しいくらいである。
 ちなみに荷車が止まっている間、ヒィリカとトヲネもどこかへ行っているようだった。荷車に設置されているので、便所ではないはずだ。が、声をかけられたわけでもない。わたしは気にしないことにした。



「土の国では、どんな歌が流行っているのでしょうか? レインは……覚えていないようですね。トヲネ様はなにかご存知かしら?」
「いいえ。あの国とは本当に交流がありませんもの。まじないが盛んだということくらいしか……」
「そうですね。わたくしも同じ認識です――」

 朝食の間に顔色を見られていたのか、次の日はヒィリカとトヲネのお喋りに延々と付き合わされることになった。
 わたしは聞かれたことに答えたり、首を上下左右に振ったりするだけだったが、よくもまぁそんなにも話すことがあるな、と思うくらいに会話が続く。……驚くことなかれ、その内容はすべて、音楽に関することだ。

 夕食を食べ終わった今も、それが止まる様子はない。

 なんでも、マクニオスでは、音楽が非常に重要な意味を持っているらしい。他にも絵画や舞踊などがあるけれども、まずは音楽、といったところだ。
 早口な歌詞はともかく、神さまを呼び出したヒィリカの歌と竪琴の腕は、確かに相当なものだった。
 あれを当たり前に求められるのであれば、マクニオスの音楽技術にはかなり期待できる。むしろ、わたしも必死に練習しなくてはならないだろう。
 このわけのわからない世界でも楽しめそうな要素が見つかって、嬉しくなる。
 それが帰ることに繋がりそうだとなれば、なおさら。

「……まじないでしたら、やはり打楽器でしょうか」
「それが多いと聞きますね。レインはどのような楽器を使っていたか、思い出せることはありませんか?」
「えっと――」

 わたしが使っていた、使いたい楽器なら決まっている。

「『ピアノ』、です」

 ……あ。今の、日本語の音だった。

「ぴあの……聞いたことがありませんね」
「特別な楽器でしょうか?」

 首を傾げる二人には、曖昧な笑みを返しておく。
 この世界に存在しない言葉は、日本語として発してしまうらしい。気をつけようにも、どの言葉がないのか想像もつかないので、とりあえず、物の名称をむやみに口にすることがないようにする。これだけは本当に。わたしは変な子だと思われたくない。
 真面目で、神さまと会うに値する子だと思われたいのだ。

 ……それにしても。ピアノ、ここにはないのか……。

「いずれにしても、あなたに与えるのは子供用の弦楽器です。秋のはじめまでに、最低でも一曲は弾けるようにならなくてはいけませんよ」
「わかりました」

 新しい楽器をもらえると聞いて、わたしの気持ちがまた少し上向く。
 ピアノではない弦楽器ということは、ヒィリカが弾いていたような、竪琴だろうか。それならば、打楽器よりもよほど良い。あまり使っていなかったが、ガットやナイロンの弦を張る、クラシックギターも持っているのだ。
 ヴァイオリンのように弓を使って弾くものでないことを願う。さすがに馴染みがなさすぎて、簡単に弾けるとは思えないから。

 ……あれ、待って。秋のはじめまでに、って、言った?

 よくよく思い出してみれば、出発前、なにかまでに季節二つ分もない、という話をしていたような気がする。それがこのことならば、かなり大変なのではなかろうか。
 今さら心配になってきたところで、同じようなことをトヲネも言い出す。

「けれど、本当に時間がないのですね……。少し慌ただしくなってしまうのではありませんか?」
「いいえ、トヲネ様。レインには今年、音楽だけを教えるつもりです。そうすれば問題はないでしょう?」
「まぁ! そう言って、ご自分の音楽の時間も確保するところが、ヒィリカ様らしいですね」

 クスクスと楽しそうに笑うトヲネに、ヒィリカは恥ずかしむように微笑んだ。車内の灯りに照らされた彼女の頬が、薄く色づいている。よほど音楽が好きなのだろう。
 そしてわたしは、「音楽だけを教える」というヒィリカの言葉に、心の中でよし、と呟く。

「レインも、音楽はお好きですよね?」
「はい! 大好きです!」

 同調圧力のようなものを感じたが、否はない。わたしは心からの笑顔で頷いた。
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