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第一章
森の中にある家(3)
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石が光ったことを確認すると、ジオ・マカベは一つ頷き、こちらへ、とわたしを木のほうへ案内する。
大きく開かれた木の根は、背の高いジオ・マカベでも屈むことなくくぐれるようだ。彼はすぐ先にあった扉を開き、中へ入る。わたしも後に続いた。ヒィリカが最後だ。
入ったそこは、広めの玄関のようになっていた。
正面には外と同じような灯りがぶら下がっていて、わたしたちを優しく照らす。
壁は滑らかに丁寧に磨かれていて、光沢があった。木目は美しく、特に、階段の脇にある彫刻のような飾りの部分は芸術品のようだ。
足もとには深い赤色の敷物。やわらかい草でできた靴を履いていたので、その織り密度の高さがよくわかる。
この空間だけで、わたしは、洞穴生活を想像していた少し前の自分を叱りたくなった。
シャン、シャンとジオ・マカベが鳴らす音の後をついていく。左右にはそれぞれ階下と階上へと続く階段がある。その右側、なだらかに湾曲する階段を上ると――。
「なっ……」
「居間だ。食事や、家族で集まる時は大抵、ここを使う」
「今は子供たちがいないので、わたくしたち三人だけですけれど」
……おかしい。絶対におかしい。
居間は、確かに居間であった。
中央には机と椅子が置かれ、食事ができるようになっている。壁には写実的な絵がいくつも掛かっていて、飾り棚には工芸品の置き物が並べられている。窓からはぼんやりと光る森が見えて、その手前に置かれた低めの長椅子では、のんびりと寛げそうだ。
ログハウスのような温もりと、美術館のような芸術性を感じるその部屋を、わたしはひと目で気に入った。
が、広すぎるのだ。
明らかに、外から見た木の太さよりもこの部屋のほうが広い。
このような、スイートルームか? と問いたくなるくらいに大きな部屋が入るほど、木の中が広いはずはないのだ。それならば、わたしはまず木の太さを見ただけで驚いている。
ジオ・マカベは、しかし、絶句しているわたしには目もくれずにシャンシャンと居間の奥へと歩いていく。そこにあった扉をギィッと開いた。
「手を」
なにをするのかわからず、とりあえずパッと両手を出すと――服は左の脇に挟んだので、なにかの決めポーズのようになった――、彼はわたしの右手を掴んで部屋に入る。
「私の部屋だ。私が触れている者か、ヒィリカしか入り口を通れないようになっている」
ジオ・マカベの部屋だというそこは、居間よりもずっと飾りが少なく、重厚な雰囲気が漂っていた。入室の制限も含め、真面目そうな彼らしい部屋だ。
正面の壁は本棚のように窪んでいて、分厚い本がぎっしりと詰まっている。
同様に反対側の壁にも窪みがあり、さまざまな楽器が置かれていた。ヒィリカが使っていたような竪琴や、リュートにダルシマー……。他にも、見たことのない形のものがたくさんある。
そんな魅力溢れる空間に目を奪われていると、右手をくいっと引かれた。
「これに触れなさい」
そう示された部屋の中心にあったのは、家に入る前に渡された石と同じ琥珀色をした、円柱状の石、いや、岩であった。子供の背丈とはいえ、わたしの肩と同じくらいの高さがある。
……これに触れる、ねぇ。
なにが起こるかはわからないが、とても重要なものなのだろうということはわかる。
ふぅ、とひとつ息を吐いてから、わたしはその岩にひたと両手を触れた。
――予想していた通り、琥珀色の岩が光る。腕に着けていた石も一緒に光る。
岩がかなりの大きさなので、光も強い。目が眩みそうだ――。
けれども、光は何度か明滅を繰り返してから、すぐに元の状態に戻ってしまった。
なにも起こらなかったことに不安を感じてジオ・マカベを見てみると、彼は無表情のまま、わたしの腕から石を外す。
……え、どうなったのだろう。
そんなわたしの疑問に、答えてくれる様子はない。
助けを求めるようにヒィリカに目を向ける。彼女はにこりと微笑んで頷いた。
「これでわたくしたちは家族ですね」
嬉しそうなその言葉で、ようやく、なんの問題もないことがわかった。この琥珀色の岩は、家に住む人間――つまり、家族を登録するもの、ということだろうか。わざわざ役所に行かなくても良いなんて、とても便利ではないか。
「あなたにとって、わたくしはお母様、シルカル様はお父様です」
「シルカル、様……?」
……あれ? 父になるのはジオ・マカベではなかったのか。
いきなり出てきた知らない名前に首をひねると、ヒィリカが「あら、そうでした」と言いながら、ジオ・マカベに顔を向ける。
「彼がシルカル様です。木立の者ですから、外ではジオ・マカベと呼んでいるのですよ」
「……木立の者」
また知らない言葉である。明らかに理解できていないわたしを見て、ジオ・マカベ――シルカルがハァ、と溜め息をついた。
「ヒィリカ。説明したのではなかったのか?」
「トヲネ様もいらしたので、少しお話に夢中になってしまいました」
そう言って、ヒィリカは口もとに手を当てながら目を細めた。そのお茶目な様子に、思わずわたしも笑みを溢す。
再度溜め息をついたシルカルによって、わたしは、ここがマクニオス内にあるジオの土地というところで、その代表のような者をジオ・マカベと呼ぶのだということを知った。
大きく開かれた木の根は、背の高いジオ・マカベでも屈むことなくくぐれるようだ。彼はすぐ先にあった扉を開き、中へ入る。わたしも後に続いた。ヒィリカが最後だ。
入ったそこは、広めの玄関のようになっていた。
正面には外と同じような灯りがぶら下がっていて、わたしたちを優しく照らす。
壁は滑らかに丁寧に磨かれていて、光沢があった。木目は美しく、特に、階段の脇にある彫刻のような飾りの部分は芸術品のようだ。
足もとには深い赤色の敷物。やわらかい草でできた靴を履いていたので、その織り密度の高さがよくわかる。
この空間だけで、わたしは、洞穴生活を想像していた少し前の自分を叱りたくなった。
シャン、シャンとジオ・マカベが鳴らす音の後をついていく。左右にはそれぞれ階下と階上へと続く階段がある。その右側、なだらかに湾曲する階段を上ると――。
「なっ……」
「居間だ。食事や、家族で集まる時は大抵、ここを使う」
「今は子供たちがいないので、わたくしたち三人だけですけれど」
……おかしい。絶対におかしい。
居間は、確かに居間であった。
中央には机と椅子が置かれ、食事ができるようになっている。壁には写実的な絵がいくつも掛かっていて、飾り棚には工芸品の置き物が並べられている。窓からはぼんやりと光る森が見えて、その手前に置かれた低めの長椅子では、のんびりと寛げそうだ。
ログハウスのような温もりと、美術館のような芸術性を感じるその部屋を、わたしはひと目で気に入った。
が、広すぎるのだ。
明らかに、外から見た木の太さよりもこの部屋のほうが広い。
このような、スイートルームか? と問いたくなるくらいに大きな部屋が入るほど、木の中が広いはずはないのだ。それならば、わたしはまず木の太さを見ただけで驚いている。
ジオ・マカベは、しかし、絶句しているわたしには目もくれずにシャンシャンと居間の奥へと歩いていく。そこにあった扉をギィッと開いた。
「手を」
なにをするのかわからず、とりあえずパッと両手を出すと――服は左の脇に挟んだので、なにかの決めポーズのようになった――、彼はわたしの右手を掴んで部屋に入る。
「私の部屋だ。私が触れている者か、ヒィリカしか入り口を通れないようになっている」
ジオ・マカベの部屋だというそこは、居間よりもずっと飾りが少なく、重厚な雰囲気が漂っていた。入室の制限も含め、真面目そうな彼らしい部屋だ。
正面の壁は本棚のように窪んでいて、分厚い本がぎっしりと詰まっている。
同様に反対側の壁にも窪みがあり、さまざまな楽器が置かれていた。ヒィリカが使っていたような竪琴や、リュートにダルシマー……。他にも、見たことのない形のものがたくさんある。
そんな魅力溢れる空間に目を奪われていると、右手をくいっと引かれた。
「これに触れなさい」
そう示された部屋の中心にあったのは、家に入る前に渡された石と同じ琥珀色をした、円柱状の石、いや、岩であった。子供の背丈とはいえ、わたしの肩と同じくらいの高さがある。
……これに触れる、ねぇ。
なにが起こるかはわからないが、とても重要なものなのだろうということはわかる。
ふぅ、とひとつ息を吐いてから、わたしはその岩にひたと両手を触れた。
――予想していた通り、琥珀色の岩が光る。腕に着けていた石も一緒に光る。
岩がかなりの大きさなので、光も強い。目が眩みそうだ――。
けれども、光は何度か明滅を繰り返してから、すぐに元の状態に戻ってしまった。
なにも起こらなかったことに不安を感じてジオ・マカベを見てみると、彼は無表情のまま、わたしの腕から石を外す。
……え、どうなったのだろう。
そんなわたしの疑問に、答えてくれる様子はない。
助けを求めるようにヒィリカに目を向ける。彼女はにこりと微笑んで頷いた。
「これでわたくしたちは家族ですね」
嬉しそうなその言葉で、ようやく、なんの問題もないことがわかった。この琥珀色の岩は、家に住む人間――つまり、家族を登録するもの、ということだろうか。わざわざ役所に行かなくても良いなんて、とても便利ではないか。
「あなたにとって、わたくしはお母様、シルカル様はお父様です」
「シルカル、様……?」
……あれ? 父になるのはジオ・マカベではなかったのか。
いきなり出てきた知らない名前に首をひねると、ヒィリカが「あら、そうでした」と言いながら、ジオ・マカベに顔を向ける。
「彼がシルカル様です。木立の者ですから、外ではジオ・マカベと呼んでいるのですよ」
「……木立の者」
また知らない言葉である。明らかに理解できていないわたしを見て、ジオ・マカベ――シルカルがハァ、と溜め息をついた。
「ヒィリカ。説明したのではなかったのか?」
「トヲネ様もいらしたので、少しお話に夢中になってしまいました」
そう言って、ヒィリカは口もとに手を当てながら目を細めた。そのお茶目な様子に、思わずわたしも笑みを溢す。
再度溜め息をついたシルカルによって、わたしは、ここがマクニオス内にあるジオの土地というところで、その代表のような者をジオ・マカベと呼ぶのだということを知った。
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