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第一章
曲を作ろう(3)
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夕食後に曲の完成を伝えると、シルカルは「もうできたのか」と驚いたふうに片眉を少しだけ上げた。
普通は季節の半分くらいは時間をかけるらしいのだ。のちに手を加えることはあれど、わたしは最初の段階でそこまで時間をかけることはない。早く作りすぎて美しくなかったか、と二人の様子を窺ったが、特に気にしていないようでこっそり息を吐く。
「では明日の昼食後に陽だまり部屋で聞かせてもらおうか」
「……わかりました」
もう少し練習する余裕があると思っていたので、内心驚きながら了承する。彼らはなんの迷いもなく翌日の予定を決めるが、もとの予定はどうなっているのだろう。曲の方向性が間違っていると困るため、早めに確認してもらえるのは助かるけれども。
翌日。昼食後に一度部屋に戻り、イェレキを持って陽だまり部屋へ向かう。
すでに席についていたシルカルが、なにやら書き物の用意をしている。評価でもつけられるのだろうか。
できあがった曲を家族に見せびらかすような感覚で準備していたわたしは、いきなり審査会場へ飛ばされた気分になって、ひくりと頬が引き攣る。……駄目だ。平常心、平常心。
箱からイェレキを取り出し、ガッツポーズな腕を取り付け、シルカルがしてくれたようにツスギエ布をそこへ掛ける。足の間にイェレキをしっかり挟んで構えると、階段を上ってきたヒィリカと目が合った。
彼女がそのままこちらへ寄ってくる。
「覚えが良いですね。構えかたも、布の掛けかたも合っています。ただ、このように空気を含ませてから掛けると……より美しくなりますよ」
わたしのツスギエ布を掴み上げ、ふわ、と空気の中で揺らしてからもとの位置に戻す。一緒にヒィリカの纏う布も舞い上がり、わたしの視界いっぱいに広がった。
ヒィリカがシルカルの隣に座ると、シルカルが軽く頷いた。
わたしは一度、息をすべて吐き切り、お腹の底に溜まるように、深く、吸う。
――秘め事を話すような、囁きを。
夢の中、物語のはじまりのように。
すぐにイェレキの音を寄り添わせる。
泉と、森と、空と。
甘い果実の匂い。鮮やかな色彩。
視界が広がるにつれ、わたしはこの世界の美しさを知った。きっと、これからも知る。
そしてそれは、不思議な現象、魔法への驚きにも繋がっていくのだ。
うたい終えると、パチパチとヒィリカが拍手をしてくれた。わたしは胸に右手をそっと当て微笑む。お辞儀ではない、ここでの感謝の表しかただ。
シルカルは演奏中に書いていた手もとの紙をしばらく見ていたが、やがて、ハァと息を吐きながら顔を上げた。ドキドキしながら、わたしは彼が言葉を発するのを待つ。
「マカベの儀で演奏する曲として、ふさわしいだろう。この曲で練習を続けなさい」
その言葉に緊張が緩み、脱力しかけたが、シルカルはもう一度、紙に視線を落として溜め息をついた。
「旋律もそうだが、歌詞にも構成があるのだな。言葉選びも申し分ない。土の国にこのような曲があるとはとうてい思えないので、レイン自身の才能なのだろうが……」
再度こちらをじろりと見たシルカルの口から、「夢の神ではなかったのか……?」という小さな呟きが零れる。そう離れてはいないこの距離で聞き漏らすことはなかったが、その真意はわからない。
「素晴らしい才能ではありませんか。これはマカベの儀が楽しみですね」
「まあ、そうだな。トヲネが喜びそうだ。……レイン、こちらへ。楽譜の書きかたを教えよう」
イェレキを箱の中に立て掛けてから、どことなく満足そうな二人のもとへ向かう。ヒィリカとは反対側のシルカルの隣に座ると、二枚の紙を渡された。
「こちらが記譜用紙だ。音を書き込むために使う」
一枚には、線がびっしりと並んでいた。密度が高いが、五線譜と似ている。ここに音符を書くのだと、すぐに理解することができた。
そしてもう一枚は――。
「こちらが歌詞だ。聞いたままに書いたため、多少の間違いはあるかもしれぬ」
評価ではなく、歌詞を書き出してくれていたのか。さすがだな、と思いつつ紙を覗き込んで、愕然とした。
……よ、読めない。
紙に書かれた文字であろうそれが、わたしにはただの記号のようにしか見えなかった。何度瞬きしてみても、指で触れてみても、曲線を基本としたその形が、意味を伝えてくることはない。
……話し言葉は勝手に翻訳されたのに、文字はわからないなんて、中途半端な。心の中でそう憤慨していると、わたしの様子に気づいたシルカルが「そういう弊害もあったか。……ヒィリカ」と溜め息混じりに言った。
「わかりました。明日は文字を教えましょう。基本文字すら知らないようでは、木立の舍でも困りますからね」
「お願いします」
学校がどう、という話以前に、文字を読めないというのはなんともすわりが悪い。早く覚えてしまいたいと思う。
「文字が読めずとも、歌詞はここにあるし、記譜自体は可能だ。続けよう」
というわけで、わたしは文字の読み書きよりも先に、楽譜の読み書きを覚えることとなった。マクニオスらしいと言ってしまえば、それまでなのだが。
普通は季節の半分くらいは時間をかけるらしいのだ。のちに手を加えることはあれど、わたしは最初の段階でそこまで時間をかけることはない。早く作りすぎて美しくなかったか、と二人の様子を窺ったが、特に気にしていないようでこっそり息を吐く。
「では明日の昼食後に陽だまり部屋で聞かせてもらおうか」
「……わかりました」
もう少し練習する余裕があると思っていたので、内心驚きながら了承する。彼らはなんの迷いもなく翌日の予定を決めるが、もとの予定はどうなっているのだろう。曲の方向性が間違っていると困るため、早めに確認してもらえるのは助かるけれども。
翌日。昼食後に一度部屋に戻り、イェレキを持って陽だまり部屋へ向かう。
すでに席についていたシルカルが、なにやら書き物の用意をしている。評価でもつけられるのだろうか。
できあがった曲を家族に見せびらかすような感覚で準備していたわたしは、いきなり審査会場へ飛ばされた気分になって、ひくりと頬が引き攣る。……駄目だ。平常心、平常心。
箱からイェレキを取り出し、ガッツポーズな腕を取り付け、シルカルがしてくれたようにツスギエ布をそこへ掛ける。足の間にイェレキをしっかり挟んで構えると、階段を上ってきたヒィリカと目が合った。
彼女がそのままこちらへ寄ってくる。
「覚えが良いですね。構えかたも、布の掛けかたも合っています。ただ、このように空気を含ませてから掛けると……より美しくなりますよ」
わたしのツスギエ布を掴み上げ、ふわ、と空気の中で揺らしてからもとの位置に戻す。一緒にヒィリカの纏う布も舞い上がり、わたしの視界いっぱいに広がった。
ヒィリカがシルカルの隣に座ると、シルカルが軽く頷いた。
わたしは一度、息をすべて吐き切り、お腹の底に溜まるように、深く、吸う。
――秘め事を話すような、囁きを。
夢の中、物語のはじまりのように。
すぐにイェレキの音を寄り添わせる。
泉と、森と、空と。
甘い果実の匂い。鮮やかな色彩。
視界が広がるにつれ、わたしはこの世界の美しさを知った。きっと、これからも知る。
そしてそれは、不思議な現象、魔法への驚きにも繋がっていくのだ。
うたい終えると、パチパチとヒィリカが拍手をしてくれた。わたしは胸に右手をそっと当て微笑む。お辞儀ではない、ここでの感謝の表しかただ。
シルカルは演奏中に書いていた手もとの紙をしばらく見ていたが、やがて、ハァと息を吐きながら顔を上げた。ドキドキしながら、わたしは彼が言葉を発するのを待つ。
「マカベの儀で演奏する曲として、ふさわしいだろう。この曲で練習を続けなさい」
その言葉に緊張が緩み、脱力しかけたが、シルカルはもう一度、紙に視線を落として溜め息をついた。
「旋律もそうだが、歌詞にも構成があるのだな。言葉選びも申し分ない。土の国にこのような曲があるとはとうてい思えないので、レイン自身の才能なのだろうが……」
再度こちらをじろりと見たシルカルの口から、「夢の神ではなかったのか……?」という小さな呟きが零れる。そう離れてはいないこの距離で聞き漏らすことはなかったが、その真意はわからない。
「素晴らしい才能ではありませんか。これはマカベの儀が楽しみですね」
「まあ、そうだな。トヲネが喜びそうだ。……レイン、こちらへ。楽譜の書きかたを教えよう」
イェレキを箱の中に立て掛けてから、どことなく満足そうな二人のもとへ向かう。ヒィリカとは反対側のシルカルの隣に座ると、二枚の紙を渡された。
「こちらが記譜用紙だ。音を書き込むために使う」
一枚には、線がびっしりと並んでいた。密度が高いが、五線譜と似ている。ここに音符を書くのだと、すぐに理解することができた。
そしてもう一枚は――。
「こちらが歌詞だ。聞いたままに書いたため、多少の間違いはあるかもしれぬ」
評価ではなく、歌詞を書き出してくれていたのか。さすがだな、と思いつつ紙を覗き込んで、愕然とした。
……よ、読めない。
紙に書かれた文字であろうそれが、わたしにはただの記号のようにしか見えなかった。何度瞬きしてみても、指で触れてみても、曲線を基本としたその形が、意味を伝えてくることはない。
……話し言葉は勝手に翻訳されたのに、文字はわからないなんて、中途半端な。心の中でそう憤慨していると、わたしの様子に気づいたシルカルが「そういう弊害もあったか。……ヒィリカ」と溜め息混じりに言った。
「わかりました。明日は文字を教えましょう。基本文字すら知らないようでは、木立の舍でも困りますからね」
「お願いします」
学校がどう、という話以前に、文字を読めないというのはなんともすわりが悪い。早く覚えてしまいたいと思う。
「文字が読めずとも、歌詞はここにあるし、記譜自体は可能だ。続けよう」
というわけで、わたしは文字の読み書きよりも先に、楽譜の読み書きを覚えることとなった。マクニオスらしいと言ってしまえば、それまでなのだが。
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