雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

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第一章

年下の兄姉(3)

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 シユリは妹になったわたしを心から気に入ってくれたらしく、なにかと世話を焼かれるようになった。
 せめてその好意を無下にしてはならないと、寂しさを押し隠しつつ、笑顔で応える。
 もっとも、笑顔の裏でなにを考えているかわからないヒィリカよりよほど――他人のことは言えないけれども――、わかりやすく好意を示してくれるシユリのほうが好きだけれど。

 シルカルとヒィリカは仕事を優先し、その代わりにシユリが、教師としての準備をしながらわたしの面倒をみてくれる。

 していて楽しいのは、やはり音楽の話だ。そのことにシユリも気づいたのか、途中からあからさまに音楽の話が増えたのが面白い。……一応白状しておくと、下心はあった。
 二人で演奏できる曲も教わった。学校ではとても流行っている曲らしく、「レインは音楽の才能がありますから、合奏をきっかけにしてお友達を作ったら良いと思いますよ」と言われた。友人を作るかどうかはともかく、バンド経験者として、合奏には惹かれる。

 流行りと言えば、ツスギエ布の纏いかたについてもあれこれ仕込まれた。

「お母様の世代はたっぷりと余裕のある、真っ直ぐなひだを作ることが流行っていたようですけれど、今は複雑な曲線を描くようにしたり、模様に見せたりする方法が流行っているのです」
「ここのところが、とても素敵ですね。どのようにして石を付けているのですか?」

 そう言ってわたしが指差したのは、小さな石が連なって花をかたどっている部分だ。ビーズのように穴が開いているわけでも、接着剤が使われているわけでもなさそうなので、不思議だった。

「こうして石を使うのは、成人してからですよ」
「まだまだ先でしたか……そのころには流行りも変わっていそうです」
「ふふ、でもそうですね……石がなくても、お花のようにすることはできます。紐を掛ける最初の段階で、このように形を作って――」

 いくつか教わったところで気づいたが、姿見の魔道具を使ってツスギエ布を纏うのにはかなり頭を使う。
 ひだを図形として捉え、完成形へ導く空間認識の能力や、そのために必要な紐や布の掛け方を割り出す計算能力も必要なのだ。

 トヲネ経由で、花びらの服から着想を得た新しい型のツスギエ布が届くと、シユリは纏いかたを一緒に考えたがった。
 わたしは、昔好きだったワンピースを思い出しながら再現してみる。森に住む女の子が着ていそうな、白くて、幾重にも重なったレースが流れるように揺れるワンピースだ。
 それにはヒィリカもシユリも大絶賛で、さっそく自分たちの分も欲しいと言い出した。



 秋が近くなると、何度か、披露会というものに参加させられた。
 夕食後に客を呼びもてなす、大人の時間。
 そんな場所にわたしが入り込んでしまって良いのかと思ったが、一応、子供の存在を周知する場でもあるらしい。その最大の目的は、主催者が芸術を披露し、その家の美しさを知らしめるものだという。
 ジオ・マカベの妻であるヒィリカにとっては特に重要で、彼女自身はひと月に何度も開催しているのだ。

「レイン様は次のマカベの儀に出られるのですよね? どのような曲を演奏なさるのかしら」
「気立子でいらっしゃるから、珍しい曲ではありませんか?」

 わたしは自分が様づけで呼ばれたことにビクビクしていたが、尋ねられたヒィリカは、身内だけがわかる、含みのある笑みを浮かべた。

「まだお見せできる技量ではないのです。マカベの儀までの、お楽しみにさせてくださいませ」

 ……あれ?
 ヒィリカとシユリとトヲネの四人で開かれたときには、わたしも演奏を披露したし、とても褒められたものだ。それなのに、今の言葉は。
 違和感はあったが、わたしは微笑むだけに留めておく。余計なことをせずに笑顔で流すのは得意だ。
 納得した客人のなかには、哀れむような目を向けてくる人もいた。

 あとから聞いたところでは、普通の気立子は魔力量が多いが芸術はさっぱり、というのが共通認識らしい。それをマカベ夫妻が娘に迎えたことで、遠回しに悪く言う人もいるようだ。

「あの場で驚かれたり、騒がれたりするのは困りますからね」
「まあ。お母様もお人が悪いですね。マカベの儀ではじめてレインの演奏を聞かせられたら、それこそ驚くでしょうに」

 つまり、見せられるほど練習が進んでいないよ、ではなく、こんなすごい演奏はまだ見せられないよ、ということだったのだ。
 その含みにどれだけの人が気づいたかは知らないが、わたしはもっと頑張らなくてはいけない。

 そして演奏よりも気にしなくてはならないのが、所作である。
 ほかの大人に会ったことでわかった。最初に出会った四人は別格だ。洗練されすぎている。
 シユリたち兄姉も、彼らと比べて遜色がない。
 それに慣れてしまったことで、ほかの人はあまり美しくないな、などと思ってしまうあたり、わたしもこの世界の感覚に染まってきている気がする。

 どうせやるなら格好良く決めたいではないか。
 完璧な所作を身につけて日本へ帰り、恋人の啓太を驚かせるのだ。彼が前から行きたがっていた、フレンチレストランのフルコースを食べに行ったって良い。
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