雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

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第一章

マカベの儀(1)

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 唸る、大きなあの木は、神殿だった。
 言われてみれば、マクニオスの美しさへのこだわりには宗教的なものを感じるし、神話だって身近なところにあったのだ。宗教施設があってもなんら不思議ではない。
 が、それとこれとは話が別だ。

 ……これってもしかして、入信の儀式ではなかろうか。

 さんざん準備してきたマカベの儀。その当日になって気づいた事実に、思わず尻込みしてしまう。
 わたしは多くの日本人と同じく、習慣としての信仰心しか持ち合わせていないのだ。いくら神さまが本当にいるといっても、入信するとなると、それなりの勇気がいるように思う。

 さて、そんなマカベの儀の儀式場は、神殿のそばに生えている木のうちでいちばん北側、木立の者の仕事場だという木の周りだった。ジオ・マカベの家である我が家は別として、この辺りの木は、ほとんどが仕事場として使われているらしい。

 木の根がぐるりと幹を囲むように伸びていて、その凹凸は椅子の形になっている。イェレキを抱えた同い年くらいの子供がすでに何人か、座っていた。
 ざっと数えたところ、座れる部分は八十くらいあるだろうか。そのすべてが埋まるかはわからないが、思っていたよりもずっと多い。
 案内係のところへ行くと、場所は決まっているらしく、すぐに席へ案内された。

「ではレイン。楽しみにしていますよ」
「普段通りに演奏すると良い」
「わかりました。頑張りますね」

 家族とはここで別れる。ほかの親は根の外側で見ているようだが、わたしの家族は輪の中、木のほうへと向かった。そこにはナヒマとトヲネもいるのが見えて、トヲネが振ってくれた手に笑顔で振り返す。
 神殿の人だろうか。金色のローブを被っている人もいる。
 そのローブの人たちのなかでなにやら指示を出していた金色のマント姿の男性が、手を振っているトヲネに気づき、その先を追ってわたしのほうへ振り向いた。

 キラキラしている。
 これは物理的にではなく――物理的にも金色のマントが光っているが――、比喩である。
 なんというか……男性アイドルのような、華やかな印象なのだ。遊びを持たせた金髪をうしろに流し、その下では眩しいほどの笑顔をこちらに向けている。……そして今、片目を瞑った――ように見えたのはわたしの気のせいであってほしい。

 神さまに会いたいだけで宗教にどっぷり浸かるつもりはないし、おそらく、あのマントの男性はわたしが苦手な部類の人間だと思う。ぶるりと震えた身体は正直だ。あまりお近づきにはなりたくない。

 ……よし、決めた。難しく考えないことにしよう。
 日本のように考えれば、これは引っ越した土地の神社へ挨拶しに行くようなものだ。わたしがしばらくここに滞在することも、お世話になることも事実なのだから。そういうふうに演奏すれば良い。
 そう考えると、少しだけ気持ちが楽になった。

 だんだん子供が増えてくると、やはり、わたしの容貌は目立つ。ヒィリカが言っていた通り、黒髪どころか、濃い色の髪すら見当たらなかった。子供たちは緊張しているのか、あまりこちらを見ないけれど、大人の視線をよく感じる。
 とはいえそれなりにステージ慣れしているからか、シルカルたちが太鼓判を押してくれたおかげか、視線に気圧されるようなことはない。

 かなりの人数が集まってきたところで、どういう席順かがわかった。座高順だ。
 測られた記憶はないのだけれど、かなり正確だと思う。
 この様子だと、わたしは小さいほうから数えて五番目だろうか。挨拶と同様に身長の低い子からはじめるのだろうから、早くに順番が来ることになる。
 早いのは良いとして、そのあとの数十人もの演奏を聞くのだ。途中で眠くならないように気をつけなくては。



 席は子供の数だけ用意されていたらしい。最後の一人が席に着くと、薄っすらと木の根が赤みを増した。

「これより、マカベの儀を執り行う。そなたから順に、右隣の者が演奏を終えたら、すぐに演奏をはじめなさい」

 シルカルが、張り上げずともよく響く声でそう宣言する。
 一斉に視線を向けられた一番目の女の子が、硬い笑みを浮かべてイェレキを構えた。


 ピイィン、ピイィゥン――……


 可愛らしい声で歌が紡がれる。シルカルがわたしに教えようとしていた曲だ。演奏者が異なると、こんなにも印象が変わるのかと、心のなかで笑ってしまう。

「おお……」

 と、真ん中の木の幹がぽうっと光りだした。
 それを見た大人たちが感心したりほっとしたりしている。これが神さまに認められたということなのだろう。
 次の子も、またその次の子も同じように木の幹を光らせていく。

 想像していたよりも、子供たちの演奏力は普通だ。
 日本でなら驚かれるような技量だが、二歳差であることを考えても、演奏は得意ではないと言っていたルシヴのほうがずっと上手だと思うのだ。
 それでも認められているのだから、マクニオスの環境でそれなりに練習していれば、確かに問題なさそうだとわかる。普通ではないシルカルやヒィリカに褒められたわたしは、きっと、演奏面でも目立つだろう。

 ……まあ、良いか。そのぶん神さまに近づけるというのなら、わたしは上手だと思われたい。

 右隣の男の子が演奏を終えたので、構えていたイェレキを、ピャラン、と鳴らした。
 三か月と少しの練習で、かなり上達したのだ。指の動きも、音の伸びも、格段に良くなっている。

 自分に注目が集まったことを感じて、わたしはそっと囁く。

 ――ハロー、マクニオス。と。
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