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第一章
マカベの儀(3)
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圧倒的な技量を見せつけたマカベ夫妻の演奏が終わると、夕食会の時間だ。木の根の外側で儀式を見ていた親たちが、自分の子供を連れてぞろぞろと歩きだす。
向かう先は、文官の仕事場。木が十本くらいまとまって生えているところで、その枝が重なっているため、離れたところからだとやけに太く見える。少し不格好だ。
ともかく、ここの陽だまり部屋で夕食会は開かれるらしい。
裏側の入り口から伸びる階段は、直接陽だまり部屋へ行けるようになっている。
その階段を使って中へ入り、部屋の広さに驚いた。高校の体育館くらいあるのではないだろうか。
家の陽だまり部屋は二、三十人しか入らない。家族や文官を含めて四百人以上はいそうな参加者が全員入るのか心配だったが、それは杞憂だったようだ。
魔法のことはまったくわからないけれど、木の大きさだけでなく、重なった部分も中の広さに影響を与えるのかもしれない。
さすがに全員で一つの卓を囲む、ということはなく、いくつかに分けられている。それぞれの卓には、趣向を凝らした、いけばなのごとき料理が並び、わたしたちを出迎えた。
真ん中の卓に向かいつつ、横を通り過ぎる卓の料理を見てみる。
……なにか物足りないな。
綺麗なことには違いない。が、どこか惜しいというか、物語性を感じない。
その理由はすぐにわかった。ちらりと隣を歩くヒィリカを見上げる。わたしの視線を感じたヒィリカは、その意味にまで気づいたか判別はしかねるが、口もとに浮かべた優美な曲線を深くした。
……さすがは万能夫婦。わたしは料理を見る目まで、勝手に養われていたらしい。
ただ、味については、普段食べているものとそこまで変わらなかった。重要なのは見た目の美しさで、味をどうこうするということに意識が向かないのだ。荷車で食べた鍋を「これはこれで美味しい」と言っていたので、多少は味覚の認識もあるのだろうけれど。
どちらにせよ、基準が低すぎると思う。
なんと言っても、わたしがマクニオスに来てからいちばん美味しいと感じる食べ物は、ルルロンなのだから。
ルルロンというのは、泉から出てきた桃のような、林檎のような甘い果物。
あの大きな実を夜のうちに魔道具の籠に入れておくと、翌朝には皮の中がとろとろのクリーム状になっている。毎朝これをパンのような味がする芋、ポナにつけて食べるのが、マカベの習慣だ。今のところ、例外はない。
というのも、このルルロン、実はスーパーフードだったのだ。
人間に必要な栄養素がすべて含まれているというとんでもない代物で、わたしがまるまる一週間――マクニオスの基準ではほぼ二週間――ルルロンだけを食べる生活をしていたのに、体調になんの問題もなかったのも頷ける。
……そのせいで、ここの料理がおかしな方向に発達した、という面もあるのだろうけれど。
最初に決められた席で料理の感想を言い終わると、あとは自由に席を移動して構わないのだという。調理者が同席するとも限らないので、取り分け後の感想も不要になる。
大勢での食事は大抵がこの略式らしく、楽で良いな――と思ったのも束の間。
「ジオ・マカベ。ご挨拶をさせていただいても?」
「私の息子とも、話してもらえないか?」
人が寄ってくる、寄ってくる。
ただでさえジオ・マカベであるシルカルと話したい人はたくさんいるのに、今日はマカベの儀に参加した子供で、かつ、気立子のわたしもいるのだ。人びとの興味が向くのも当然だ。わたしはこの場から動けない。
対応はすべてシルカルに任せていい、と言われていたことだけがせめてもの救いだ。わたしは挨拶だけをこなし、あとはにこにこと愛想を振りまいておいた。
そもそも、なんの話をしているのかもよくわからなかった。神殿とか、魔法とかの単語が聞こえてきて、時折向けられる視線からは、わたしのことを話しているのだろうと推測できるけれど。
わたしはまた蚊帳の外。自分のあの演奏がどのように言われているのかすら、いまいちわかっていないのだ。
ちなみに、ヒィリカが開いた披露会で、わたしに哀れみの目を向けてきた女性たちもいた。彼女らはわかりやすく胡麻をすってくるものだから、思わず吹き出してしまいそうだった。
……本当に、わたしが演奏できるとは思っていなかったのだろうな。
大人たちの交流の合間に、その子供たちとも挨拶をする。
多すぎて、とうてい覚えられるようなものではなかったが、何人かは印象に残っている。特に、これからは交流が増えそうで忘れないようにしようと思ったのが、トヲネの娘リィトゥと、シルカルの知り合いの文官、ワウジアの息子だというヅンレだ。
リィトゥはわたしの三つ上で、トヲネによく似た、愛らしい顔立ちの女の子だった。わたしと同じ型のツスギエ布を纏っていて、新しい物好きだとわかる。そしてなにより、ちらちらとバンルに送る視線が可愛らしい。
予想通り、バンルは女の子に好かれやすいようだ。わたしは完璧すぎて怖いと思ってしまうけれど、マクニオスの人にとっては、それが良いのだろう。
「はじめまして、ヅンレ様。ジオ・マカベとヒィリカの娘、レインです。どうぞお見知りおきを」
「ワウジアとレフカの息子、ヅンレだ。マカベの娘たるそなたの旗手となろう」
……うん? 旗手?
慣用句のようなものだろうか。さすがにそこまでは翻訳が回らないので、言葉そのままの意味しかわからない。なのでわたしはいつも通り、笑顔で流す。
ヅンレは同い年ということで、ワウジアが「木立の舍では息子を頼ると良い」と言ってくれた。
無表情なところはルシヴと同じだが、ヅンレは身体を動かすことより、頭を使うことのほうが得意そうに見える。彼の演奏はまったく覚えていないので、おそらく普通の技量なのだろうけれど、音楽以外に対するわたしの不安は確かに大きい。頼れる同級生がいれば安心だ。
そのうちに夕食会はお開きとなった。どっと押し寄せてきた疲労感に、わたしは小さく溜め息をつく。
向かう先は、文官の仕事場。木が十本くらいまとまって生えているところで、その枝が重なっているため、離れたところからだとやけに太く見える。少し不格好だ。
ともかく、ここの陽だまり部屋で夕食会は開かれるらしい。
裏側の入り口から伸びる階段は、直接陽だまり部屋へ行けるようになっている。
その階段を使って中へ入り、部屋の広さに驚いた。高校の体育館くらいあるのではないだろうか。
家の陽だまり部屋は二、三十人しか入らない。家族や文官を含めて四百人以上はいそうな参加者が全員入るのか心配だったが、それは杞憂だったようだ。
魔法のことはまったくわからないけれど、木の大きさだけでなく、重なった部分も中の広さに影響を与えるのかもしれない。
さすがに全員で一つの卓を囲む、ということはなく、いくつかに分けられている。それぞれの卓には、趣向を凝らした、いけばなのごとき料理が並び、わたしたちを出迎えた。
真ん中の卓に向かいつつ、横を通り過ぎる卓の料理を見てみる。
……なにか物足りないな。
綺麗なことには違いない。が、どこか惜しいというか、物語性を感じない。
その理由はすぐにわかった。ちらりと隣を歩くヒィリカを見上げる。わたしの視線を感じたヒィリカは、その意味にまで気づいたか判別はしかねるが、口もとに浮かべた優美な曲線を深くした。
……さすがは万能夫婦。わたしは料理を見る目まで、勝手に養われていたらしい。
ただ、味については、普段食べているものとそこまで変わらなかった。重要なのは見た目の美しさで、味をどうこうするということに意識が向かないのだ。荷車で食べた鍋を「これはこれで美味しい」と言っていたので、多少は味覚の認識もあるのだろうけれど。
どちらにせよ、基準が低すぎると思う。
なんと言っても、わたしがマクニオスに来てからいちばん美味しいと感じる食べ物は、ルルロンなのだから。
ルルロンというのは、泉から出てきた桃のような、林檎のような甘い果物。
あの大きな実を夜のうちに魔道具の籠に入れておくと、翌朝には皮の中がとろとろのクリーム状になっている。毎朝これをパンのような味がする芋、ポナにつけて食べるのが、マカベの習慣だ。今のところ、例外はない。
というのも、このルルロン、実はスーパーフードだったのだ。
人間に必要な栄養素がすべて含まれているというとんでもない代物で、わたしがまるまる一週間――マクニオスの基準ではほぼ二週間――ルルロンだけを食べる生活をしていたのに、体調になんの問題もなかったのも頷ける。
……そのせいで、ここの料理がおかしな方向に発達した、という面もあるのだろうけれど。
最初に決められた席で料理の感想を言い終わると、あとは自由に席を移動して構わないのだという。調理者が同席するとも限らないので、取り分け後の感想も不要になる。
大勢での食事は大抵がこの略式らしく、楽で良いな――と思ったのも束の間。
「ジオ・マカベ。ご挨拶をさせていただいても?」
「私の息子とも、話してもらえないか?」
人が寄ってくる、寄ってくる。
ただでさえジオ・マカベであるシルカルと話したい人はたくさんいるのに、今日はマカベの儀に参加した子供で、かつ、気立子のわたしもいるのだ。人びとの興味が向くのも当然だ。わたしはこの場から動けない。
対応はすべてシルカルに任せていい、と言われていたことだけがせめてもの救いだ。わたしは挨拶だけをこなし、あとはにこにこと愛想を振りまいておいた。
そもそも、なんの話をしているのかもよくわからなかった。神殿とか、魔法とかの単語が聞こえてきて、時折向けられる視線からは、わたしのことを話しているのだろうと推測できるけれど。
わたしはまた蚊帳の外。自分のあの演奏がどのように言われているのかすら、いまいちわかっていないのだ。
ちなみに、ヒィリカが開いた披露会で、わたしに哀れみの目を向けてきた女性たちもいた。彼女らはわかりやすく胡麻をすってくるものだから、思わず吹き出してしまいそうだった。
……本当に、わたしが演奏できるとは思っていなかったのだろうな。
大人たちの交流の合間に、その子供たちとも挨拶をする。
多すぎて、とうてい覚えられるようなものではなかったが、何人かは印象に残っている。特に、これからは交流が増えそうで忘れないようにしようと思ったのが、トヲネの娘リィトゥと、シルカルの知り合いの文官、ワウジアの息子だというヅンレだ。
リィトゥはわたしの三つ上で、トヲネによく似た、愛らしい顔立ちの女の子だった。わたしと同じ型のツスギエ布を纏っていて、新しい物好きだとわかる。そしてなにより、ちらちらとバンルに送る視線が可愛らしい。
予想通り、バンルは女の子に好かれやすいようだ。わたしは完璧すぎて怖いと思ってしまうけれど、マクニオスの人にとっては、それが良いのだろう。
「はじめまして、ヅンレ様。ジオ・マカベとヒィリカの娘、レインです。どうぞお見知りおきを」
「ワウジアとレフカの息子、ヅンレだ。マカベの娘たるそなたの旗手となろう」
……うん? 旗手?
慣用句のようなものだろうか。さすがにそこまでは翻訳が回らないので、言葉そのままの意味しかわからない。なのでわたしはいつも通り、笑顔で流す。
ヅンレは同い年ということで、ワウジアが「木立の舍では息子を頼ると良い」と言ってくれた。
無表情なところはルシヴと同じだが、ヅンレは身体を動かすことより、頭を使うことのほうが得意そうに見える。彼の演奏はまったく覚えていないので、おそらく普通の技量なのだろうけれど、音楽以外に対するわたしの不安は確かに大きい。頼れる同級生がいれば安心だ。
そのうちに夕食会はお開きとなった。どっと押し寄せてきた疲労感に、わたしは小さく溜め息をつく。
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