雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

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第一章

シユリ視点 待ち望んだ妹

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「お父様からお話があるそうです。夕食を終えていたら、わたくしの部屋へ来てください」

 二羽に分けた魔道具の鳥にそう書き記し、二人の弟のもとへ飛ばします。教師であるわたくしと彼らの部屋がある棟は異なりますから、少し時間がかかるかもしれません。その間にもう一度、実家からの手紙を読み返しておきます。
 内容は簡潔なのですが、どうにも心が落ち着かないのです。

 ――詳しくは口頭で伝えるが、そなたらに妹ができた。

 やはり不思議です。
 お母様の懐妊は聞いていないので、どこかよその家の子でしょう。けれども、ジオの土地で、マカベの儀を終えていない娘を持つ者が亡くなったという話も聞いていません。ここはマクニオスでもっとも情報の集まる場所ですから、木立の者内での秘密でもない限り、そういった話がジオの土地だけに留まるということは考えにくいのです。
 ……それとも、よほど目立たない人物だったのでしょうか。

 ひとり思考に耽っているうちに、バンルとルシヴがやってきました。

「なんの話か、姉様は聞いていますか?」

 そう訊いてきた二人に手紙を渡します。
 短い言葉をすぐに読み終えると、バンルは微笑みを崩しませんでしたが、ルシヴは少しだけ表情を曇らせました。

「誰か亡くなったのでしょうか」
「その話がここまで来ていないということは、名の知れていない芸術師あたりが濃厚ですね」

 わたくしも同じことを考えていたので、バンルのその言葉に頷きます。
 それを見ていっそう、ルシヴの眉根が寄せられます。

「その子供、ということですか……」

 そう、彼の表情が浮かないのは、知らぬ芸術師が亡くなったことに対してではなく、どの程度の教育を受けてきたかわからぬ子供が妹になることに対して、です。

 わたくしたちはマカベの子であることに誇りを持ち、その立場にふさわしくあるよう努力をしてきました。それによって得たものを、簡単にほかの子供が享受することに不満を感じるルシヴの気持ちもわかります。わかるのですけれど……彼はまだ、子供だということですね。
 お父様が子として迎えたということは、その子供を認めたということにほかなりません。そうでなければ、交流のある芸術師の家が引き取れば良いことで、わざわざジオ・マカベが引き取る必要などないのですから。
 少なくとも、ルシヴが心配しているようなことは起こらないはずなのです。

 ――と、思っていられたのは一瞬のことでした。

「……き、気立子、ですか……?」

 お父様の姿を映す鏡の前で、わたくしたち三人の子供は揃って、ぽかんと口を開けてしまいました。
 ……いくらなんでも、気立子は無理があります。
 マクニオスでマカベとしての教育を受けてきた子供ならばまだしも、そうでない、よその国の子供がマカベの子になれるはずがありません。

『九歳なので、次のマカベの儀に参加させる。……音楽に関して言えば、それだけでヒィリカが娘にと望むほどに優秀であるため、問題はない』

 それも、マカベの儀まで季節二つ分もないなんて……。わたくしはだんだん、その気立子のことが不憫に思えてきました。
 音楽の才能があるということですし、気立子であれば魔力も多いのでしょう。芸術師の家ならば、たとえマカベの儀が目前に迫っていたとしても、それらしく見せられるでしょうけれど……。
 マカベの子には必要以上の期待がかかるということを、お父様たちも知っているはずではありませんか!

 けれどもお父様の表情には、有無を言わせないなにかがありました。
 神殿へやるつもりもないという言葉に、事情があるのだということはわかりましたが、弟たちは納得がいっていないようです。
 それでもバンルは、自分のなかで折り合いをつけたのか、ハァ、とひとつ溜め息を落としてから頷きました。

「……父様たちが認めたのであれば、僕に否はありません」

 お母様から出てきた子ではないということの意味を、バンルは理解しているのでしょう。彼は複雑でしょうけれど、こればかりは仕方ありません。それよりもむしろ、ルシヴが気づいたときどのようにとりなすか、考えておく必要がありそうです。
 その点、二人には悪いですが、わたくしは純粋に新しい妹を楽しみにすることもできます。もともと妹は欲しかったのです。そう考えれば、なにも悪い話だけではありませんでした。



 ……本当に、レインは良い子です!
 成人してこの一年、木立の舍で教師として働いてきましたが、こんなにも教え甲斐のある子供は、はじめてでした。
 素直でこちらの言うことをよく聞き、なおかつ自分で考えることも怠らないのです。
 お母様が言うには、もとからの素質もあったようですけれど、彼女のこの姿勢が、マカベの子にふさわしい知識と所作を身に着けさせるに至ったのだということは言うまでもありません。

 そんなレインが自分の妹になったことを嬉しく思いますし、ここへ連れてきてくださった神には、感謝をしなければなりませんね。

 それにしても、事前に聞いていたはずのレインの音楽の才能には驚かされるばかりです。
 彼女がうたう歌は、優しくて、温かくて、いつまでも聞いていたくなります。イェレキの腕もどんどん良くなっていきますから、わたくしはすぐに追い越されてしまうでしょう。
 歳の離れた妹ではありますが、追い越されても構わないと思うくらいに、素晴らしい音楽を奏でるのです。
 いまだレインには冷たいルシヴも、彼女がうたうときだけは優しい目で見守っていることを、わたくしは知っています。

 バンルがなにを考えているのかはもうわかりませんが、それなりに認めているのでしょう。なにかとレインを構うようになりました。同世代の女性はみんな、バンルに色目を使いたがりますから、もしかすると、それがないというのも新鮮に映っているのかもしれません。
 ……実際、姉であるわたくしもたまに、バンルの美しさに見惚れてしまうことがありますから。

 レインはまったくなんとも思っていないのか、誰に対しても――バンルが優しげな微笑みを向けても、同じように応対します。
 それどころか、いつも楽しそうな笑顔を浮かべていて、こちらまで幸せな気持ちにさせてくれるのです。記憶をなくしているということですが、彼女の出身である土の国では、そのように育てるのが普通なのかもしれません。

 せっかく妹ができたのですから、わたくしとしてはそういう、恋のお話もしてみたいのですけれど。木立の舍に入り、家族ではない同世代の男の子と出会ったときに、自然と話ができるようになることを願いましょう。

 今レインは、その木立の舍へ行くために持っていく服の用意をしています。
 トヲネ様がレインの服から着想を得て作られた新しい型を使って、ツスギエ布の可愛らしい纏いかたを考えているのです。
 レインは心底音楽を好いているようですけれど、ツスギエ布を前にするときも、彼女の真っ黒な瞳はキラキラと光を含んで輝きます。そうして考えられた纏いかたは、斬新で、とても美しいのですよ。

 これからの彼女がどんなことをしてくれるのか、教師としても、姉としても、楽しみでなりません。
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