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第二章
四つの土地と、マクニオス(3)
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家のそれよりも狭く、簡素な雰囲気ではあるが、部屋は寮と考えるとかなりしっかりしていた。さすがはマクニオス、と思いながら中へ入る。机や棚、寝具、窓際のくつろぎ空間など、揃っているものは家と同じだ。
ひと通り確認してからメウジェのいる扉のほうへ振り返ると、その横に、見慣れぬ床の間のような空間があった。近づき、床に描かれた複雑な図形を見る。
「これはなんでしょうか」
「レイン様はご存知ないのでしたね。ほら、大量の荷物を上まで運ぶのは大変でしょう? ですから、舟から直接送ることができるようになっているのですよ」
「なるほど、魔道具でしたか。便利ですね」
まだまだ驚く場面はたくさんありそうだけれど、なんだか、魔法については慣れてきた気がする。
便利なものに、人はすぐ慣れるのだ。
木の根の一部は、荷物を昇降するための魔道具となっているらしい。わたしが知らなかっただけで、おそらく家もそうなのだろう。
壁に設置されたボタン、ではなく乳白色の石に触れると、床の図形がピカァッ――と光った。
眩しさに目を閉じて、ふたたび開いたとき、そこにはわたしの荷物一式が置かれていた。
「では、わたくしは案内に戻りますね」
「ありがとうございました、メウジェ様。夜灯の刻に」
マクニオスの人たちは夜に別れるとき、よく「夜灯の刻に」と言う。わたしはそれを、「良い夢を」と言うようなものだと解釈していた。真似して言ってみると、しかし、メウジェはクスリと笑う。
「まだ早いですけれどね。えぇ、夜灯の刻に」
……うん、なにか違ったみたいだ。彼女の目は完全に、微笑ましいものを見ている目だった。
翌日からの二日間は、部屋を整えたり、木立の舎の準備をしたりする時間だ。
服は一日分の着替えだけ取り出し、昇降用の魔道具のところに置きっぱなしにしていたため、まずはそれを片付けなくてはいけない。
昼食を一緒にとったシユリが、そのまま手伝いに来てくれた。
「六年間は同じ部屋を使うことになりますから、レインの好きなように内装を変えて良いのですよ」
「はぁ……」
「せっかくですから、家とは違う雰囲気にするのも良いと思います。レインの部屋は落ち着いているでしょう? こちらはもう少し、明るくしてみてはどうですか?」
そんなヒィリカみたいなことを言うシユリ。
が、わたしはこのままで良いと思っている。ここに六年間もいるつもりはない。もっと早い段階で、帰る方法を見つけるのだ。
「わたし、このままで構いません。ずっと使うわけでもありませんし、お金がもったいないです」
そう言うと、シユリは、「お金……?」と既視感のある首の傾げかたをする。……いや、まさか、まさかね。
「……ああ、小さな紙や金属自体が大きな価値を持っていて、いろいろなものと交換できるものですね」
……まさか、本当に?
「よその国では使われているようですけれど、マクニオスにはありませんよ」
「お金が、ない……」
昨日の今日で、こんなにも驚かされるとは思わなんだ。やはりマクニオスは変だ。
「でっ、では! 新しいものは、どのようにして手に入れているのですか!?」
驚きを隠せないままに問いかけると、彼女は少しだけ考える素振りを見せ、それから窓際の椅子にわたしを座らせた。
「そうですね、ちょうど話しておかなければいけないこともありましたし、お茶にしましょうか」
そう言って、シユリが魔道具を使ってお茶の準備をしてくれる。いつもならほっとする時間だが、今はただただもどかしかった。
淹れてくれたのは、夜に飲むことの多い、気持ちが安らぐ香りのお茶だ。暗に「落ち着きなさい」と言われているようで、恥ずかしい。ひと口、ふた口飲んで、シユリが口を開くのを待つ。
「マクニオスの四つの土地には、序列があります」
「……序列」
「一応、毎年変わるものなのですけれど、ここ数年はずっと同じですね。一位がスダの土地、そこからデリの土地、ジオの土地と続いて、四位がアグの土地です」
「それは、どうやって決めるのですか?」
「ひと言で言えば、一年間に溜めた魔力の量です。魔力は溜めるだけではなく使いもしますから、実際にはいろいろな要素が関わってくるのですけれどね。……ジオの土地は、木立の者は優秀なのですけれど、周りがついていけていないのです」
それはなんとなく、わかる気がした。
おそらく同じ顔を思い浮かべているであろうシユリは、細めた目に呆れを滲ませながら、話を続ける。
「それぞれの土地で作られた物は、一度ここマクニオスに集められ、分配されるのです。物というのは、どうしても良し悪しができてしまいますからね。序列によって、その土地が得られる物の質が変わるのですよ」
「……ジオの土地で三位ということは、一位であるスダの土地は、どれだけ素晴らしいものに囲まれているのでしょう」
これは単純に興味がある。十分豊かに見えていた家が、実はマクニオスで下から二番目の質の物でできていたなんて。
「ふふ、我が家には、先祖から受け継いだ物もありますからね。……この部屋の調度品とは質がまったく違います」
「あ、そうですよね……」
「ですが、食材やツスギエ布などの消耗品は、低品質ですよ。スダの土地の方が開催する披露会へお邪魔すると、それがよくわかります」
これは、美味しいものを食べる好機かもしれない。是非ジオの土地の序列も上がってほしい。
そう思う頭の片隅で、得られる物に対する心配が品質だけであるなんて、やはりマクニオスは豊かだな、と思うわたしなのであった。
ひと通り確認してからメウジェのいる扉のほうへ振り返ると、その横に、見慣れぬ床の間のような空間があった。近づき、床に描かれた複雑な図形を見る。
「これはなんでしょうか」
「レイン様はご存知ないのでしたね。ほら、大量の荷物を上まで運ぶのは大変でしょう? ですから、舟から直接送ることができるようになっているのですよ」
「なるほど、魔道具でしたか。便利ですね」
まだまだ驚く場面はたくさんありそうだけれど、なんだか、魔法については慣れてきた気がする。
便利なものに、人はすぐ慣れるのだ。
木の根の一部は、荷物を昇降するための魔道具となっているらしい。わたしが知らなかっただけで、おそらく家もそうなのだろう。
壁に設置されたボタン、ではなく乳白色の石に触れると、床の図形がピカァッ――と光った。
眩しさに目を閉じて、ふたたび開いたとき、そこにはわたしの荷物一式が置かれていた。
「では、わたくしは案内に戻りますね」
「ありがとうございました、メウジェ様。夜灯の刻に」
マクニオスの人たちは夜に別れるとき、よく「夜灯の刻に」と言う。わたしはそれを、「良い夢を」と言うようなものだと解釈していた。真似して言ってみると、しかし、メウジェはクスリと笑う。
「まだ早いですけれどね。えぇ、夜灯の刻に」
……うん、なにか違ったみたいだ。彼女の目は完全に、微笑ましいものを見ている目だった。
翌日からの二日間は、部屋を整えたり、木立の舎の準備をしたりする時間だ。
服は一日分の着替えだけ取り出し、昇降用の魔道具のところに置きっぱなしにしていたため、まずはそれを片付けなくてはいけない。
昼食を一緒にとったシユリが、そのまま手伝いに来てくれた。
「六年間は同じ部屋を使うことになりますから、レインの好きなように内装を変えて良いのですよ」
「はぁ……」
「せっかくですから、家とは違う雰囲気にするのも良いと思います。レインの部屋は落ち着いているでしょう? こちらはもう少し、明るくしてみてはどうですか?」
そんなヒィリカみたいなことを言うシユリ。
が、わたしはこのままで良いと思っている。ここに六年間もいるつもりはない。もっと早い段階で、帰る方法を見つけるのだ。
「わたし、このままで構いません。ずっと使うわけでもありませんし、お金がもったいないです」
そう言うと、シユリは、「お金……?」と既視感のある首の傾げかたをする。……いや、まさか、まさかね。
「……ああ、小さな紙や金属自体が大きな価値を持っていて、いろいろなものと交換できるものですね」
……まさか、本当に?
「よその国では使われているようですけれど、マクニオスにはありませんよ」
「お金が、ない……」
昨日の今日で、こんなにも驚かされるとは思わなんだ。やはりマクニオスは変だ。
「でっ、では! 新しいものは、どのようにして手に入れているのですか!?」
驚きを隠せないままに問いかけると、彼女は少しだけ考える素振りを見せ、それから窓際の椅子にわたしを座らせた。
「そうですね、ちょうど話しておかなければいけないこともありましたし、お茶にしましょうか」
そう言って、シユリが魔道具を使ってお茶の準備をしてくれる。いつもならほっとする時間だが、今はただただもどかしかった。
淹れてくれたのは、夜に飲むことの多い、気持ちが安らぐ香りのお茶だ。暗に「落ち着きなさい」と言われているようで、恥ずかしい。ひと口、ふた口飲んで、シユリが口を開くのを待つ。
「マクニオスの四つの土地には、序列があります」
「……序列」
「一応、毎年変わるものなのですけれど、ここ数年はずっと同じですね。一位がスダの土地、そこからデリの土地、ジオの土地と続いて、四位がアグの土地です」
「それは、どうやって決めるのですか?」
「ひと言で言えば、一年間に溜めた魔力の量です。魔力は溜めるだけではなく使いもしますから、実際にはいろいろな要素が関わってくるのですけれどね。……ジオの土地は、木立の者は優秀なのですけれど、周りがついていけていないのです」
それはなんとなく、わかる気がした。
おそらく同じ顔を思い浮かべているであろうシユリは、細めた目に呆れを滲ませながら、話を続ける。
「それぞれの土地で作られた物は、一度ここマクニオスに集められ、分配されるのです。物というのは、どうしても良し悪しができてしまいますからね。序列によって、その土地が得られる物の質が変わるのですよ」
「……ジオの土地で三位ということは、一位であるスダの土地は、どれだけ素晴らしいものに囲まれているのでしょう」
これは単純に興味がある。十分豊かに見えていた家が、実はマクニオスで下から二番目の質の物でできていたなんて。
「ふふ、我が家には、先祖から受け継いだ物もありますからね。……この部屋の調度品とは質がまったく違います」
「あ、そうですよね……」
「ですが、食材やツスギエ布などの消耗品は、低品質ですよ。スダの土地の方が開催する披露会へお邪魔すると、それがよくわかります」
これは、美味しいものを食べる好機かもしれない。是非ジオの土地の序列も上がってほしい。
そう思う頭の片隅で、得られる物に対する心配が品質だけであるなんて、やはりマクニオスは豊かだな、と思うわたしなのであった。
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