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第二章
入舎の儀(1)
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「自分たちの土地を豊かにする術を学ぶため、そして他の土地との交流を行い、情報を得るために、木立の舍はあるのです。レインはマカベの子ですから……」
「はい、わたし、頑張ります」
どちらにしても、わたしは神さまを呼び出すために一生懸命に学ぶつもりであるし、それに関する情報は少しでも多いほうが良い。そのついでと思えば、シユリたちの希望に沿うことだってできるだろう。
本当に、わたしにできることなど、それくらいしかないのだから。
お茶を飲み終わり、片付けを再開しようかというころ、シユリはこのような言葉を付け足した。
「序列が上がれば、公式の場で身に纏うことのできる色の数も増えます。レインも、三色、四色とツスギエ布を纏ってみたいでしょう」
「……そうで――す、ね……」
思わず「そうでもない」という言葉が出そうになり、ギリギリのところで押しとどめる。
……序列が上がると、ツスギエ布の色も増やさなくてはならないのか。それは少し面倒そうだ。二色の組み合わせを毎日考えるのも億劫だというのに。
マクニオスの人たちは、もしかすると、引き算の美学というものを知らないのかもしれない。
新たに使命を追加されたわたしは、その二日ののち、木立の舍、初級生用の講堂がある幹の前に立っていた。
八の月、第一日。これから、入舎の儀が行われるのだ。
教師による案内があり、中へ入る。土地ごとに座るよう指示されたので、その通りにする。隣はヅンレだ。
目立たない程度に辺りを見回してみると、どの土地も、子供の人数は同じくらいのようだ。これがどの年代もそうだとしたら、やはり序列というのは、わかりやすく土地の力を示すものなのかもしれない。
……あれ、ジオの土地の子供、増えてる?
と、わたしはそんなことに気がついた。マカベの儀に参加していた子供は八十人くらいであったはずだが、今ジオの土地の子供として座っているのは百人近くいる。マカベの儀に参加できなければ木立の舍には入れないと聞いていたけれど……考えたところでどの子が増えた子かわかるはずもないので、やめた。
続けて講堂の内装に目を遣る。壁は、百日紅の木の肌のようにスベスベしている。わたしはあの感触が好きだ。触ってみたい。
そして柱のように出っ張っている部分には、等間隔に宿り木のような、リースのような装飾が掛けられていた。わたしが座っているところの近くにもあったので、お洒落だな、と思いながら見ていると――
「これより、入舎の儀をはじめます」
という声が、そこから聞こえてきた。スピーカー――のような魔道具だったのか。
少しざわついていた講堂内が、一瞬にして、しいんと静まる。
前に向き直ると、壇上には、初老の女性が穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
「初級生のみなさま、はじめまして。わたくしは、教師長を務めております、ウェファ、と申します」
スピーカーから響く声でも聞き取りやすいようにだろうか、彼女はゆっくり、はっきりとした話しかたをする。歳を感じさせる低めの声が、耳に心地良かった。
子供たちが座ったまま両手を重ねて胸に当てる。わたしも慌ててそれに倣う。男の子たちが揺らした金属飾りが、シャン、と鳴った。
「こうして、また新たな舎生を迎え入れられることを、嬉しく思います。みなさまには、これから毎年、八の月から三の月にかけて、マカベとして、土地や、マクニオス全体を豊かにするための知識や技術を、学んでいただきます。そうして六年間の課程を終えて迎える、成人の儀。そこでより美しく成長したみなさまのお姿を見られることを、願っています」
歓迎と激励の言葉が終わると、そのまま木立の舍についての説明に移る。
資料を配られるわけでも、筆記用具を持っているわけでもないので、聞き漏らすことのないようにしなければならない。
「まずは、教育の過程についてです。級ごとに最低限、こなす必要のある課題が――初級生の課題については、のちほど説明しますね――設けられています。それらを達成することで、翌年、次の級へ上がることができるのです。未達成であれば、全体で三年分まで、進級を止めることができます。留級ですね。その場合、途中で課題を達成すれば、本来の級へと進むことが可能です。ここまでで、質問はございますか?」
全体で三年分ということは、十八歳の三の月までに全部終われば良いということだ。
勿論わたしはそこまで長くいるつもりはない。
が、幼い子供が行うマカベの儀でさえ「できて当然」という空気があったのだ。なによりも美しさを大切にするマクニオスで、いかにも美しくなさそうな留級という制度。それが三年分も猶予として与えられているなんて、案外、木立の舎というのは厳しいところなのかもしれない。
と、どこかの土地の男の子が手を挙げたようだ。発言を許可される。
「留級でなくても、途中で課題を達成すれば、次の級へ進めるのでしょうか」
飛び級か。確かに、それができるならありがたい。わたしがやろうとしていることは、おそらく、初級生の講義では教えてもらえないだろうから。
「良い質問ですね。けれども、本来の級にいる場合は、先へ進むことはできません」
……残念。
「課題というのは、先ほどもお伝えした通り、最低限のものなのです。課題を達成したあとは、より広く、深く学んでもらうことになります」
なるほど、よくわかった。
……シルカルやバンルのような万能人間が、どのようにしてできあがったのか、ということが。
「はい、わたし、頑張ります」
どちらにしても、わたしは神さまを呼び出すために一生懸命に学ぶつもりであるし、それに関する情報は少しでも多いほうが良い。そのついでと思えば、シユリたちの希望に沿うことだってできるだろう。
本当に、わたしにできることなど、それくらいしかないのだから。
お茶を飲み終わり、片付けを再開しようかというころ、シユリはこのような言葉を付け足した。
「序列が上がれば、公式の場で身に纏うことのできる色の数も増えます。レインも、三色、四色とツスギエ布を纏ってみたいでしょう」
「……そうで――す、ね……」
思わず「そうでもない」という言葉が出そうになり、ギリギリのところで押しとどめる。
……序列が上がると、ツスギエ布の色も増やさなくてはならないのか。それは少し面倒そうだ。二色の組み合わせを毎日考えるのも億劫だというのに。
マクニオスの人たちは、もしかすると、引き算の美学というものを知らないのかもしれない。
新たに使命を追加されたわたしは、その二日ののち、木立の舍、初級生用の講堂がある幹の前に立っていた。
八の月、第一日。これから、入舎の儀が行われるのだ。
教師による案内があり、中へ入る。土地ごとに座るよう指示されたので、その通りにする。隣はヅンレだ。
目立たない程度に辺りを見回してみると、どの土地も、子供の人数は同じくらいのようだ。これがどの年代もそうだとしたら、やはり序列というのは、わかりやすく土地の力を示すものなのかもしれない。
……あれ、ジオの土地の子供、増えてる?
と、わたしはそんなことに気がついた。マカベの儀に参加していた子供は八十人くらいであったはずだが、今ジオの土地の子供として座っているのは百人近くいる。マカベの儀に参加できなければ木立の舍には入れないと聞いていたけれど……考えたところでどの子が増えた子かわかるはずもないので、やめた。
続けて講堂の内装に目を遣る。壁は、百日紅の木の肌のようにスベスベしている。わたしはあの感触が好きだ。触ってみたい。
そして柱のように出っ張っている部分には、等間隔に宿り木のような、リースのような装飾が掛けられていた。わたしが座っているところの近くにもあったので、お洒落だな、と思いながら見ていると――
「これより、入舎の儀をはじめます」
という声が、そこから聞こえてきた。スピーカー――のような魔道具だったのか。
少しざわついていた講堂内が、一瞬にして、しいんと静まる。
前に向き直ると、壇上には、初老の女性が穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
「初級生のみなさま、はじめまして。わたくしは、教師長を務めております、ウェファ、と申します」
スピーカーから響く声でも聞き取りやすいようにだろうか、彼女はゆっくり、はっきりとした話しかたをする。歳を感じさせる低めの声が、耳に心地良かった。
子供たちが座ったまま両手を重ねて胸に当てる。わたしも慌ててそれに倣う。男の子たちが揺らした金属飾りが、シャン、と鳴った。
「こうして、また新たな舎生を迎え入れられることを、嬉しく思います。みなさまには、これから毎年、八の月から三の月にかけて、マカベとして、土地や、マクニオス全体を豊かにするための知識や技術を、学んでいただきます。そうして六年間の課程を終えて迎える、成人の儀。そこでより美しく成長したみなさまのお姿を見られることを、願っています」
歓迎と激励の言葉が終わると、そのまま木立の舍についての説明に移る。
資料を配られるわけでも、筆記用具を持っているわけでもないので、聞き漏らすことのないようにしなければならない。
「まずは、教育の過程についてです。級ごとに最低限、こなす必要のある課題が――初級生の課題については、のちほど説明しますね――設けられています。それらを達成することで、翌年、次の級へ上がることができるのです。未達成であれば、全体で三年分まで、進級を止めることができます。留級ですね。その場合、途中で課題を達成すれば、本来の級へと進むことが可能です。ここまでで、質問はございますか?」
全体で三年分ということは、十八歳の三の月までに全部終われば良いということだ。
勿論わたしはそこまで長くいるつもりはない。
が、幼い子供が行うマカベの儀でさえ「できて当然」という空気があったのだ。なによりも美しさを大切にするマクニオスで、いかにも美しくなさそうな留級という制度。それが三年分も猶予として与えられているなんて、案外、木立の舎というのは厳しいところなのかもしれない。
と、どこかの土地の男の子が手を挙げたようだ。発言を許可される。
「留級でなくても、途中で課題を達成すれば、次の級へ進めるのでしょうか」
飛び級か。確かに、それができるならありがたい。わたしがやろうとしていることは、おそらく、初級生の講義では教えてもらえないだろうから。
「良い質問ですね。けれども、本来の級にいる場合は、先へ進むことはできません」
……残念。
「課題というのは、先ほどもお伝えした通り、最低限のものなのです。課題を達成したあとは、より広く、深く学んでもらうことになります」
なるほど、よくわかった。
……シルカルやバンルのような万能人間が、どのようにしてできあがったのか、ということが。
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