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第二章
魔道具の楽器(1)
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フラルネの作成が終わった次の日からは課題をともなう本格的な講義がはじまる。
初級生の講義はマカベとして日常的に使う魔道具の作成がほとんどだ。楽器もそのうちのひとつ。わたしとしては自分で作るよりも職人が作った楽器のほうが良いと思っていたが、魔道具だと言われてしまうとよくわからない。
どちらにしても、フラルネ作成で苦労したばかりなのだ。魔法に向いていないのではないかという不安しかない。
今日も早めに来たわたしは最初から端のほうの席を選んで座る。ここならば進みが遅くても目立たないだろう。
楽器の魔道具を作るためには、イェレキを使うらしい。大勢の同級生がカタカタと箱を揺らしながら講堂へと入ってきて、カフィナがまた、わたしの隣に座った。
そして、講堂の入り口で教師から楽譜を受け取った子らの「気立子にも読めると良いのですけれど……」とこちらの様子を窺いながら囁かれる声。
……うん。聞こえているし、読めるよ。
反応するのも面倒なので心のなかでそう答えたが、隣のカフィナが心配するようにこちらを見てきた。
「大丈夫です、読めますよ」
「……ふふっ。そうだと思っていました」
ぱあっと笑み崩れたカフィナに、悪口を言われたことに対する心配だったのかと気がつく。
しかし礼を言おうとしたところでちょうど、スピーカーの魔道具からフェヨリの声が聞こえてきた。楽器の作成は彼女が主任らしい。
「魔道具を作るための魔法になる歌を、クァジ、と言います。お配りした楽譜は、イェレキを魔道具にするためのクァジ。神から楽器を授かるための、特別な魔法なのです」
なるほど。作ると聞いていたのでフラルネ作成のような手作業に近いものを想像していたけれど、神さまからもらうのか。わたしは着実に神さまへと近づいていたのだ。
うきうきしてきたわたしとは反対に、フェヨリは心なしか厳しい表情で話を続ける。
「クァジを完璧に演奏できるようにならなければ、正しい魔法にはなりません。ですからしばらくは、練習の時間となります。……けれども」
そこでフェヨリは言葉を切った。やわらかな声のなかに佇む緊張感は、入舎の儀のときにウェファが見せたものと同じだ。
「練習は、必ず講義のなかだけで行ってください。ほかのクァジは禁じておりませんけれど、楽器を作るクァジだけは、外で演奏することを禁止しています」
「フェヨリ先生、それはどうしてですか?」
「ええ、疑問はもっともでしょうから、教えますよ」
舎生の質問に、フェヨリがふわりと微笑む。――緊張感はそのままに。器用だな、と変なところで感心してしまう。
「楽器を授かることができるのは、たった一度きりなのです。十分な演奏ができないままに外で魔法を使ってしまったとしても、そこで得た楽器は一生そのまま。ですから、魔力が足りなかったり、間違った演奏をしたりしないように、教師が見ているところで行う必要があるのです。……それからみなさまのお家には、まだ小さなご兄弟がいらっしゃるところもあるでしょう。彼らの前で演奏して、その幼さのままに真似されてしまったら、どうなると思いますか?」
……どうなるのだろう。
常識なのか、子供たちの顔色がさっと悪くなる。
どうにも質問できるような雰囲気ではなく、というよりも発言する勇気がなくて、わたしもわかったふうに頷いた。
「わかっていただけましたね。……はい、どうぞ」
「ここで練習をしているときに魔法を使ってしまったら、どうなるのですか?」
別の子の質問に、今度はフェヨリや周りの教師たちがその緊張感をふっと緩めた。
「えぇ、えぇ。そうならないように、わたくしたちがいるのですよ」
その言葉を合図に、教師全員がうたいだす。
楽器の演奏はなくゴスペルに似た雰囲気の曲。親が子に聞かせるような、温かみのあるハーモニー。
光を託しましょう 花びらに包んで
光を託しましょう つぼみのように
我 その眠りを隠す者
我 木の祈りを捧ぐ者
光を託しましょう 光を託しましょう――
途端、講堂の天井から白っぽい光の幕が下りてきた。
それは講堂全体を包み込むように広がる。歌がやんでも消える様子はなく、ゆらゆらと漂っているままだ。
「この幕の中では、魔法を使うことができません。ですから安心して、練習してくださいませ」
フェヨリの言葉にわたしたち初級生は納得してイェレキを構えた。
しばらくはクァジを練習する日々が続く。講義のあいだにしかできないため、わたしもすぐには弾けるようにならない。
そもそも、この曲は難しすぎるのだ。
百本くらいある弦をすべて使うし、伴奏と歌が互いの隙間を埋めるように音が配置されている。この曲を作った人は変態的に神経質な作曲家に違いないと思ったほどである。
しかし、八の月のあいだに練習を終えた女の子がいた。なめらかな運指もままならないわたしの進み具合と比べると、驚異的な早さだ。
ツスギエ布をグラデーションになるように纏っていて、三色か四色かの判断はできないが、少なくともジオの土地よりも上の序列であるわけで。これが実力の差かと思わざるを得ない。
「演奏は陽だまり部屋で行います。見学は自由ですが、陽だまり部屋には幕を下ろしませんから、練習を続けたいかたは講堂に残ってください」
そう言って講堂を出ていくフェヨリのあとをイェレキを抱えた女の子がついていく。どのような感じか見ておきたいのでわたしもついていく。勿論カフィナも。わたしたちと同じ考えなのか、見学者は多そうだ。
初級生の講義はマカベとして日常的に使う魔道具の作成がほとんどだ。楽器もそのうちのひとつ。わたしとしては自分で作るよりも職人が作った楽器のほうが良いと思っていたが、魔道具だと言われてしまうとよくわからない。
どちらにしても、フラルネ作成で苦労したばかりなのだ。魔法に向いていないのではないかという不安しかない。
今日も早めに来たわたしは最初から端のほうの席を選んで座る。ここならば進みが遅くても目立たないだろう。
楽器の魔道具を作るためには、イェレキを使うらしい。大勢の同級生がカタカタと箱を揺らしながら講堂へと入ってきて、カフィナがまた、わたしの隣に座った。
そして、講堂の入り口で教師から楽譜を受け取った子らの「気立子にも読めると良いのですけれど……」とこちらの様子を窺いながら囁かれる声。
……うん。聞こえているし、読めるよ。
反応するのも面倒なので心のなかでそう答えたが、隣のカフィナが心配するようにこちらを見てきた。
「大丈夫です、読めますよ」
「……ふふっ。そうだと思っていました」
ぱあっと笑み崩れたカフィナに、悪口を言われたことに対する心配だったのかと気がつく。
しかし礼を言おうとしたところでちょうど、スピーカーの魔道具からフェヨリの声が聞こえてきた。楽器の作成は彼女が主任らしい。
「魔道具を作るための魔法になる歌を、クァジ、と言います。お配りした楽譜は、イェレキを魔道具にするためのクァジ。神から楽器を授かるための、特別な魔法なのです」
なるほど。作ると聞いていたのでフラルネ作成のような手作業に近いものを想像していたけれど、神さまからもらうのか。わたしは着実に神さまへと近づいていたのだ。
うきうきしてきたわたしとは反対に、フェヨリは心なしか厳しい表情で話を続ける。
「クァジを完璧に演奏できるようにならなければ、正しい魔法にはなりません。ですからしばらくは、練習の時間となります。……けれども」
そこでフェヨリは言葉を切った。やわらかな声のなかに佇む緊張感は、入舎の儀のときにウェファが見せたものと同じだ。
「練習は、必ず講義のなかだけで行ってください。ほかのクァジは禁じておりませんけれど、楽器を作るクァジだけは、外で演奏することを禁止しています」
「フェヨリ先生、それはどうしてですか?」
「ええ、疑問はもっともでしょうから、教えますよ」
舎生の質問に、フェヨリがふわりと微笑む。――緊張感はそのままに。器用だな、と変なところで感心してしまう。
「楽器を授かることができるのは、たった一度きりなのです。十分な演奏ができないままに外で魔法を使ってしまったとしても、そこで得た楽器は一生そのまま。ですから、魔力が足りなかったり、間違った演奏をしたりしないように、教師が見ているところで行う必要があるのです。……それからみなさまのお家には、まだ小さなご兄弟がいらっしゃるところもあるでしょう。彼らの前で演奏して、その幼さのままに真似されてしまったら、どうなると思いますか?」
……どうなるのだろう。
常識なのか、子供たちの顔色がさっと悪くなる。
どうにも質問できるような雰囲気ではなく、というよりも発言する勇気がなくて、わたしもわかったふうに頷いた。
「わかっていただけましたね。……はい、どうぞ」
「ここで練習をしているときに魔法を使ってしまったら、どうなるのですか?」
別の子の質問に、今度はフェヨリや周りの教師たちがその緊張感をふっと緩めた。
「えぇ、えぇ。そうならないように、わたくしたちがいるのですよ」
その言葉を合図に、教師全員がうたいだす。
楽器の演奏はなくゴスペルに似た雰囲気の曲。親が子に聞かせるような、温かみのあるハーモニー。
光を託しましょう 花びらに包んで
光を託しましょう つぼみのように
我 その眠りを隠す者
我 木の祈りを捧ぐ者
光を託しましょう 光を託しましょう――
途端、講堂の天井から白っぽい光の幕が下りてきた。
それは講堂全体を包み込むように広がる。歌がやんでも消える様子はなく、ゆらゆらと漂っているままだ。
「この幕の中では、魔法を使うことができません。ですから安心して、練習してくださいませ」
フェヨリの言葉にわたしたち初級生は納得してイェレキを構えた。
しばらくはクァジを練習する日々が続く。講義のあいだにしかできないため、わたしもすぐには弾けるようにならない。
そもそも、この曲は難しすぎるのだ。
百本くらいある弦をすべて使うし、伴奏と歌が互いの隙間を埋めるように音が配置されている。この曲を作った人は変態的に神経質な作曲家に違いないと思ったほどである。
しかし、八の月のあいだに練習を終えた女の子がいた。なめらかな運指もままならないわたしの進み具合と比べると、驚異的な早さだ。
ツスギエ布をグラデーションになるように纏っていて、三色か四色かの判断はできないが、少なくともジオの土地よりも上の序列であるわけで。これが実力の差かと思わざるを得ない。
「演奏は陽だまり部屋で行います。見学は自由ですが、陽だまり部屋には幕を下ろしませんから、練習を続けたいかたは講堂に残ってください」
そう言って講堂を出ていくフェヨリのあとをイェレキを抱えた女の子がついていく。どのような感じか見ておきたいのでわたしもついていく。勿論カフィナも。わたしたちと同じ考えなのか、見学者は多そうだ。
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