雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

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第二章

魔道具の楽器(2)

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「魔道具に頼らない魔法を使うのがはじめてというかたも多いでしょう。けれどご安心を。演奏がしっかりできれば魔法になるはずです」

 そうして魔法が神さまに届けば、そのお返しとして一人ひとりに合った楽器を選んでくれるのだとフェヨリは言った。
 ……あぁ、そういうことか。
 わたしは家の自室で読んだマクニオス神話を思い出して納得する。
 神さまを満足させる芸術を披露し、そのお礼に願いを叶えてくれる――。あれは魔法のことを表していたのだ。

 陽だまり部屋は講堂のすぐ上だ。初級生用のもので、マカベの儀で夕食会が開かれた陽だまり部屋より少し狭いくらいだろうか。
 枝からぶら下がる丸い灯りはジオの土地にあったものと比べて圧倒的に数が少ない。けれども、明滅するごとに金から銀へ、銀から赤、青へとその色を変えていくのが華やかさを増して見せていた。

 準備時間によくある独特の空気感にわくわくしてきて、わたしは演奏がはじまるのを今か今かと待ち望む。
 視線の先にいるのは銀とも金ともつかぬ非常に薄い色の髪を持つ女の子だ。薄青の瞳はくりくりとして大きいが、静かで控えめな笑顔からは月のような印象を受ける。落ち着き払ってツスギエ布をガッツポーズに掛けていく動作の一つひとつが洗練されていて、それがまたみんなの注目を集めているようだった。
 こうしてよく見てみてもツスギエ布の色の数はわからない。紺から銀へと流れるような階調が綺麗だと感じるだけである。

 彼女の瞳がフェヨリを捉える。準備を終えたことを確認すると、フェヨリがにこやかに頷いた。


 ピイィィン――……


 真っ直ぐに伸びるイェレキの音と、九歳の女の子にしては少し低めの落ち着いた声。しっとりと心を濡らすような響きが心地良く、そしてなにより演奏が上手い。さすが一番手に名乗りを上げただけある。

 迷いを欠片も見せない指の動きは徐々に音数を増やしていき、歌との絡みが難しくなってくるところ――。

 ツスギエ布が光りだした。

 子供たちの息を呑む音が聞こえる。
 青や銀に光るツスギエ布と陽だまり部屋を照らす木漏れ日が混ざり合って、ただひたすらに美しい。

 神秘的な景色に見惚れる一方で、わたしはほっとする。マカベの儀ではわたしのツスギエ布だけが光ったけれど、おかしなことではなかったのだ。
 だが、そろそろツスギエ布が大きく広がるかなと見ていても、変化はない。その代わりか、イェレキまで光りだした。
 光はどんどん強くなる。少し離れたところにいるわたしでも眩しく感じるほどだ。演奏している子はもっと眩しいはずで、目を伏せるようにしながら演奏を続けている。……うん、見なくても弾けるようにしておこう。

 やがて、人の姿が霞んで見えるほどに強まった光の向こうで演奏が終わった。同時に光もやむ。
 戻ってきた視界のなか。女の子の手には、イェレキではなく、群青色に淡く光るハープのような楽器が抱えられていた。



 数日後、二番目に演奏をした男の子は、丸くて、笛のような音がする楽器を持って講堂に戻ってきた。「父様と同じだ」と喜んでいる。
 次々とイェレキが新しい楽器へと変わっていく。ヒィリカたちがしていたように小さな魔法石に形を変えてフラルネにはめることもできるようだ。

 ……すごい、すごい! わたしは興奮してきた。より一層、練習にも力が入る。

 カフィナが演奏するときは、陽だまり部屋についていった。彼女自身は演奏が得意でないと言っていたが、突出した技術がないだけで安定感は抜群だ。短期間でここまでの演奏ができるのなら、むしろ上手なほうだと思う。
 彼女は授かった竪琴を持って、わたしのところへ見せにくる。

「わたくしのお母様と同じです」
「おめでとうございます、カフィナ様。わたしのお母様や、シユリお姉様とも同じですね」
「……ふふ、そのことなのですけれど」

 竪琴が多いのかな、と思いながら口にすると、カフィナは指を揃えた手を口に当てクスクスと笑った。

「わたくしのように、普通は身近な家族と同じ楽器を授かることが多いと聞きます。でも、ヒィリカ様に憧れていたお母様は、家族の誰も使っていない竪琴を授かったのですよ」
「そ、それはなんというか……」
「すごいでしょう? あのときほど感情を揺らしてしまったのははじめてで、これからもないでしょうとお母様は言っていました」

 その話に、入舎の儀のあとの交流会でわたしのすごさを力説してきたカフィナの姿を思い出す。この性格はきっと母親譲りなのだろう。
 と、わたしはあることに気がついた。

「……あれ。ということは、わたしも竪琴を授かるのでしょうか」
「そうなったらお揃いですね。楽しみです」

 わたしとしてはピアノがいちばん弾き慣れているのだが、この世界にはないようだし、やはり竪琴になるのだろう。ヒィリカやシユリの演奏を何度も聞いていたので、なんだかんだ見慣れているのだ。
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