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第二章
魔道具の楽器(3)
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九の月も三の週に入った。わたしはようやく自身の練習成果に満点をつけ、魔法に挑むことに。
このときには演奏したい日の前日に教師へ申し出る流れができていた。わたしもそれに倣ってフェヨリに伝える。
講堂内が一瞬ざわついた。
……なんだろう。
「失礼ですが、レイン様」
名前を呼ばれて振り向く。声をかけてきたのは一色のツスギエ布を纏った――アグの土地の女の子だ。名前は勿論、顔にも見覚えがない。
挨拶をしていないからだということに気づいて両手を胸の前で重ねると、しかし、彼女の言葉に遮られる。
「フラルネ作成の講義では、魔力の扱いに苦労していましたよね?」
はじめて話すときは必ず挨拶をすると教えられていたが、しなくて良いのだろうか。そう思いながら、問いかけ自体に間違いはないので首肯する。
「そんなことで、魔法を使えるのですか? そもそも、ほかのみなさまがいらっしゃるところで演奏するのは危険ではありませんか?」
「え、っと……うたえば、魔法になるのですよね?」
フェヨリもしっかり演奏できれば魔法になると言っていたし、思い返してみれば、最初の泉で起こった不思議な現象も魔法だったのだろう。そういう意味では、わたしはもう魔法を使ったことがあるのだ。
しかし、名前のわからないアグの土地の女の子はクスリと笑う。
「気立子ですのに、魔力のこともご存じないのですね」
美しくあるべし、というマカベの信条のなかではあるが、明らかにわたしを下に見ている。そんな彼女の言動に、講堂内がぴりりとした空気に包まれた。
魔法に魔力の扱いが必要だとは聞いていな――いや、そういえば言っていたような気もする。魔力が足りなければ……なんとか、とか。わたしとしては正解を教えてもらえるならばなんでも良いので、振り返ってフェヨリを仰ぎ見る。
「演奏が完璧であることは確認しています。もし魔力を動かせなければ魔法にはなりませんけれど、レイン様の場合、少しでも動かすことができたなら足りないということにはならないでしょう」
フェヨリはそう言って安心させるように微笑んだ。
……妥協せず練習に励んでいて良かった。つまり、魔力が多いらしいわたしに限って言えば、お試しが可能ということなのだろう。それならば――
「見学は自由とのことですし、わたしの演奏を見ないことをお勧めします。確かに、なにが起こるかわからない人の演奏を聞くのは不安ですよね」
「ええ、そうします。みなさまもそうしましょう、ね?」
彼女の周りにいた子が何人か、頷いた。「本当なら最後にやるべきですのに……」という言葉は聞かなかったことにする。わたしは早く楽器を頂戴したいし、あわよくば、その場で神さまに「帰りたい」と伝えられるのではないかと思っているのだ。先延ばしにする理由はない。
やり取りを終えて席に戻るとカフィナが心配そうな顔をしていた。
「わたくしは見学にいきますよ。見ないで欲しいと言われてもです。レイン様の演奏を見ないなんてもったいないことはできませんから」
……あれ、思っていた反応と違う。そう思ったが、わたしも観客がいたほうが嬉しいので笑顔で頷いた。
翌日。朝のうちに好きな歌を口ずさみながら柔軟体操をしたので、心身ともに良い状態である。
わたしの演奏の見学は避けたいという子に配慮して、今日の一番手はわたしだ。うきうきしながら陽だまり部屋へと向かう。
「レイン」
同じく楽しそうなカフィナと並んで階段を上っていると、さらにその隣に並ぶ人影。
「……ヅンレ様」
「そなたが光ったとしても、灯りを分ける燭台はある」
随分と遠回しだが、激励してくれているのだろうということはわかった。多分。
なんにせよ普段は避けているのにこうして声をかけてくれるヅンレは根が良い子なのだと思う。……だからといって常につんけんされるのは疲れるので、積極的に関わろうとは思えないけれど。
わたしが礼を言うと、彼はフンと鼻を鳴らして足早に階段を上っていった。
シャシャン、という金属飾りの音だけがここに残って、わたしはカフィナと顔を見合わせる。見学する気満々といったヅンレの様子に思わず笑いがこみ上げてきて、二人でクスクスと笑った。
「良かったですね、レイン様」
「ちょっとわかりにくかったと思いますけれど……」
「彼のご両親は木立の者にも近い文官ですから、仕方ありませんよ」
「そうでしたね。それにまあ、応援してくれる人がいるというのは心強いです」
いつも通り早めに出てきたつもりだったが、陽だまり部屋にはすでに子供たちが集まっていた。アグの土地の子があのように言っていたにもかかわらず、見学者が多い。なんなら最初に演奏していた女の子もいて緊張する。
余計なことは考えず、ゆっくりと、丁寧にイェレキの準備をしよう。
大丈夫だ。練習の通りに演奏すればきっと問題ない。誰がなんと言おうと、わたしはあのシルカルとヒィリカのお墨付きをもらっているのだから。
……さあ、神さま。わたしに良い楽器をくださいな。
このときには演奏したい日の前日に教師へ申し出る流れができていた。わたしもそれに倣ってフェヨリに伝える。
講堂内が一瞬ざわついた。
……なんだろう。
「失礼ですが、レイン様」
名前を呼ばれて振り向く。声をかけてきたのは一色のツスギエ布を纏った――アグの土地の女の子だ。名前は勿論、顔にも見覚えがない。
挨拶をしていないからだということに気づいて両手を胸の前で重ねると、しかし、彼女の言葉に遮られる。
「フラルネ作成の講義では、魔力の扱いに苦労していましたよね?」
はじめて話すときは必ず挨拶をすると教えられていたが、しなくて良いのだろうか。そう思いながら、問いかけ自体に間違いはないので首肯する。
「そんなことで、魔法を使えるのですか? そもそも、ほかのみなさまがいらっしゃるところで演奏するのは危険ではありませんか?」
「え、っと……うたえば、魔法になるのですよね?」
フェヨリもしっかり演奏できれば魔法になると言っていたし、思い返してみれば、最初の泉で起こった不思議な現象も魔法だったのだろう。そういう意味では、わたしはもう魔法を使ったことがあるのだ。
しかし、名前のわからないアグの土地の女の子はクスリと笑う。
「気立子ですのに、魔力のこともご存じないのですね」
美しくあるべし、というマカベの信条のなかではあるが、明らかにわたしを下に見ている。そんな彼女の言動に、講堂内がぴりりとした空気に包まれた。
魔法に魔力の扱いが必要だとは聞いていな――いや、そういえば言っていたような気もする。魔力が足りなければ……なんとか、とか。わたしとしては正解を教えてもらえるならばなんでも良いので、振り返ってフェヨリを仰ぎ見る。
「演奏が完璧であることは確認しています。もし魔力を動かせなければ魔法にはなりませんけれど、レイン様の場合、少しでも動かすことができたなら足りないということにはならないでしょう」
フェヨリはそう言って安心させるように微笑んだ。
……妥協せず練習に励んでいて良かった。つまり、魔力が多いらしいわたしに限って言えば、お試しが可能ということなのだろう。それならば――
「見学は自由とのことですし、わたしの演奏を見ないことをお勧めします。確かに、なにが起こるかわからない人の演奏を聞くのは不安ですよね」
「ええ、そうします。みなさまもそうしましょう、ね?」
彼女の周りにいた子が何人か、頷いた。「本当なら最後にやるべきですのに……」という言葉は聞かなかったことにする。わたしは早く楽器を頂戴したいし、あわよくば、その場で神さまに「帰りたい」と伝えられるのではないかと思っているのだ。先延ばしにする理由はない。
やり取りを終えて席に戻るとカフィナが心配そうな顔をしていた。
「わたくしは見学にいきますよ。見ないで欲しいと言われてもです。レイン様の演奏を見ないなんてもったいないことはできませんから」
……あれ、思っていた反応と違う。そう思ったが、わたしも観客がいたほうが嬉しいので笑顔で頷いた。
翌日。朝のうちに好きな歌を口ずさみながら柔軟体操をしたので、心身ともに良い状態である。
わたしの演奏の見学は避けたいという子に配慮して、今日の一番手はわたしだ。うきうきしながら陽だまり部屋へと向かう。
「レイン」
同じく楽しそうなカフィナと並んで階段を上っていると、さらにその隣に並ぶ人影。
「……ヅンレ様」
「そなたが光ったとしても、灯りを分ける燭台はある」
随分と遠回しだが、激励してくれているのだろうということはわかった。多分。
なんにせよ普段は避けているのにこうして声をかけてくれるヅンレは根が良い子なのだと思う。……だからといって常につんけんされるのは疲れるので、積極的に関わろうとは思えないけれど。
わたしが礼を言うと、彼はフンと鼻を鳴らして足早に階段を上っていった。
シャシャン、という金属飾りの音だけがここに残って、わたしはカフィナと顔を見合わせる。見学する気満々といったヅンレの様子に思わず笑いがこみ上げてきて、二人でクスクスと笑った。
「良かったですね、レイン様」
「ちょっとわかりにくかったと思いますけれど……」
「彼のご両親は木立の者にも近い文官ですから、仕方ありませんよ」
「そうでしたね。それにまあ、応援してくれる人がいるというのは心強いです」
いつも通り早めに出てきたつもりだったが、陽だまり部屋にはすでに子供たちが集まっていた。アグの土地の子があのように言っていたにもかかわらず、見学者が多い。なんなら最初に演奏していた女の子もいて緊張する。
余計なことは考えず、ゆっくりと、丁寧にイェレキの準備をしよう。
大丈夫だ。練習の通りに演奏すればきっと問題ない。誰がなんと言おうと、わたしはあのシルカルとヒィリカのお墨付きをもらっているのだから。
……さあ、神さま。わたしに良い楽器をくださいな。
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