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第二章
ペンは木で、手紙は鳥で(6)
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さて、魔道具になりかけた親鳥と、魔法石になった三羽の子鳥が用意できた。
一日でここまで進んだのはわたしとラティラだけのようだ。彼女が「できるなら今日終わらせてしまいましょう」と言うので、そうすることにする。このあとの流れもわかっていないわたしにとって、一緒に進められる人がいるというのは心強い。
「そんなに詰め込むのは美しくないと言いたいところだが……そなたらは急いているわけでもなく早いのだな」
若干呆れの滲んだ口調だったけれど、デジトアは先へ進むことを許可してくれる。ラティラが嬉しそうに右手を胸に当てて微笑み、感謝を示した。
そうしてやってきてしまった、いちばん気の進まない作業。親鳥に子鳥を飲み込ませるという、聞くだけで怖気が走る作業。
もう、なにも考えずに進めてしまおうと思った。
親鳥のくちばしを開いて魔法石を入れる。流す魔力が多かったのかもしれない。魔法石が大きくて口の中がきつい。わたしは心を無にしてグイっと押し込むことで、なんとか入れきった。
それからもう一度、ヘスベ用の曲を演奏する。
ラティラがハープ型のアクゥギを構え、細い指でその縁を叩いて拍子をとった。彼女の入りに合わせてわたしも鍵盤を撫でる。喉を震わせる。
わたしのソプラノと、ラティラのアルト。
打ち合わせるまでもなく、二人の音はほどよく混ざり合う。
ともすれば和やかな演奏風景だが、視界の端では親鳥がごくりと喉を動かして魔法石を飲み込むのが見えていた。そしてその瞳が金色に光る。怖い。
……これが、ヘスベ。
続けてクァジの後半を演奏しようとすると、今度こそデジトアに止められる。
「待ちなさい。魔力は大丈夫なのか」
「疲労感はありますけれど、魔力にはまだ余裕があります。レイン様はわたくしよりも魔力が多いようですから……」
「はい。大丈夫です」
精神的にはひどく疲れていたけれど、演奏をすることならできる。というより、中途半端なところでとめてしまうよりも、ひと思いに完成させてしまうほうが気が楽だ。明日もまたこのようなことをしなければいけないなんて、考えたくもない。
……そもそも、魔力があとどれくらい残っているかなんて、わたしにはわからないわけで。
「ラティラがそう自覚しているのなら、良い」
デジトアの、わたしに対する信用のなさには驚いたけれど、ワイムッフの完成はあっけないものだった。クァジを最後まで演奏すると、目立たぬ茶褐色の鳥が見覚えのある金色の小鳥へと姿を変えていたのだ。
両手で掬い上げ、ざわざわを感じる部分に指で触れると、アクゥギやヌテンレと同じように魔法石の状態になる。
金色の魔法石をフラルネにはめ、ラティラと微笑みを交わした。
ワイムッフを使う練習は十の月の最終週に子供たちの進度をみて一斉に行うらしい。
わたしとラティラはまた、講堂で課題曲の練習だ。といっても、ヌテンレを作り終えたときに楽譜から音を取っていく作業はあらかた済ませている。今回もそこまで難しい曲ではないため、わたしたちはすぐに合格をもらった。
同時に、ラティラが何故ワイムッフの作成を急いでいた――そう見られないよう注意していたのだろうが、やはり急いでいたのだと思う――のか、その理由も明らかになる。
「さて、レイン様。本日はどちらの曲にいたしましょうか?」
パサリと目の前に差し出された楽譜たち。いつもは静かに凪いでいるラティラの薄青色の瞳が、案の定、深い輝きを湛えている。
わたしの手が、吸い込まれるようにして楽譜へ伸びた。
途中でクァジの練習をしにきた同級生に変な目で見られたり、ワイムッフを作り終えたカフィナも演奏に加えたりしながら、わたしは自分でもどうかと思うくらいにのんびりと過ごしていた。
日本に帰りたいという気持ちは強まるいっぽうだ。しかし、急いでも仕方がないのだということを頭だけでなく心でも理解したのだと思う。それに、魔法の上達が必須だということを確信したからでもあるはずだ。
とにかく、講堂ではラティラとの合奏に付き合い、自室では作曲をするという、夢のような音楽漬けの日々。今まででいちばん上達した気がした。音楽の腕が。
ワイムッフの使用方法には、思わぬ落とし穴があった。魔力を込めなければ鳥から紙にならないのだ。
毎回うたわなければいけないのか、さすがに面倒だな、と思いながらうたっていると、左右から声が重なる。言わずもがな、ラティラとカフィナだ――って、カフィナまでうたわなくても良いのに。
紙にヌテンレで宛先と手紙の内容を書き、最後に自分の名前を書けば鳥になって飛んでいく。今回は三人に宛てて送る練習をするということで、さっそくラティラとカフィナに手紙を書く。文面はどちらも同じで、「いつも仲良くしてくれてありがとうございます。」だ。
同時に二人からも金色の鳥が飛んでくる。手を差し出せば、羽を広げた鳥が二羽、紙になって収まった。
カフィナからは「レイン様の演奏を聞くことがわたくしの幸せです。これからもたくさんお聞かせくださいね。」と書いてあった。嬉しいことを言ってくれるではないか。わたしは紙を裏返して返事を書き、カフィナのもとへ飛ばす。
ラティラからは「レイン様は作曲もされるのだとお聞きしました。ぜひ、演奏させてくださいませ。」ときていて、思わずラティラの顔を直接見た。視線に気づいた彼女が静かに、それでいて期待するような視線を返してくるので、わたしは脱力しそうになる。観念して、「カフィナ様と、三人で演奏できる曲を作りますね」と返事を書く。
もう一人はどうしようかと考えていたが、どうやら教師に送っても良いらしい。何人かの子がそうしているのを見て、わたしはフェヨリに感謝の気持ちを伝えることにした。
ところが、レイン、と記入したワイムッフがフェヨリのもとへ飛んでいくのを見ていたら、どこからか別のワイムッフがわたしのところへ飛んでくる。間違えたのだろうか、と思いながら手のひらに下りてきた紙を掴み、宛先と差出人を確認する。……間違いなくわたし宛で、送ってきたのはヅンレだった。
――古い芸術は神のもとへ願いを届け、新しい芸術は精霊のもとへ意思を届ける。
……うん、どういう意味だろう。マクニオス神話の内容だろうとは想像つくけれど、彼の言いたいことがわからない。わたしは長い時間悩んで、「マクニオスの芸術はどれも美しいですね。」とだけ返した。
一日でここまで進んだのはわたしとラティラだけのようだ。彼女が「できるなら今日終わらせてしまいましょう」と言うので、そうすることにする。このあとの流れもわかっていないわたしにとって、一緒に進められる人がいるというのは心強い。
「そんなに詰め込むのは美しくないと言いたいところだが……そなたらは急いているわけでもなく早いのだな」
若干呆れの滲んだ口調だったけれど、デジトアは先へ進むことを許可してくれる。ラティラが嬉しそうに右手を胸に当てて微笑み、感謝を示した。
そうしてやってきてしまった、いちばん気の進まない作業。親鳥に子鳥を飲み込ませるという、聞くだけで怖気が走る作業。
もう、なにも考えずに進めてしまおうと思った。
親鳥のくちばしを開いて魔法石を入れる。流す魔力が多かったのかもしれない。魔法石が大きくて口の中がきつい。わたしは心を無にしてグイっと押し込むことで、なんとか入れきった。
それからもう一度、ヘスベ用の曲を演奏する。
ラティラがハープ型のアクゥギを構え、細い指でその縁を叩いて拍子をとった。彼女の入りに合わせてわたしも鍵盤を撫でる。喉を震わせる。
わたしのソプラノと、ラティラのアルト。
打ち合わせるまでもなく、二人の音はほどよく混ざり合う。
ともすれば和やかな演奏風景だが、視界の端では親鳥がごくりと喉を動かして魔法石を飲み込むのが見えていた。そしてその瞳が金色に光る。怖い。
……これが、ヘスベ。
続けてクァジの後半を演奏しようとすると、今度こそデジトアに止められる。
「待ちなさい。魔力は大丈夫なのか」
「疲労感はありますけれど、魔力にはまだ余裕があります。レイン様はわたくしよりも魔力が多いようですから……」
「はい。大丈夫です」
精神的にはひどく疲れていたけれど、演奏をすることならできる。というより、中途半端なところでとめてしまうよりも、ひと思いに完成させてしまうほうが気が楽だ。明日もまたこのようなことをしなければいけないなんて、考えたくもない。
……そもそも、魔力があとどれくらい残っているかなんて、わたしにはわからないわけで。
「ラティラがそう自覚しているのなら、良い」
デジトアの、わたしに対する信用のなさには驚いたけれど、ワイムッフの完成はあっけないものだった。クァジを最後まで演奏すると、目立たぬ茶褐色の鳥が見覚えのある金色の小鳥へと姿を変えていたのだ。
両手で掬い上げ、ざわざわを感じる部分に指で触れると、アクゥギやヌテンレと同じように魔法石の状態になる。
金色の魔法石をフラルネにはめ、ラティラと微笑みを交わした。
ワイムッフを使う練習は十の月の最終週に子供たちの進度をみて一斉に行うらしい。
わたしとラティラはまた、講堂で課題曲の練習だ。といっても、ヌテンレを作り終えたときに楽譜から音を取っていく作業はあらかた済ませている。今回もそこまで難しい曲ではないため、わたしたちはすぐに合格をもらった。
同時に、ラティラが何故ワイムッフの作成を急いでいた――そう見られないよう注意していたのだろうが、やはり急いでいたのだと思う――のか、その理由も明らかになる。
「さて、レイン様。本日はどちらの曲にいたしましょうか?」
パサリと目の前に差し出された楽譜たち。いつもは静かに凪いでいるラティラの薄青色の瞳が、案の定、深い輝きを湛えている。
わたしの手が、吸い込まれるようにして楽譜へ伸びた。
途中でクァジの練習をしにきた同級生に変な目で見られたり、ワイムッフを作り終えたカフィナも演奏に加えたりしながら、わたしは自分でもどうかと思うくらいにのんびりと過ごしていた。
日本に帰りたいという気持ちは強まるいっぽうだ。しかし、急いでも仕方がないのだということを頭だけでなく心でも理解したのだと思う。それに、魔法の上達が必須だということを確信したからでもあるはずだ。
とにかく、講堂ではラティラとの合奏に付き合い、自室では作曲をするという、夢のような音楽漬けの日々。今まででいちばん上達した気がした。音楽の腕が。
ワイムッフの使用方法には、思わぬ落とし穴があった。魔力を込めなければ鳥から紙にならないのだ。
毎回うたわなければいけないのか、さすがに面倒だな、と思いながらうたっていると、左右から声が重なる。言わずもがな、ラティラとカフィナだ――って、カフィナまでうたわなくても良いのに。
紙にヌテンレで宛先と手紙の内容を書き、最後に自分の名前を書けば鳥になって飛んでいく。今回は三人に宛てて送る練習をするということで、さっそくラティラとカフィナに手紙を書く。文面はどちらも同じで、「いつも仲良くしてくれてありがとうございます。」だ。
同時に二人からも金色の鳥が飛んでくる。手を差し出せば、羽を広げた鳥が二羽、紙になって収まった。
カフィナからは「レイン様の演奏を聞くことがわたくしの幸せです。これからもたくさんお聞かせくださいね。」と書いてあった。嬉しいことを言ってくれるではないか。わたしは紙を裏返して返事を書き、カフィナのもとへ飛ばす。
ラティラからは「レイン様は作曲もされるのだとお聞きしました。ぜひ、演奏させてくださいませ。」ときていて、思わずラティラの顔を直接見た。視線に気づいた彼女が静かに、それでいて期待するような視線を返してくるので、わたしは脱力しそうになる。観念して、「カフィナ様と、三人で演奏できる曲を作りますね」と返事を書く。
もう一人はどうしようかと考えていたが、どうやら教師に送っても良いらしい。何人かの子がそうしているのを見て、わたしはフェヨリに感謝の気持ちを伝えることにした。
ところが、レイン、と記入したワイムッフがフェヨリのもとへ飛んでいくのを見ていたら、どこからか別のワイムッフがわたしのところへ飛んでくる。間違えたのだろうか、と思いながら手のひらに下りてきた紙を掴み、宛先と差出人を確認する。……間違いなくわたし宛で、送ってきたのはヅンレだった。
――古い芸術は神のもとへ願いを届け、新しい芸術は精霊のもとへ意思を届ける。
……うん、どういう意味だろう。マクニオス神話の内容だろうとは想像つくけれど、彼の言いたいことがわからない。わたしは長い時間悩んで、「マクニオスの芸術はどれも美しいですね。」とだけ返した。
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