雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

文字の大きさ
50 / 54
第二章

やらなくてはいけないこと(1)

しおりを挟む
「ジオの土地のみなさまは音楽の才能がおありですね」
「えぇ本当に。心地良くて、うっとりしてしまいましたもの」
「ありがとうございます。ジオ・マカベ夫妻が音楽による魔法の増強を推しておりますから、必然的に演奏力が上がったものと思われます」
「ジオ・マカベもヒィリカ様も、特に・・音楽には優れていらっしゃいますものね」
「えぇ」
「……ジオの土地にも、音楽以外の才能を持つ者もいるのですよ」
「存じております。木立の舍の教師でいらっしゃるシユリ様の詩はわたくしも大好きですから」
「マカベの子供はやはり格別です。バンル様とルシヴ様の舞踊も素敵ですものね。本日はお見せくださるのかしら?」
「あぁ、やらせてもらうよ。ただ今日はメウジェたちの披露会だからね、ぜひ彼女らの絵画と音楽も楽しんでほしい」

 まぁ! と上品にはしゃぐデリの土地の女の子たち――といっても彼女らは最上級生で、今のわたしにとっては五つも歳上だ――を、わたしたち初級生は端に置かれた席から見ていた。

 ここはジオの林の共用棟にある陽だまり部屋。
 大人の時間である披露会、その練習を木立の舍でしておくのだ。
 初級生は、まず一般的な披露会の流れを体験することと、実際にその流れに沿って開催する方法を十一の月から十二の月にかけて学ぶ。勿論、魔法や音楽の課題と並行である。
 今日はその流れを体験するための見学で、メウジェたちがデリの土地向けに披露会を開催している。最上級生の講義でもあるため、気合が入っているようだ。

 披露会自体は家でヒィリカが開催しているものに参加したこともあったので戸惑いはない。けれど、こうして外からじっくり観察するのははじめてだ。新たな発見がたくさんある。

 特にわたしの目を引いたのは、音楽以外の芸術だった。女性の絵画や男性の舞踊。詩歌に工芸。どれもこれも見たことがない演出――そう、これはただの披露では収まらない――ばかりだ。
 ヌテンレを使って空中に描かれる鮮やかな風景画。
 金属飾りを響かせながら、力強くそしてしなやかに舞う踊り。
 臨場感をもって作り上げられる芸術は、鳥肌が立つほどに美しい。わたしは胸が締めつけられるような気持ちになりながら、その技術力の高さを実感した。

 ……すごい。というか、バンル、本当にすごい。わたし、こんなすごい人の妹で良いのだろうか。
 繊細な指使いと、大胆に鳴らされる金属音。誰よりも見栄えする彼の舞踊に、万能すぎる両親の話に遠い目をしていたシユリとルシヴを思い出した。バンルは確実に、あの両親と同類だ。

 発見したのは良いことばかりではない。
 素晴らしい芸術作品を囲みながら、あちらこちらで意味深な視線が飛び交っていた。わたしには計り知れないような思惑が絡んでいるのだと思う。
 それはもしかすると、色恋だったり、はたまた土地の情報に関する話だったりするのかもしれない。なにせ、最上級生というのはもう間もなくで成人なのだ。

 とにかく、そういうものを見てしまったので、わたしは披露会に薄気味悪さを感じるようになった。ヒィリカは音楽が心底好きで楽しそうにしていたけれど、思い返してみれば、同じ土地のなかでも言外のやり取りがなされていたのだ。別の土地の人を招待するとなれば、さらに面倒は増えるに違いない。
 直接的な交流ならまだしも、水面下で行われる腹の探り合いに身を投じたいとはとても思えないのだ。



 魔法のほうといえば、十一の月は略式魔法の習得が課題だ。
 ギッシェという物腰やわらかな男性教師の説明によると、入舎の儀のときにヅンレが「発動過程を略した魔法だ」と言っていたその通りであった。……そのままだな、などと思ってごめんなさい。

「魔法とは、芸術によって神を満足させ、その見返りに人間の願いを叶えてもらうものだということはもう知っているね?」

 人好きのする笑みと優しい問いかけに、子供たちが楽しそうに頷く。それを見て、ギッシェの目もとに皺が増えた。

「けれど、一日に何度も使うような魔法――たとえば、君たちの両親が料理をする際には火の魔法を使うね、あれは簡単な魔法なんだ。それでも日に何度も同じ絵を描いたり踊ったりしたら、神はどう思うだろう?」

 ……それは飽きてしまうだろう。火を出す魔道具はないのだろうか。
 作成方法は置いておくとして、魔道具の便利さには感心するばかりだ。入ったことがない台所にはガスコンロのような魔道具があるのだろうと勝手に想像していたのだけれど。

 わたしの思考は逸れていき、耳だけがほかの子の発言を捉えていた。

「もっとほかの、美しい芸術を見たいと思うでしょう」
「簡単な魔法ならば、美しさを磨く気もないのかと思われてしまうかもしれません」

 子供たちが次々と答えていき、その一つひとつに対してギッシェは満足そうに同意する。

「美しさを求める神に、何度も簡単な芸術を披露することは控えなければならない。……けれども生活に魔法は必要だ。そういうわけで、最低限の美しさを損なわず、かつ、神を煩わせない芸術が作られた。僕たちが略式魔法と呼んでいるものさ」

 結局のところ、芸術によって神を満足させることはマカベの義務だからね、と彼は微笑むのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...