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第三章

82.

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✴︎
 俺は、エキドナを睨みつけることもなく、魔王の間を去ろうとした。
 しかし、その時、弱々しく俺を呼ぶ声がした。
 否、それは、心の叫びだった。
 魔族の叫びではない。
 また、人間として慈悲を求める叫びでもない。
 その叫びは、
「この世界に住む生物として」
 俺は、そう言って振り返った。
 そこには、勇者が立っていた。
「なんだ?」
「お、俺を……強くしてほしい!」
「……無理だ」
 俺は、考えてそう答えた。
 否、熟考までは、していない。
 そうせずともわかる。
 今のあいつには、無理だ。
「何故だっ!俺は、ただ復讐がしたいっ!俺を見放したことを後悔させてやりたいだけなんだっ!」
 勇者は、叫ぶ。
 しかし、その言葉は、真実であるように思えない。
 否、真実ではないと聞こえる。
 だから、俺は、そのまま部屋から去るように足を動かす。
「何故なんだっ!お前は、力があって、名誉があって、仲間がいる!俺よりも上級な腕前があってなんで俺に教えてくれないんだっ!」
 勇者は、叫び続ける。
 すると、ヘスティアが、
「目障りですし、切り落としましょうか?」
「ひっ……」
 勇者は、叫ぶのをやめて少し後ずさる。
「それだ」
 俺は、そう勇者に指摘する。
「え?」
「だから、それだと言っている」
「それ?」
 俺は、呆れて声も出せなかった。
 否、俺のため息だけがこの部屋にこだました。
「わからないのか?」
「え、あぁ」
「なら教えてやろう」
 そう言って、俺は、剣を異空間から引き抜く。
 すると、勇者は、血の気が引いたように顔を真っ青にして逃げようとする。
 俺は、それを見て、剣を地面に突き刺した。
「わかったか?」
 俺は、勇者に問いかける。
「さっきと同じことだ。お前は、弱い、弱すぎる」
 俺は、そう言った。
 すると、勇者は、その場に座り込んで、
「だって怖いじゃんかっ!殺意が湧き出た敵を見たら死ぬかもしれないって思うじゃん……」
「だから弱いのではないのか?」
 俺は、そう突き返す。
 そして、俺は、そのまま言葉を発し続ける。
 まるで、説教をしている親のように。
「わからないのか?お前は、お前が思っている以上に素質は、持っている。素質、は、だけどな。お前には、気持ちが足りない。戦うという闘志だ。殺すという殺意だ。そして、守りたいものを守るという勇気だ。理解できるか?お前は、わかっているか?」
「……」
 勇者は、何一つ言葉を発しないで黙っているままだ。
「だから、お前は、見放されたんだよ。戦うという闘志もなければ、殺すという殺意もない。そして、守りたいという気持ちさえもないだろう……」
 そして、俺は、息を吐いて息を吸う。
「俺は、今からエキドナを公開処刑に処す」
 そう言った。
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