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始まり

決戦前に

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 ファミレスを出た那雪たちはそれぞれに動き始める。一真はある3階建てのビルを指して言った。
「あれが飯塚家の仕事の事務所……らしい」
「らしい?」
「刹菜の情報なんか信じられるか? この前不良に喧嘩売りに行ったらそいつら実はこのビルのボディガードで飯塚家の事務所でしたって言われても信じられるかっての」
 那雪はただ笑う事しか出来なかった。一真は続ける。
「どうすりゃ確実に指定した時間にここにアイツを呼び出せると思う? あっ、刹菜が言ってた方法は絶対なしだからな」
 ファミレスで刹菜が提案していた方法、それは子猫の死骸と共に「今夜お前もこうなる。絶対行くから覚悟しておけ」と書いた手紙をポストの中に放り込むと言った残虐極まりない手段であった。
「流石にアレはないね確かに」
「飯塚家のついでにどこかの団体がオマケでついてくる! とか言ってたが色々危ないからな」
 刹菜の冗談は何度も聞いていたので人がらは知っていた一真だったが、こんな時まで解決策を提示しないのは実に困るものだと思っていた。那雪は刹菜の提案を思い出して1度頷く。
「別にやり方は同じでもいいんじゃない? 物を変えれば」
 那雪の提案、それは一真直筆の手紙で喧嘩を仕掛けに行くと言った物であった。一応狙っているのであれば向こうから来る上に自身のフィールドで呪いの仕掛けや様々な準備が出来るこの絶好の機会を逃す理由もないであろう。
「確かにな、それで行くか」
 一真はノートから一枚破って家を壊した事と酒の恨みを迫真の字面で綴って脅迫状を作ってポストに放り込んだ。



 例の2人がそんな作戦で物事を進めていた時、刹菜と奈々美はただいつも通りの事を話し合っていた。
「今夜あの塔を破壊するんだ、器物損壊罪に問われる凶悪な犯罪行為さ」
「そんな事魔法使いの界隈の中では今更過ぎると思うのだけれど」
「そんなお話、私は知らない」
「刹菜ったら今まで随分と平和に生きてきたのね。こんな物騒な魔法世界の中で」
 奈々美は魔女の呆れを見せていた。刹菜は奈々美に対して今更な事を訊ねる。
「私の作戦に必要なのでこれから奈々美の捜査を始める。年齢、誕生日、身長、血液型をまずは教えていただこう」
「……そう。そんな事が知りたいの。人に訊ねる時にはまず自分から」
 刹菜は慎ましい胸に右手を当てて自己紹介を始めた。
「私の名前は伊万里 刹菜。年齢は17歳、ピチピチの高校三年生だ。身長は163cmより高いけど164cmに届かない半端な数字さ。血液型はA型で誕生日は1月23日。いちにのさんで生まれてきた、と覚えていただければ早いだろう。実は難産だったらしいけど」
 奈々美は己の情報を話し始める。
「私は東院 奈々美、〈東の魔女〉よ〈三原色の魔女〉ではないからその辺の訂正宜しく。年齢は22歳、色気のある良いお姉さんでしょ? 身長は168センチ、血液型はAB型で誕生日は4月2日。日本の学年の上がり方に当て嵌めてみると最速だったものよ」
「じゃ、次にスリーサイズを」
「ふざけないで」
「ホントに必要なんだ。出来る限り詳細なデータが」
「そんなの目測で」
「私感覚に自信が無いよ」
 その冗談に返す言葉を即座に見つけ出せずに疲れを感じて探す事も億劫に感じた奈々美は溜め息をついた。
「家に帰ってからね」
「あざっす! 一生愛してる」
「調子良すぎよ」
「それにしても計画って何なの?」
 刹菜は辺りを見回しながら奈々美に耳打ちした。
「不良の下りは本気で言っていた事だったのね」
「万年筆で撃退しちゃった。これぞペンは剣よりも強し、だね」
「魔法道具ね……ペンを剣の代わりに使っただけでしょ」
 刹菜は声を上げて笑っていた。普段の陰気なニヤけ面と違ってその笑顔は太陽のように輝いていたのであった。
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