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〈お菓子の魔女〉と呪いの少女

お家おぅいえー!

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 明るい空は暗くなっていき、1日の終わりは漆黒の闇に包まれて。

 そんな言葉を何となく思いながら一真は那雪を連れて刹菜と共にアパートの一室へと入っていく。そこで待っていた2人の男、50は過ぎているであろう人生に疲れたかのように痩せこけた男と優しそうな顔をした一真と同じくらいの歳の男。那雪にとっては完全な初対面であった。
「おい、満明。そっちの若いの誰だよ」
 そう訊ねた辺り、一真も若い男の方は知らないということ。若い男は深々とお辞儀をして自己紹介を始めた。
「俺は若葉 勇人。21歳の無気力大学生」
「無気力大学生? もしかしたら私と仲良くなれるかも知れないな。大学若葉マークさん」
「普通に大学入ったからもう4回生だけど?」
「はっ、自称無気力が笑わせてくれる。私こそが真の無気力さ、きっと留年」
「おっと刹菜、悪いがこの満明さまと真昼さんの財力じゃあ合わせても大した額にならないから本当の親を見つけでもしない限り留年したら終わりだぞ」
「えぇ。じゃあ最初から行かない」
 そんな言葉の一つで刹菜の受験がなくなり就職へと舵を切るのであった。
「で、永遠の人生若葉マークさんはなんでこんな実績調整故の底辺魔法使いの集いなんかを尋ねてるのだか」
 勇人は那雪を指して言った。
「そこのは呪いの一族唐津家だよな? だったら気を付けて。唐津家のある人物がある儀式をしたらしいからそれを倒しに〈南の呪術師〉がこの極東の地まで来てるらしいから」
「えらく不明瞭な情報だな。もしかして情報収集も若葉マークかな?」
 那雪はこの状況に呆れていた。そして思わず言葉をこぼす。
「また呪われるかも知れないの、ホントやめてよもう」
 そんな言葉聞きもしないで勇人は立ち上がって立ち去る。その去り際に一つだけ言葉を置いて行ったのであった。
「情報は渡したからお金ちょうだい、育てている子を大学にやるのも一苦労な満明さん」
 勇人がいなくなったのを確認して刹菜は満明に思い切り飛びつき抱きつくのであった。
「満明大好きあぁ、会いたかったよ、何日ぶりかな私寂しくて死んじゃうところだったよ」
「刹菜、俺も愛してるぞ、会えない間何度枕を涙で濡らした事か」
「えっ、何これ一真」
「年の差カップル」
「そのくらいは分かってるわ」
 那雪は物珍しいものでも見ているのかこの2人を奇妙なものを見つめるような目で眺めていた。



 勇人はそれなりの大きさの一軒家の食事台で待っていた。
「勇人……出来た……よ。好き……だよね? ……コーヒー」
「ありがとう鈴香、愛が籠ったいい色だね」
 のんびり話す幼い少女、鈴香は笑顔で勇人にコーヒーを出した。勇人は漂って来るはずの香りを楽しむ仕草をしてコーヒーを口に含む。
「うん、中々の苦味だね」
 その言葉を聞いた鈴香は困惑した表情で勇人に指摘した。
「今回の豆は……キリマンジャロ……なんだけど。……酸味が……強いの」
 勇人は目を丸くして、しかしすぐにいつもの表情に戻す。
「そっか、前から長引いてる風邪が治らないみたいだ」
 そんな嘘も見抜けない鈴香は勇人の頭を撫でて祈るのであった。
「早く……治って。お願い……だから」
「ありがと。ところで鈴香は中学楽しく過ごせてるかな」
「ううん……いつも一人だよ。でも……いいの。……お兄ちゃんが……いるから」
 勇人は頭を掻きながら照れた顔を見せていた。
「お兄ちゃんって呼ぶの恥ずかしいからやめて欲しいな。呼び捨てでいいよ」
「ごめんね……勇人」
 勇人は中学一年生の妹が淹れてくれたコーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。
「ごめんね鈴香。今から出かけるから」
「うん……分かった。……今度は……美味しいコーヒー……淹れるから」
 家を後にして狙いの魔女の元へと向かって夜の闇の中を歩いて行く途中で立ち止まる。その頬を涙が伝った。勇人の悲しみの想いはあまりにも大きかった。いつもコーヒーを淹れてくれる鈴香、かつてはそれを愉しみ堪能していた勇人。しかしもう本当の意味でそんな日が訪れる事などないのだから。勇人は戦いの為の力を使い始めてから幾年重ねたのだろうか、能力の副作用なのか勇人の味覚と嗅覚は薄れて行って今はもうどちらも失われてしまっているのだから。
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