呪う一族の娘は呪われ壊れた家の元住人と共に

焼魚圭

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〈お菓子の魔女〉と呪いの少女

キャサリン・サウスステラ

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 学校が終わって即座に那雪は洋子と共に帰るべく1人で校門へと向かう。校門の隣りで立って待っていた少女は1人で、ただそこにいるだけ。
「お待たせ、洋子ちゃん」
 洋子はとびきりの笑顔を夕空の下で浮かべて那雪の方を見る。
「おつかれ那雪ちゃん」
 そして2人歩き出すのであった。アスファルトの道路は味気ない道を広げていた。洋子は欠伸混じりに歩いていく。
「疲れたぁ。それにしても人と話すの久しぶり」
 そんな言葉をこぼした洋子に対して那雪は素っ頓狂な声を上げる。
「ええ? そんなに可愛いのにクラスのみんなに話しかけられたりしないの」
 洋子は乾いた笑いと共に言葉を紡いでいくのであった。
「ないない、なんだか不気味がられてるみたいで誰も近寄って来ないの」
「……可愛いのに」
「ありがと。その言葉だけで明日も生きて行けるよ」
 洋子は何故だか避けられているようで、しかし本人は全く理由も分からないようだ。
 気が付けば辺りは建物が並ぶ街。那雪は何らかの気配を感じて狭い路地の方を見つめながら歩みを進めて行く。いくつかの建物の隙間が視界の後ろへと流れ行く。流れ行く先に一つ、人がいる隙間を見つけた。その先にいる人物はあの優しそうな顔をした若い男、若葉 勇人であった。
 勇人はその目でこちらへ来るようにと訴えかけていた。それにつられてなのかどうなのか、那雪と洋子は勇人の方へと向かったのであった。



 それは昨日の夜の勇人の家での話。〈お菓子の魔女〉と一戦交えたあとの事。
 年老いた男が勇人に命令を下す。
「勇人! お前に優先して倒すべきターゲットを教えておこう。強力な魔女たちだ。〈西の魔導士〉ヴァレンシア・ウェスト、〈南の呪術師〉キャサリン・サウスステラ、〈北の錬金術士〉エレオノーラ・セヴェロディヌスカ、そして〈東の魔女〉東院 奈々美。この4人だ。全員今日本にいる。コイツらは四方の最上級の魔女、下手すればお前の力を失うかも知れないから見つけ次第倒すのだ」
 勇人はそれに対して頷く事しか出来ないのであった。



 那雪と洋子が近寄って来たところで勇人は口を開く。
「やあ、那雪さん。今日も元気そうで何よりだよ」
「前置きはいいのでどうして私たちを呼んだのか教えていただいていいですか」
 勇人は笑って目的を話す。
「実際に用があるのはそこの小城 洋子さんなんだけど、渡してもらえないかな」
「嫌です」
 即答だった。
 即戦だった。
 勇人は右手を後ろへと引いて勢い良く突き出す。雷撃は洋子を狙ってひび割れのような曲線を描きながら空間を食い破り進み行く。那雪はすぐに言の葉を投じた。
【触れずの呪い】
 洋子へと触れようとしたその雷撃たちは空や地へと散って行った。洋子は何も理解出来ずにただ呆然とした様子で立っていた。
「なるほど、〈お菓子の魔女〉は自分がそうだって自覚していないんだね。なら知らないまま死んだ方が幸せかも知れないよ」
那雪はメガネというレンズ越しでも分かる鋭い眼光を勇人に向けていた。
「さて、次こそ倒すとしよう。〈分散〉」
 腕を引くもそこに稲妻は現れず焦る勇人。腕の先の空間を見つめて那雪の呪いのせいだと理解した。
「なんだ?」
 そして那雪の方を見ようとしたもののそこには那雪も洋子もいなかった。勇人の意識が引いた手に向いたその瞬間、その一瞬を狙って2人は逃げ出したのであった。



 洋子の手を引いて走る那雪。洋子は混乱を表情に出していた。
「ねえさっきの何?」
「説明は後で」
 曲がり角の向こう側へ、そこへ向かうその時目の前に勇人が立っていた。
「逃げてもムダだよ、俺は魔女を狩る」
「洋子ちゃん、逃げて」
 那雪の指示に従って駆け出した洋子。
「狙いは魔女なんだけど、まあいいや。那雪を捕らえれば〈南の呪術師〉をおびき寄せることができる」
「私を撒き餌に使うつもりなら美味しくないから誰もつられないと思うけど」
「まるで刹菜みたいな言葉。まあいいや、まずは倒そう」
 勇人が手を引いたその時、那雪は唱えた。
【私に当てる事は出来ない】
 勇人が手を突き出すと共に暴れる雷は何故だか直線上にいる那雪を避けて通り抜けてしまった。
「呪いの力……面倒だね」
 そして再び手を後ろへ引いたその時、那雪は相手に背を見せ逃げ出した。
「逃げる事しか出来ないのかな」
 再び那雪を追おうと足を踏み出したその時、空からなにかが降って来た。勇人は後ろへと飛び退いた。
「なゆきちの敵は俺の敵だ」
 空から降って来た男はビニール傘を持った人物で那雪の騎士様、前原 一真。
「誰かと思えば那雪の彼氏だね、バトルという名のデートに嫉妬かな」
「斬る!」
 一真は特に考えもなく傘を掲げて勇人に斬りかかる。一方で勇人は慌てる事もなく手を後ろへと引いて突き出すのみ。その動き一つで雷に噛み付かれた一真の傘はただのビニール傘へと戻るのだから。
 一真は傘を一度見て、再び傘に魔法をかけて勇人を睨みつける。
 勇人は余裕の笑みを浮かべて言った。
「良いのかな。なゆきちを守りに行かなくて」
 一真は那雪の気配の周りに禍々しい気配を一つ見て那雪が弱っているのを確認した。
「油断したね、〈分散〉」
 勇人が放つその攻撃は一真の身体へと絡み付いて噛み付いていた。一真は力なく地に倒れる。
「さて、那雪と魔女を探すか」
 那雪が立っている方向、洋子の気配と一つの禍々しい気配、更にとてつもなく凶悪な気配を見つけ、勇人は諦めて帰る事にしたのであった。



 洋子はただ立っていた。那雪は洋子に追いついた。ただ立っている洋子は正面を指していた。洋子の指の先の向こうにいる存在を那雪は見つめる。
 それは幼い少女。褐色の肌に黒い髪、低い背の外国人はこの辺りの中学校のセーラー服を着ていた。
「誰?」
 そう訊ねる那雪に対して幼い少女は日本語で答えた。
「私キャサリン・サウスステラ、〈南の呪術師〉知ってる? 私がその呪術師」
 キャサリンは右手に巻かれた包帯をほどく。
「日本の習字便利ね。痛みなくて術式書ける」
 その手には墨で文字が書かれていた。
「唐津家、呪いの気配違うの『天使の加護』持ってるから?」
「『天使の加護』? 私はそんなの知らない」
 那雪のその言葉の途端にキャサリンの腕に書かれた文字たちが一斉に輝き始めた。
「魔法封じ、魔法使いの武器の魔法使えなくする呪い、最強ね」
 那雪は地に手をついた。身体が重く、息を吸うので精一杯であった。
「あと殺すだけ」
 そう言ってキャサリンは装飾の凝ったナイフを取り出した。そのナイフの禍々しさはまさに生命を奪う気配。キャサリンは那雪の元へと1歩、また1歩、近付いて行く。そしてあと4歩程度のところで大きな禍々しい気配が急速に近付いて来るのを感じた。
 キャサリンは慌てて左手に巻いた包帯をほどく。
 キャサリンの目の前に現れたのは右手に包帯を巻いた年老いた痩せこけた男。
「よお、お前も包帯巻いてたのか。ファッションとして流行らすか?」
 そう言って男、金手 満明は包帯をほどいた。そこには何もない、否、強力な凶悪な気配が見て取れた。それはあまりにも禍々し過ぎて目に映す事すらもはばかられる恐ろしい気配、悪魔そのものの気配であった。
「おっと、お前らにも見えるようにしてやる」
 そう言った瞬間、何本もの触手が絡みついた右腕が見えた。肩には山羊の頭が飾りのように居座っていた。
「昔〈山羊頭の魔神〉を〈分散〉したら喰われちまったんだ、醜いが許せ」
 キャサリンは左手を地につけた。
「そんなの戦わない、逃げる」
 左手に書かれた文字は輝き、それはキャサリンを包み込む。そしてキャサリンの身体を飲み込んで消えたのであった。
「取り敢えずは助かったな」
 満明は右腕に包帯を巻き直して未だに苦しむ那雪を担いで歩き出すのであった。
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