33 / 132
〈お菓子の魔女〉と呪いの少女
それは無理
しおりを挟む
洋子の家のドアは開かれ一真が駆け込んで来た。
「なゆきち!」
その表情はあまりにも見開かれた目と汗だらけの顔によって彩られ、一真の余裕の感じられない声は感情が剥き出しになっていた。
一真は那雪に手を伸ばして肩をつかむ。
「大丈夫か」
それに対して答えたのは那雪ではなく洋子だった。
「問題しかないよ……彼氏さん」
那雪は浅い呼吸を素早く繰り返し、汗と血にまみれた身体と赤い顔は虫の息なのだと語っていた。
「一体何があったんだ」
洋子は俯いて言った。
「多分私が悪いの。昨日の夜那雪ちゃんと男の人が話してたんだけど途中で嫌な事を思い出しちゃってそこから何も覚えてなくて」
「洋子……ちゃんは……な……にも」
「無理に喋らないで、死んじゃうよ」
必死の看病を経ても治る気配すら見せない那雪。そんな那雪は必死で洋子を守るのであった。
「それは……無理、だよ…………洋子ちゃん、は……はぁ、あぁ、なんにも悪い事……して、ない」
「大丈夫、分かったから。俺はなゆきちを信じる。だから今はゆっくり休んで」
そう言って那雪の顔の汗を拭いていく。そんな一真の行動が一通り終わったあと、洋子は一真の手を引いて寝室を出た。
「ホントに信じるの? きっと私」
「なゆきちが言ってるんだ、きっと間違いはない」
一真は言葉を続けた。
「なゆきちがあんなに必死になってまで守ろうとする友だちなんて絶対にいい子に決まってる。そうじゃなくてもきっと何かの間違いだって信じてるから」
洋子は微笑みを浮かべた。
「そっか、那雪ちゃんのこと、ホントに好きなんだね」
一真は親指を立ててはにかんでみせるのであった。
✡
闇が辺りを包み込み、静寂を打ち破る雨が屋根を叩いている夜の事。
洋子は蹲っていた。思い出していく記憶の数々。勇人の使う電撃によって自身の身体が闇へと消えて行くような感覚と痛み、息を切らして歩いて行く姿、その先で見つけた『お菓子』の存在。それだけではない。那雪の首筋に噛み付いて喰らおうとしていた事、そして自身の母を喜びの感情をもって食べていたのだということ。蘇る記憶は本当に自分のものなのだろうか。分からなくても解っていた。どれもこれもが紛れもない本物で洋子は羊子であり、〈お菓子の魔女〉であるのだということ。
脳内に新たに浮かぶ記憶は自身が蓄えていた記憶と混ざり合い、結び付いていく。洋子と羊子、同じ魂に眠りし2つの存在はやがてまとめ上げられて目を覚ます。洋子は手を頭に当てて苦しみ呻いていた。
「ダメ。いやだ、もう誰も食べたくないよ」
そんな願いは叶う事もなく、洋子と羊子は溶け合って1つになろうとしていた。
「那雪ちゃん、私の愛しの『お菓子』ちゃん! 食べたい。愛したい。愛そう、食べよう。ああ、やめて、私……あなたの事が好きなの。食べちゃいたいくらいに」
目の焦点は合わず、口はだらしなく広がっている。この正気を失って見える状態こそが本当の正気。人を食べること、そうしてエネルギーを得る事。それが〈お菓子の魔女〉の本質なのだから。
〈お菓子の魔女〉は歩いていく。那雪が寝ているであろう寝室を目指して。一歩、また一歩、近付いて行く。愛しの『お菓子』を食べるために『お菓子』を取りに行っている。歩く姿はあまりにも美しく、思わず見とれてしまいそうなものであった。
『お菓子』を目指して歩いている〈お菓子の魔女〉の肩を掴む者がいた。その男、一真は予め開けていた窓の向こう側へ、外へと〈お菓子の魔女〉を放り投げてビニール傘を手に走り出した。
「なゆきち!」
その表情はあまりにも見開かれた目と汗だらけの顔によって彩られ、一真の余裕の感じられない声は感情が剥き出しになっていた。
一真は那雪に手を伸ばして肩をつかむ。
「大丈夫か」
それに対して答えたのは那雪ではなく洋子だった。
「問題しかないよ……彼氏さん」
那雪は浅い呼吸を素早く繰り返し、汗と血にまみれた身体と赤い顔は虫の息なのだと語っていた。
「一体何があったんだ」
洋子は俯いて言った。
「多分私が悪いの。昨日の夜那雪ちゃんと男の人が話してたんだけど途中で嫌な事を思い出しちゃってそこから何も覚えてなくて」
「洋子……ちゃんは……な……にも」
「無理に喋らないで、死んじゃうよ」
必死の看病を経ても治る気配すら見せない那雪。そんな那雪は必死で洋子を守るのであった。
「それは……無理、だよ…………洋子ちゃん、は……はぁ、あぁ、なんにも悪い事……して、ない」
「大丈夫、分かったから。俺はなゆきちを信じる。だから今はゆっくり休んで」
そう言って那雪の顔の汗を拭いていく。そんな一真の行動が一通り終わったあと、洋子は一真の手を引いて寝室を出た。
「ホントに信じるの? きっと私」
「なゆきちが言ってるんだ、きっと間違いはない」
一真は言葉を続けた。
「なゆきちがあんなに必死になってまで守ろうとする友だちなんて絶対にいい子に決まってる。そうじゃなくてもきっと何かの間違いだって信じてるから」
洋子は微笑みを浮かべた。
「そっか、那雪ちゃんのこと、ホントに好きなんだね」
一真は親指を立ててはにかんでみせるのであった。
✡
闇が辺りを包み込み、静寂を打ち破る雨が屋根を叩いている夜の事。
洋子は蹲っていた。思い出していく記憶の数々。勇人の使う電撃によって自身の身体が闇へと消えて行くような感覚と痛み、息を切らして歩いて行く姿、その先で見つけた『お菓子』の存在。それだけではない。那雪の首筋に噛み付いて喰らおうとしていた事、そして自身の母を喜びの感情をもって食べていたのだということ。蘇る記憶は本当に自分のものなのだろうか。分からなくても解っていた。どれもこれもが紛れもない本物で洋子は羊子であり、〈お菓子の魔女〉であるのだということ。
脳内に新たに浮かぶ記憶は自身が蓄えていた記憶と混ざり合い、結び付いていく。洋子と羊子、同じ魂に眠りし2つの存在はやがてまとめ上げられて目を覚ます。洋子は手を頭に当てて苦しみ呻いていた。
「ダメ。いやだ、もう誰も食べたくないよ」
そんな願いは叶う事もなく、洋子と羊子は溶け合って1つになろうとしていた。
「那雪ちゃん、私の愛しの『お菓子』ちゃん! 食べたい。愛したい。愛そう、食べよう。ああ、やめて、私……あなたの事が好きなの。食べちゃいたいくらいに」
目の焦点は合わず、口はだらしなく広がっている。この正気を失って見える状態こそが本当の正気。人を食べること、そうしてエネルギーを得る事。それが〈お菓子の魔女〉の本質なのだから。
〈お菓子の魔女〉は歩いていく。那雪が寝ているであろう寝室を目指して。一歩、また一歩、近付いて行く。愛しの『お菓子』を食べるために『お菓子』を取りに行っている。歩く姿はあまりにも美しく、思わず見とれてしまいそうなものであった。
『お菓子』を目指して歩いている〈お菓子の魔女〉の肩を掴む者がいた。その男、一真は予め開けていた窓の向こう側へ、外へと〈お菓子の魔女〉を放り投げてビニール傘を手に走り出した。
0
あなたにおすすめの小説
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる