呪う一族の娘は呪われ壊れた家の元住人と共に

焼魚圭

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〈お菓子の魔女〉と呪いの少女

それは無理

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 洋子の家のドアは開かれ一真が駆け込んで来た。
「なゆきち!」
 その表情はあまりにも見開かれた目と汗だらけの顔によって彩られ、一真の余裕の感じられない声は感情が剥き出しになっていた。
 一真は那雪に手を伸ばして肩をつかむ。
「大丈夫か」
 それに対して答えたのは那雪ではなく洋子だった。
「問題しかないよ……彼氏さん」
 那雪は浅い呼吸を素早く繰り返し、汗と血にまみれた身体と赤い顔は虫の息なのだと語っていた。
「一体何があったんだ」
 洋子は俯いて言った。
「多分私が悪いの。昨日の夜那雪ちゃんと男の人が話してたんだけど途中で嫌な事を思い出しちゃってそこから何も覚えてなくて」
「洋子……ちゃんは……な……にも」
「無理に喋らないで、死んじゃうよ」
 必死の看病を経ても治る気配すら見せない那雪。そんな那雪は必死で洋子を守るのであった。
「それは……無理、だよ…………洋子ちゃん、は……はぁ、あぁ、なんにも悪い事……して、ない」
「大丈夫、分かったから。俺はなゆきちを信じる。だから今はゆっくり休んで」
 そう言って那雪の顔の汗を拭いていく。そんな一真の行動が一通り終わったあと、洋子は一真の手を引いて寝室を出た。
「ホントに信じるの? きっと私」
「なゆきちが言ってるんだ、きっと間違いはない」
 一真は言葉を続けた。
「なゆきちがあんなに必死になってまで守ろうとする友だちなんて絶対にいい子に決まってる。そうじゃなくてもきっと何かの間違いだって信じてるから」
 洋子は微笑みを浮かべた。
「そっか、那雪ちゃんのこと、ホントに好きなんだね」
 一真は親指を立ててはにかんでみせるのであった。



 闇が辺りを包み込み、静寂を打ち破る雨が屋根を叩いている夜の事。
 洋子は蹲っていた。思い出していく記憶の数々。勇人の使う電撃によって自身の身体が闇へと消えて行くような感覚と痛み、息を切らして歩いて行く姿、その先で見つけた『お菓子』の存在。それだけではない。那雪の首筋に噛み付いて喰らおうとしていた事、そして自身の母を喜びの感情をもって食べていたのだということ。蘇る記憶は本当に自分のものなのだろうか。分からなくても解っていた。どれもこれもが紛れもない本物で洋子は羊子であり、〈お菓子の魔女〉であるのだということ。
 脳内に新たに浮かぶ記憶は自身が蓄えていた記憶と混ざり合い、結び付いていく。洋子と羊子、同じ魂に眠りし2つの存在はやがてまとめ上げられて目を覚ます。洋子は手を頭に当てて苦しみ呻いていた。
「ダメ。いやだ、もう誰も食べたくないよ」
 そんな願いは叶う事もなく、洋子と羊子は溶け合って1つになろうとしていた。
「那雪ちゃん、私の愛しの『お菓子』ちゃん! 食べたい。愛したい。愛そう、食べよう。ああ、やめて、私……あなたの事が好きなの。食べちゃいたいくらいに」
 目の焦点は合わず、口はだらしなく広がっている。この正気を失って見える状態こそが本当の正気。人を食べること、そうしてエネルギーを得る事。それが〈お菓子の魔女〉の本質なのだから。
 〈お菓子の魔女〉は歩いていく。那雪が寝ているであろう寝室を目指して。一歩、また一歩、近付いて行く。愛しの『お菓子』を食べるために『お菓子』を取りに行っている。歩く姿はあまりにも美しく、思わず見とれてしまいそうなものであった。
 『お菓子』を目指して歩いている〈お菓子の魔女〉の肩を掴む者がいた。その男、一真は予め開けていた窓の向こう側へ、外へと〈お菓子の魔女〉を放り投げてビニール傘を手に走り出した。
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