上 下
32 / 132
〈お菓子の魔女〉と呪いの少女

魔女の素質

しおりを挟む
 駆け出した〈東の魔女〉東院 奈々美の背中をゆっくりと追う刹菜。家の天井からは屋根を叩く雨の音が響いていた。朝10時頃、刹菜は傘を持ってなどいなかった。
「夕方には止むといいんだが……はあ、私も一真みたいにビニール傘常備して武器に使うガキみたいになるべきだろうか?」
 しかしその口の動きとは裏腹に軽蔑している様子がニヤけた目に混じって見て取れた。
 刹菜はタンスの引き出しを開いて中を探る奈々美の背中を見つめ続ける事しか出来ない。
「何探してんのか。私には分からないけどこれだけは分かる。自分の物も管理出来てないな? まるで言葉が見つからずに考え黙る口下手みたいでみっともないな」
「うるさいわね、必要な物が多過ぎるだけなの。アナタみたいな薄っぺらな言葉しか吐けない薄っぺらな人生を歩んできただけの薄っぺらな身体した薄っぺらな存在と違って」
 刹菜は溜め息をつきながら呆れ交じりに言ってのけるのであった。
「魔女の薬とかのリストなら穴開けてファイルに閉じるだけで相当分かりやすくなると思うんだ、紙なんてアナログ媒体に頼るなら旧世代の知恵やかつての文明の利器たちにも目を向けてやるべき、私みたいに埋もれないように」
 それからの間、必要な薬の材料や製法が書かれた紙を探すこと1時間弱、その間下手に人の部屋の大切な物を弄ることも出来ない刹菜は居間のコタツに置いてあるよもぎ餅を食べながら平日の10時特有の退屈なテレビ番組を観るという暇潰しに励んでいたのだという。



 台所に立つ2人、それはやる気に満ち溢れた魔女とニヤけて締りのない細い少女。解呪の薬を作るこの2人。奈々美は刹菜にひとつ訊ねた。
「そういえばよもぎ餅食べた? 私の自信作なのだけれど」
 そんな言葉を耳にした刹菜は顔を無理やり青ざめさせる。
「なんだって、そんな。魔女が作ったお菓子なんて絶対変な薬入ってるんだるんだ」
「どうして語尾の言葉を2回も言っているのかしら」
「よもぎじゃなくて危ない薬でアガってるからです」
「嘘はお止めなさい」
 刹菜は再びいつもなニヤけ面を浮かべて鍋に張った水にトカゲのしっぽとアジサイの花びらを入れ、鍋を熱し始めた。
 奈々美は沸騰するのを待ちながら刹菜に問いかける。
「知ってるかしら、髪の毛から遺伝子情報が読み取れるってこと」
 刹菜はただ1度頷き返答を始めた。
「もちろん、仰る通り遺伝子情報は読み取れるな。つまり抜け毛は個人情報をばらまいてるのも同然、セキュリティ意識皆無かな」
「言い方が酷いわね、因みに今回は術者の遺伝子と解呪命令に近い反応を利用して呪いを解く薬を作るのよ」
 そこからある話題を切り出す奈々美。踏み込まれたそれはとても重要なことであった。
「アナタたち女の子と男の子の遺伝子の共通にして決定的な違いは分かるかしら、無学な刹菜さん」
「そんなにバカにされて光栄だね、染色体XXが女、染色体XYで男だろう?」
「お分かりなのね、ならアナタたち女の子と私のような〈魔女〉と呼ばれし何者かの違いについても分かるかしら?」
 刹菜は顎に手を当ててただ黙っていた。
「ふふっ、知らなくて当然ね。最近北方の魔女〈北の錬金術士〉が自身の髪の毛や何人かの魔女から共通する女との違いを見つけたらしいわ。魔女はね、性別を決める染色体の片方が通常では有り得ない姿を持っているの」
 刹菜は目を見開いた。
「ん? つまり奈々美は女の機能と姿は持ってるけど女とは別の生き物って事か?」
「そうね。あとこれは男には恐らく起こりえないものだそうよ。Y染色体の代わりにその形を取るそうだから」
 刹菜は思い出したように言った。
「でもさ、魔女狩り一族の若葉は代々男が魔女と同じあの力を使ってるって……」
「それはね、恐らく何かしらの薬を飲んでいると思うの。X染色体から変異したY染色体からは変わり切れない。だとしたらもう片方の残されたX染色体から変異する事になってしまうわ」
 言葉は続いていく。
「じゃあ、人が必ず持っている根本の染色体を失ってしかもそれが変異済みの染色体と結び付く。本来有り得ない反応で無理やり怪物に成り果ててしまった存在は、果たしてそこに残る存在は……人のままでいられるのかしら」
 刹菜は初夏とは思えない寒気を肌で感じたのであった。
しおりを挟む

処理中です...