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〈お菓子の魔女〉と呪いの少女

火は苦手

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 あの場所この街ある家、それは魔女の一軒家。日に照らされた古びた家の姿はあまりにも時代に置いて行かれ過ぎていた。
 そんな雰囲気のある家を訪ねる少女、左肩に纏めた明るめの茶髪を垂らしたあの少女、刹菜は窓から入って来たのであった。
「泥棒かしら? おバカな侵入方法ね、刹菜」
 刹菜はいつものニヤけを浮かべていた。
「泥棒? ただの建造物侵入罪を犯しただけの知り合い女子高生さ」
「美少女高校生だったら歓迎したというのにアナタったら、今すぐ化粧でもしてきなさい」
「イヤだね、そんなめんどくさいこと。それに」
 刹菜のニヤけはますます嫌味たらしくなっていく。
「こんなにニヤけてたら化粧も台無しになるだろ?」
「アホな事言わないで何の用かしら」
「ほら、美少女の髪の毛持って来た」
 そう言って刹菜はあの異邦の美少女中学生の艶のある美しい黒い髪を手渡した。
「何に使うつもりなんだ? 那雪ちゃんから乗り換える気?」
「うるさいバカ」
 刹菜はあの美人からはこれまで聞いた事の無い程の低く冷たい声による怒りを刻み付けられて大いに震え上がる。
「那雪ちゃんは何がどうなろうとも絶対に助けるのよ。アナタには分からないかしら? あの暗そうな感じとか細くて弱そうでメガネの奥底向こう側の瞳の奥に感情を隠していそうなあの愛しいあの子の魅力、あとあの子のぺたんこなお腹から産まれたいしそれから私が育った末には立派なマザコン少女の誕生なのよ」
「語り過ぎ、助けようと思ってたあの子から引かれるよ。私的には実に面白い状況だな」
 刹菜は〈南の呪術士〉の髪を受け取って欲しいとばかりに腕を振る。奈々美はようやくそれを受け取ると、台所へと向かった。
「やれやれ。百合かショタか、あのエロ魔女はマトモな恋愛なんか出来やしないんだ」
 奈々美に続いて台所へと向かう刹菜はその先に驚きの物を発見してしまった。
 古びた家の中、風情ある木々の床や柱、色褪せた棚や染みで汚れた壁、そんな趣きのある景色の中に混ざるたったひとつの違和感。
 それは、ガスコンロの代わりにIHが置いてあるという事実。
「〈東の魔女〉名乗るのやめちゃいな。〈IHの魔女〉か〈エッチの魔女〉にでも改名することをオススメするなぁ」
「火だけはどうしても苦手なの」
 刹菜は驚きの顔からニヤけ面へと急激に変えて語る。
「ねえ知ってる? 火は人類の進化と切っても切れない縁に結ばれた存在なんだ。〈東の魔女〉さんはそれと距離を取ってる。もしかして根源的な何かがムリ系?」
「分からない、どうしても苦手で嫌いなだけで見ただけでも震え上がるのはどうすれば治るのか分からないもの」
 刹菜は顎に指を当てて思考を述べる。
「ショタコンはともかく百合は確か百合サキュバスが先祖だったり、火には浄化作用があるなんて信仰を持った者の血が混ざってたりして、それなら納得いくかもな」
 それは全くもって根拠もないただの考察。奈々美には実の所は何となくだが分かっていた。火が苦手な理由など、自分自身がただ苦手なだけなのだと。トラウマもなければ理屈でもない、単純で純粋な恐怖という名の感情が奈々美に火への苦手意識を与えているのだと。
 そんな2人の会話の後に、奈々美は鍋を取り出し水を入れ始め、しかし何かに気付いたように顔を上げて後ろを振り向き駆け出し何処かへと向かったのであった。
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