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〈お菓子の魔女〉と呪いの少女

ふたつの戦い

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 雨に叩かれながらも太刀筋を見失わぬビニール傘の一撃も〈お菓子の魔女〉が一度足を踏み鳴らす、ただその一度の行為だけで輝きを失い、ドレスの袖を揺らすだけに留まる。一真はもう一度振るも、魔力の流れていないそれは〈お菓子の魔女〉の腕ひとつで防がれてしまう。
「魔女は強いな」
 一真は腕に魔力を集中させ、ビニール傘で〈お菓子の魔女〉の腹を突く。魔女も魔女の踏み鳴らす足元から出る黒い星もビニール傘の方にしか注意が行っていないのか星は傘の周りをなぞるように飛んで消えて行く。防ぎ切れないその突きは魔女を飛ばし、背中から地面に叩き付けられた。
 続いて走り、もう一度突きをお見舞いしようとするも、魔女は口を大きく横に広げて醜い笑みを浮かべる。つま先だけが地を踏み鳴らし、飛ぶ黒い星は一真の手の周りを漂って魔力を吸い上げ白と桃色の金平糖となり〈お菓子の魔女〉の元へと飛んで行く。そうして力の抜けた突きは〈お菓子の魔女〉の腹を再び突くも、魔女は一切痛そうな表情を浮かべない。
「力がそこに巡らない」
 一真はようやく気が付いた。〈お菓子の魔女〉がとても強力な魔女であることに。



 ふたりの戦いを見つめていた黒髪褐色肌の中学生、〈南の呪術師〉キャサリン・サウスステラはやがて動き出す。唐津家の娘を葬るため、刃に赤く神秘的で禍々しい装飾が施されたナイフを手に歩き出す。開いた窓から侵入しようとしたその時、首を掴む固い感触が訪れた。
「よお、魔女。所詮は人の変異体、悪魔には勝てねえよな」
 それは年老いた男、右腕に巻かれた包帯をほどいて悪魔に取り憑かれし腕で人では到底敵わないような力を使う脅威、満明であった。
 満明はキャサリンの首をつかんだまま、腕を上に上げてキャサリンを放り投げた。キャサリンは左腕に巻いた包帯をほどいて以前使った逃走の術を行使しようと試みる。
「遅せぇよ」
 自由落下に身を任せて落ちざるを得ないキャサリンは上に挙げられた満明の腕に貫かれる。その痛みは術式を発動する想いすらも奪い取り、キャサリンは血を吐き咳き込み、身体に走る強烈な痛みを堪能していた。満明は腕を素早く振り下ろしてキャサリンを地に捨てる。
「何あなた強いどうしてそんな強い」
 満明はただ語るのであった。
「両手放しで喜べるハッピーエンドを逃したからに決まってるだろ、右腕見ろよ、文字通りだろ」
「分かった私もそうなるそしたら強くなる」
「知るかよ」
 満明は腕から闇の霧を漂わせてそれらにキャサリンの腕に描かれた墨による文字、術式を食べさせて、キャサリンの持つナイフを握り砕く。
 そしてキャサリン本人は投げ捨てて雨ざらしになるのも構わずにその場を立ち去るのであった。
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