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ホムンクルス計画
〈人形の魔女〉
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学校の帰り、那雪は歩いていた。
後をつけて来る謎の気配、それを気に留めつつ歩いていく。気配の質、そしてそれが色濃く残る場所。那雪は山を目指していた。歩いて行く。進んで行く。明るい空の下では暗い昏い行いなど分かりはしない。
「一真……助けてくれるかな」
その言葉をこぼした那雪、想いと共に痛みが走る。
ー嫉妬なの? 私なんかがイケメンと付き合った嫉妬ー
人の持つ恐ろしい感情、時として人の命をゴミのように踏み潰すその存在。明らかに敵は呪いの使い手で明らかに近くにいる。
敵に迸る感情は人間とは思えないもの、人間こそが持つもの。
那雪は敵の本拠地へと自らの身体を抱きしめる背を曲げながら向かって行った。
✡
それは夜、星々の輝きは夜闇という名の呪いの隙間に現れた祈り。
那雪は気怠い身体を引き摺るように山を登っていた。後をつけている気配は既になくなっていた。山頂への登頂が目的ではない。山の道を通る途中で木々が生い茂っている方へと向きを変える。
そうして歩いていく。奥の方へ、最早正しい道からは確認する事すら出来ないそこで那雪は見てしまった。
周囲の木々に張り付くように打ち付けられた藁人形の群れ。全てに五寸釘が打たれており、その釘に刺されていた人形たちに貼り付けられていた写真、それは全て那雪の顔。
メガネをかけて暗い表情をした少女、眉間に釘を打たれた那雪たちが今そこに立っている那雪の事を睨み付けている。
ーああ、私……私だけが狙われているんだ、なんて虚しいー
この世で最も苦しい嫉妬、この世で最もみっともなく虚しい感情。それが分かっていたところできっと本人には止められない。
那雪が立ち尽くしているところに現れたのは黒髪のおかっぱ少女。
整った顔、つまり美人ではあれども雰囲気は暗い。呪っているという事実、性格、髪型も相まって那雪とよく似ているように錯覚していた。
「どうしてあんなイケメンと歩いてたの?」
あまりにも細々とした枯れ声は疲れた少女を演出していた。
那雪は答える。
「そんなの……運に決まってるじゃない。貴女にでもなり得た、その程度のお話でしょ」
あまりにも投げやりな答えに少女は叫ぶ。
「うるさい! どうしてあなたなんかが! どうして私の王子様と歩いてるの! この泥棒猫が」
顔を歪めながらその手に握る槌を振り上げ、近くの木に付かれて立っている釘を打つ。
打ち付けられた藁人形へとより強く深く刺さる釘。那雪はお腹を抑えて地に手を着きへたり込む。
「たまに学校の近くで歩いてた。いつだっていつだって頼りないあの顔が綺麗で、私がしっかり手を取って一緒に歩いて行こうって! なのになのになのにいつからかあなたの姿を見かけて羨ましくて羨ましくて憎くて殺したくなって何度も何度も釘を刺してそれでも足りなくて!」
那雪は苦痛に顔を歪めつつも笑って見せる。
「その人ね、最初から私を迎えに来ていたの」
口の端から血が零れ、顎を伝う。それでも言葉を紡ぎ続ける。那雪にはそれだけこの哀れな少女に伝えたい言葉があるのだ。
「ふふっ、哀れな人。ほんとうに哀れ。だって、昔同じ事をしてた私にやっているんだもの」
「くたばれっ」
もう一度釘を打つ。
那雪は咳き込み血を吐き、それでも口を噤む事なく言葉を紡ぐ。
「もうやめようよ、昔貴女みたいに人を心の中で呪い続けてた私だから分かってしまうの。そんな事しても、あの人は振り向いてくれないよ」
少女は肩で息をしていた。目の端に涙を浮かべて那雪を睨む瞳も揺らいでいく。
「ほんとうに私にそっくりなんだから。私の妹と違って」
那雪の言葉の事は分からなかったがそれでも想いは伝わっていた。伝わっていたが故に少女はまた叫ぶ。
「あなただけ幸せになって私には不幸しか来ないの! そうでしょ! どうして私に呪われてるあなたが幸せでいて呪ってる私は幸せをもらえないの! そんなのもういやだもう死ね! 全員死んで!」
激しく激昂して槌を振り回し、出鱈目に振り回し続けて釘に当たるも当たらぬも構わぬような様子でとにかく振り回し続ける少女。那雪はそんな少女に近付いて槌を握る手が振り下ろされたその時を狙って手首をつかむ。
「もう……やめようよ。あの人は手に入らなくてもきっと幸せは来るから…………その時を待って苦しみを乗り越えて」
それから少女はただ泣き続けるだけであった。夜闇の静寂を斬り裂いて響く苦しみの声はその少女、〈人形の魔女〉の純粋な感情であった。
後をつけて来る謎の気配、それを気に留めつつ歩いていく。気配の質、そしてそれが色濃く残る場所。那雪は山を目指していた。歩いて行く。進んで行く。明るい空の下では暗い昏い行いなど分かりはしない。
「一真……助けてくれるかな」
その言葉をこぼした那雪、想いと共に痛みが走る。
ー嫉妬なの? 私なんかがイケメンと付き合った嫉妬ー
人の持つ恐ろしい感情、時として人の命をゴミのように踏み潰すその存在。明らかに敵は呪いの使い手で明らかに近くにいる。
敵に迸る感情は人間とは思えないもの、人間こそが持つもの。
那雪は敵の本拠地へと自らの身体を抱きしめる背を曲げながら向かって行った。
✡
それは夜、星々の輝きは夜闇という名の呪いの隙間に現れた祈り。
那雪は気怠い身体を引き摺るように山を登っていた。後をつけている気配は既になくなっていた。山頂への登頂が目的ではない。山の道を通る途中で木々が生い茂っている方へと向きを変える。
そうして歩いていく。奥の方へ、最早正しい道からは確認する事すら出来ないそこで那雪は見てしまった。
周囲の木々に張り付くように打ち付けられた藁人形の群れ。全てに五寸釘が打たれており、その釘に刺されていた人形たちに貼り付けられていた写真、それは全て那雪の顔。
メガネをかけて暗い表情をした少女、眉間に釘を打たれた那雪たちが今そこに立っている那雪の事を睨み付けている。
ーああ、私……私だけが狙われているんだ、なんて虚しいー
この世で最も苦しい嫉妬、この世で最もみっともなく虚しい感情。それが分かっていたところできっと本人には止められない。
那雪が立ち尽くしているところに現れたのは黒髪のおかっぱ少女。
整った顔、つまり美人ではあれども雰囲気は暗い。呪っているという事実、性格、髪型も相まって那雪とよく似ているように錯覚していた。
「どうしてあんなイケメンと歩いてたの?」
あまりにも細々とした枯れ声は疲れた少女を演出していた。
那雪は答える。
「そんなの……運に決まってるじゃない。貴女にでもなり得た、その程度のお話でしょ」
あまりにも投げやりな答えに少女は叫ぶ。
「うるさい! どうしてあなたなんかが! どうして私の王子様と歩いてるの! この泥棒猫が」
顔を歪めながらその手に握る槌を振り上げ、近くの木に付かれて立っている釘を打つ。
打ち付けられた藁人形へとより強く深く刺さる釘。那雪はお腹を抑えて地に手を着きへたり込む。
「たまに学校の近くで歩いてた。いつだっていつだって頼りないあの顔が綺麗で、私がしっかり手を取って一緒に歩いて行こうって! なのになのになのにいつからかあなたの姿を見かけて羨ましくて羨ましくて憎くて殺したくなって何度も何度も釘を刺してそれでも足りなくて!」
那雪は苦痛に顔を歪めつつも笑って見せる。
「その人ね、最初から私を迎えに来ていたの」
口の端から血が零れ、顎を伝う。それでも言葉を紡ぎ続ける。那雪にはそれだけこの哀れな少女に伝えたい言葉があるのだ。
「ふふっ、哀れな人。ほんとうに哀れ。だって、昔同じ事をしてた私にやっているんだもの」
「くたばれっ」
もう一度釘を打つ。
那雪は咳き込み血を吐き、それでも口を噤む事なく言葉を紡ぐ。
「もうやめようよ、昔貴女みたいに人を心の中で呪い続けてた私だから分かってしまうの。そんな事しても、あの人は振り向いてくれないよ」
少女は肩で息をしていた。目の端に涙を浮かべて那雪を睨む瞳も揺らいでいく。
「ほんとうに私にそっくりなんだから。私の妹と違って」
那雪の言葉の事は分からなかったがそれでも想いは伝わっていた。伝わっていたが故に少女はまた叫ぶ。
「あなただけ幸せになって私には不幸しか来ないの! そうでしょ! どうして私に呪われてるあなたが幸せでいて呪ってる私は幸せをもらえないの! そんなのもういやだもう死ね! 全員死んで!」
激しく激昂して槌を振り回し、出鱈目に振り回し続けて釘に当たるも当たらぬも構わぬような様子でとにかく振り回し続ける少女。那雪はそんな少女に近付いて槌を握る手が振り下ろされたその時を狙って手首をつかむ。
「もう……やめようよ。あの人は手に入らなくてもきっと幸せは来るから…………その時を待って苦しみを乗り越えて」
それから少女はただ泣き続けるだけであった。夜闇の静寂を斬り裂いて響く苦しみの声はその少女、〈人形の魔女〉の純粋な感情であった。
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