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風使いと〈斬撃の巫女〉

怜の住まい

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 夜空の下で喚くように輝く電灯たち、街灯やコンビニの明かり、そしてマンションからの生活の光。怜の後ろを着いて行く鈴香はそんな景色たちに見とれていた。
 たまに後ろを向きながら怜は鈴香を睨み付ける。
-遅せぇ、勇人の頼みじゃなけりゃこんなの引き連れねぇよ-
 あまりにも恐ろしい目付きに鈴香は震えて縮こまっていた。
-ビビってやがる。戦いの世界なんざ知らねぇで生きてきたのは間違いねぇな-
 ただでさえ背の低い鈴香。そんな鈴香は景色を眺めながら歩いており、あまりにも遅く怜は煩わしさすら感じていた。
「鈴香っつったか。早く行くぞ、ボサっとしてっと置いてくからな」
 鈴香は何も言わずに相変わらずの遅い歩みで道を進む。
-女とは歩幅を合わせろ、んな事言ってたやつもいたな、クソ後輩が。わざわざ合わせなきゃいけねぇならいなくていいってのオンナなんか-
「なあ、勇人は鈴香になんつってたか。俺の事話してねえだろうな」
 勇人、その名前を耳にした瞬間、鈴香は眩しい笑顔の花を咲かせる。
「勇人は……ね、怜のこと…………優しいって……言って……た」
-会話遅せぇ……-
 途切れ途切れ、しかもあまりにものんびりと話す鈴香に対して流石に呆れていた。
「もっとハッキリ言わねぇとナメられるぜ」
 そんな言葉も動きもなにもかもが遅い鈴香の隣りに並ぶ。怜のすぐ脇を風のように速く通り過ぎて行く車に嫉妬していた。
「車道側…………歩いてくれる……んだね。やっぱり、優しい……ね」
「こんなのあのクソ後輩から躾られただけだ。それ以外はてんでダメで俺のがクソだからな」
 鈴香は優しく微笑んでいた。

 怜は思い出す。高校時代の後輩との会話の数々を。それは帰宅部部長と副部長の烙印を押されていた勇人と怜のふたりの元へと突然歩み寄って来た少女。その少女は突然言ったのであった。
「魔法使い先輩、学校お疲れさま。今日も夜の魔法使いパトロールするんだよね? 私も先輩に着いていきたいな」
 先輩と呼んでくるにも関わらずタメ口で話してくる、そんな女。やたら怜に絡んで来てはよく分からぬ事を吹き込んでくる、そんな女。一旦家に帰ってふたりが私服で待ち合わせているところに巫女服を着てくる、そんな女。

 これから少女を家に入れるともなればきっとまたそんな事を思い出すのであろう。怜はそんな予感と寒気を抑えられずにいた。
 ふと見上げれば立ちそびえる9階建てのマンション。そこが怜の住む場所。魔法使いが経営し、魔法使いが住んでいるマンション。つまり怜もそこに魔法使いという事を示して住み始めたのだ。ただし、当時から強く、オマケに魔法使いによく喧嘩を売る事で知られていたため普通の部屋には住ませてもらえなかった。怜は鈴香を連れてふたつあるエレベーターの内の右側のものに乗る。

 まずは8階へ。

 次に3階へ。

 次に4階。

 すかさず7階。

 そしてちょうど6階と7階の間のところで9階を押す。

 するとエレベーターは上っていく。8階を通り過ぎ、9階をも通り過ぎ、ボタンを見る限りは存在しないはずの10階へ。屋上の出っ張りのように用意されたひとつの建物。恐らく部屋2つ分程の大きさ。マンションの経営者は問題児をひとり離れたところに置く事で対処したつもりのようだった。
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