呪う一族の娘は呪われ壊れた家の元住人と共に

焼魚圭

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風使いと〈斬撃の巫女〉

鈴香の初めて

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 その部屋は怜にとって最低限必要な物しか置かれていないあまりにも人間味の薄い部屋。
 最低限とは如何にして定義されるものなのだろう。そのような曖昧な考え方など人それぞれに異なるであろう。怜の部屋には冷蔵庫と食器棚、ソファ、そして衣服を収納した棚しか置かれていなかった。カーテンすら無い部屋、明るい闇は鈴香の眠りを大いに妨げる事であろう。他の人の家に上がる事など鈴香にとっては初めての事であった。
「なんにも…………ない」
「要らねえからな。高校の時ゲームだのアニメだの流行ってたが俺から言わせりゃ俺の生活自体がバトルアクションだからな」
 その言葉を耳にした鈴香は目を見開いて口を噤む。
-もしかして……私が、思ってる……より…………子ども!?-
 切れ長の鋭い目は鈴香の瞳の奥に潜んだ感情までも見抜くのだろうか、怜の声に棘が混ざる。
「その目、知ってるぜ。気にくわねえ。クソ後輩と同じだ。人をガキと思ってる目だ……クソったれが」


 それはある夜のこと。
 勇人と怜がある魔法使いを追っていた時のこと。
 怜の気分は実に高揚していた。
 敵に風を放ち、引き裂いていく。それに対して背を向けて逃げつつも怜が迫った途端ナイフが飛んできた、そんな魔法の攻撃に怜の肌は裂けて赤く熱い液体を撒き散らしていく。怜は自らの身から出た血すらも風に巻き込んで竜巻を放ち目の前の人間を痛めつけて遊ぶ。
「てめぇ俺に痛めつけられてそんなに楽しいか? あぁ? 立てよ、立ち向かえよ」
 それは最早マンガの中の世界のようで、怜は悪い主人公になったような気分で心が沸き立っていた。
 そんな凶暴な男から逃げる少女。周囲の魔力を練り上げて物質を創り出す〈創造の魔女〉は生きるべく逃げ続ける。
 そんな魔女の目の前に何かが現れた。その目が捉えたのは生きるための希望ではなかった。
 それは、死の絶望。魔女を根絶やしにしようと優しそうな顔をした絶望が歩み寄ってくる。
 優しそうな顔をした絶望の名は若葉 勇人。
「この前鈴香を利用しようとした魔女だね」
 勇人は右手を後ろへと引いた。後ろへと引かれた手は何をつかんでいたのだろうか。引かれた手が先程まであったその空間に紫色の稲妻が集まっていく。
「悪いけどさ、俺は大切な人に危害を加えるような人だけは許せないんだよね……死んでもらえるかな」
 その言葉と共に右手を前に突き出した。稲妻は右手に押し出されて独特な曲線を描き空間を裂きながら、食い荒らしながら進んでいく。空間のひび割れ、それはやがて魔女に噛み付いて肩をこの世界の闇の中へと〈分散〉していった。
 魔女は断末魔の悲鳴を上げながらのたうち回りながら、それでもまだ逃げていく。
「先輩、ここは先輩が仕留めるところじゃないの?」
 堂々とした声が響き、逃げる魔女の前に立ち塞がるのは巫女服を着て刀を持った少女。
「全く、凄く楽しそうにして……怜ったら可愛いイケメンさん」
 巫女服の少女、〈斬撃の巫女〉霧島 菜穂は刀を震わせた。
 ただそれだけの動き。
 ただそれだけのこと。
 それだけで魔女は張り裂けてその生命は絶えたのであった。
 その様を見届けた菜穂は刀を一度振る。
 怜は目を見開いた。目の前には菜穂の姿があったのだから。
「てめぇなんだその力は」
 乱暴な口調で疑問を投げかけられた菜穂は怜の頭を軽く叩いて言った。
「口の利き方を改めて、先輩」
「お前の方こそ先輩って呼ぶくらいなら敬語使え」
「もう、ホントそういうところが可愛いの。先輩とは後ろや右後ろから着いて行くよりも横並びで着いて行きたいの。でもダメよ、お前とかてめぇとか。仲のいい人だけでいいからちゃんと名前で呼ばなきゃ」
 そして菜穂は自らの能力の説明を始める。
「私の力は大抵どんなものでも斬れる力。刀を振るだけで遠くの物でも魔法でも、移動にかかる時間まで斬る事が出来る〈斬撃の巫女〉の力」
 愛おしい視線、そのつもりなのだろう。しかし、怜にとって菜穂の目から滲み出る感情は子どもに対するものとそう変わりないように思えた。


 そんな事を思い出しながら目の前の鈴香を睨みつけていた。鈴香の目は菜穂に似ていた。形や目付き、それは鈴香の方が圧倒的に可愛いなどと言ったような話ではなく、怜を見つめるその目に宿る感情がとても似ているのだ。
「怜……どうした……の? 急に、黙って」
「なんでもねぇよ、鈴香には分からねぇ事だ」
 鈴香の初めての他人の家の訪問、それはあまりにも殺風景な部屋で行われていたのであった。怜の心の内を悟らせない態度と同じ飾りのない部屋、寂しいはずの部屋はなぜだかそこにいて心地よかった。
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