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風使いと〈斬撃の巫女〉

このココアよりも

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 お嬢さまはひとり、招かれざる客人を迎えるべく歩いていた。長く薄暗い廊下はひとりということを強調する。これから始まるものは孤独な戦いなのだ。
 歩いていく、進んでいく、廊下は次第に暗くなっていく。シャンデリアの明かりは頼りなくなっていた。
「あら、管理は徹底しているはずですのに電気の寿命を縮めてお迎えに上がりますものは一体どこのどなた?」
 お嬢さまが立ち止まりシャンデリアを見ていたそこに一筋の鋭い輝きが飛んできた。お嬢さまは顔をズラして回避する。輝きは頬を掠めて飛んで行ってしまった。垂れる血には目も向けずにお嬢さまは光弾をシャンデリアに向かって放つ。
 割れゆくガラス、散りゆく輝き、落ちるシャンデリア。その上にしがみついていたのはひとりの少女。その姿はあまりにも華奢に見えるがお嬢さまはしがみつく腕を凝視して気が付いた。
「そう、よく鍛えられた身体ですわね」
「ああ、そうだろう?」
 少女は人を殺す程に鋭利な視線で睨み付ける。
「魔眼でもお使いのおつもりですか」
「まさか、どう殺そうか、目を凝らして未来を見ているのだ」
 交わる冗談は果たして敵同士が執り行う会話なのだろうか。
 再び飛んで来た銀の輝きの線、お嬢さまはその正体を見抜きながら身体を捻る。ドレスの肩を覆う美しき白は裂けて紅く染まる。
「避け切れたくせに」
 壁に突き立っているナイフを視界の端に捉えてお嬢さまはその手にソーサーとカップを取り出し中に注がれた茶色の液体、湯気を上げるそれは温かなココア。それを口に含み味わいながら余裕の笑みを浮かべる。
「ええ、避け切れましたわ。でも」
 そしてお嬢さまはそのひと言を放つ。
「このココアよりも甘い相手には本気は出しませんもの」
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