魔女に心を奪われて

焼魚圭

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見ている景色

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 奈々美がある研究所からひとりのホムンクルスを攫ってから一週間近くが過ぎたある日のこと。
 朝の日差しは柔らかく、程よい気温の中吹く風は爽やかで、歩道の端にそれぞれが離れ離れに並べられたように植えられた木々が着飾る緑の薄い葉は風に揺れて日差しを受けて透けている。空は掠れたような青に染まっていて、白い模様がゆっくり動いていた。
 十也はそんな空の下、奈々美と共にアスファルトの地を踏みながら歩いていく。特に目的があるわけでもなく、単純に奈々美が一緒に散歩に行きたいと言った、それだけのこと。
 十也は奈々美と手を繋いで歩いていた。足を踏み出す度に踏む道路の固い感触は地についた安心感があって好きであった。繋ぐ手の柔らかで程よく冷たい感触はもっと好きだった。
 奈々美の顔を見上げて十也は思うのであった。
-ボクにとっての太陽は……奈々美だなぁ-
 奈々美は微笑んでいた。その瞳、美しくて色っぽくて大人な瞳、そんな瞳が眺めているのはひとりの少年。そう、十也を眺めていた。
 あまりにも熱い視線で見つめていたためか、十也は顔を背けてしまった。
 十也は奈々美と目を合わせられなかった。その美しい瞳、十也の太陽から注がれた陽光が十也の頬を熱して赤く焼いていく。
 十也がやっとのことで前を見たその時、すれ違うのはリボンのような赤いものがついた白い服を着て紺色のスカートを履いた褐色肌の少女。黒い髪が風に靡いていた。
「セーラー服ね…………どうしたの十也」
 訊ねる奈々美の声すらも入って来ない十也。あの服、セーラーと言うことは水兵が着ていた服なのだろうか。それを身に纏う少女。そう、女の子が着るだけで印象が全く異なるものとなっていた。
-可愛い-
 想うことはそのひと言、そして次に思うこと、それは隣りの美人が着たらどうなるのだろうか。視線で読まれていたのだろうか、奈々美は首を横に振る。
「いけないわ。私にはとてもではないけれども似合わない。もっと大人らしい格好じゃなければいけないもの」
 奈々美は続けた。
「あと、学校に行ってみたいと思わないかしら? 構わないわよ、行きたいなら十也の思う通りにして。それも大人になるために必要なことなのだから」
 優しい瞳と艶やかな声、十也はそのふたつから訊ねられて塞ぎ込もうとしていたはずの正直な言葉が勝手に零れ落ちた。
「学校、行ってみたいよ」
「ええ、分かったわ。近い内にね」
 そう答える奈々美はどこか寂しそうな貌をしていてしかし、とても嬉しそうな貌をしていた。
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