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第二十話 殲滅せよ。

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 数刻の後、オーソル軍はシルビア率いる帝国軍によって壊滅的打撃を受け、敗走した。オーソル軍四万に対して帝国軍は八千と少なく、圧倒的な戦力差にもかかわらず、まさかのオーソル軍側が負けたのである。

 圧勝だと思っていたオーソル軍の老将は目の前の光景をただただ驚くしかない。冷や汗を頬から垂れ流した。

 広大な平原に死屍累々と横たわるオーソルの兵士たち。彼らの血で赤く染まり、まさに地獄絵図とはこのことを言うのだろう。見るも無残な死に方にオーソル軍の老将は丘の上にある陣地から見下ろすことしかできなかった。

「なぜだ……なぜ、こんなことに……」
「……戦いは一瞬で終わりました。たった一人の女によって……」
「ありえぬ……このようなことあってはならぬ」
「しかし、閣下……我が軍の……惨敗であります……」

 隣で部下が膝をついてうなだれる。

 帝国に勝つために、金を使い、兵力を増やし、訓練し、装備を整えた。そして、準備期間の間にも帝国の情報を収集して対策を練った。そして、五年の歳月をかけて、やっとここまできたのだ。それなのにすべてが無に帰した。目の前に広がる光景に幻を見ている気がしてならなかった。

「撤退いたしましよう……」

 副官の言葉により現実に引き戻される。

 だが、もう遅かった。

 丘の下、帝国軍の兵士たちは陣形を組んで盾を構えながらゆっくりとこちらに向かってきていた。その先頭、白い馬に乗る白銀の女性。それをみたオーソル軍の老将は悔しさに声を震わせながら呟く。

「シルビア……」

 オーソル軍の老将―――リゼル=オイゲンは唇をかみしめた。シルビアが手綱を引き、馬の足を止めるとニヤリと笑みを浮かべて、見上げてきた。

「さあ、どうする? まだ戦うか、それとも降伏するか?」
「ふ、ふざけるな! 最初から皆殺しをするつもりの貴様が何を言うか!」

 リゼルは怒号を上げた。シルビアはクスッと笑う。

「さすがはオーソル軍の将軍殿だ。私のことをよく知っているご様子で、嬉しい限りだ」
「ああ、そうだとも。お前がどんな女かはよくわかっているつもりだ」
「では、話が早い」

 シルビアは再び手綱を引いて馬を進ませた。そして、剣を抜いて構えると叫ぶ。

「殲滅せよ! 捕虜はいらん。皆殺しだ!」

 それにシルビアのそばに控えていた部下の一人が困惑する。

「シルビア将軍、それではオーソルの民たちが帝国に対する恨みを買ってしまいます」
「構わん。全員、殺せ」

 部下の言葉に迷うことなく、短く答えた。それに部下は唇を震わせる。

「……将軍は一体、何を考えられておられるのですか?」
「ん? それはだな。強いて言えば力による圧制、恐怖による支配だ」

 その言葉に部下たちは困惑したような表情を見せた。それにお構いなしにシルビアは剣を振り上げる。

「帝国に逆らうものは徹底的に潰す。それが帝国のやり方だ。逆らうものに容赦はいらん。逆らえば殺されるという恐怖を植え付けろ。全軍、突撃!!」

 シルビアの叫びとともに帝国軍の兵士らが丘を駆け上がっていった。



♦♦♦♦♦



 遠く離れた雑木林の薄暗い影の中で枝の上に乗って、帝国の動きを見るようにとロランに言われたカミラが静かに息を殺すようにして、じっと見つめていた。

「ん。あれがシルビアか」

 かなり遠くで普通なら見えないほどだったが、カミラは視力が良いため、しっかりと見ることができた。

「カミラ様」

 カミラの背後から全身黒装束に仮面をつけた人物が現れた。木の葉が揺れ動く。

 カミラは振り向かずに声をかけた。

「どうだった?」
「はっ。シルビアという女、自らを勇者の孫と豪語しているようです」
「勇者の孫?」

 それには思わず、眉を顰めてしまった。

「……本当でしょうか?」

 そう部下が怪訝する。それも無理もない。今、彼女がやっていることは殺戮だ。無抵抗の人間を殺している。女神に選ばれた勇者がそんなことをするはずがなかった。

「ん。聞く話では、詠唱も魔方陣もなしに魔法を発動させることができるんだったよね?」
「はい。別の者が確認したところ、確かに発動しておりました」
「なるほど。それは厄介だね」

 仮面をつけた人物は首を傾げた。

「というと?」
「どうやら本当に勇者の孫なのかもしれないってこと」
「まさか」
「そのまさかさ。魔法使いや魔女は必ず、詠唱をするか、もしくは魔方陣を描くことで、魔法を発動させることができる。これにはかなりの時間を要する。だけど、彼女は一瞬で魔法を発動させている。これは間違いなく、勇者の血筋の力だよ」

 それに仮面の部下が驚きの声を上げる。
 
「まさか?!」
「おそらく、彼女の先祖には勇者がいたんだよ。そして、子孫である彼女もその力を受け継いでいるということだろうね」
「……ということは、我らにとってかなり脅威に……」
「そうかもね。それにどうやらあのシルビアという女、ボクたちの存在に気が付いている様子だよ」

 その言葉に動揺が走る。

「ほ、本当です?!」
「さあ、わからないよ。ただ、なんとなくそう感じるだけ」

 カミラは自然に手が震えていることに気が付いた。それには苦笑いしてしまう。本能が危険だと知らせているのだ。

 カミラの言葉に信じられないという様子だったが、カミラも自分でも信じられなかった。だが、確かに殺気を一瞬感じたのだ。向こうからは見えない距離にいるはずなのに、一瞬だけ目が合ったような、そんな気がして仕方がなかった。

「これ以上の長居は危険かもね。引き上げよう」
「かしこまりました」

 立ち去ろうとしたとき、カミラは忠告する。

「あ、テレポートは使わないほうがいい。魔法感知されてる気がするから」

 その言葉に仮面の男はギョッとした。

「ま、マジですか?」
「ん。マジ。だから、走って帰るしかないね」
「……わかりました」

 二人はその場を後にすると木の枝と枝を凄まじい速さで飛び移り、森の中へと消えていった。
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