我恋歌、君へ。(わがこいうた、きみへ。)

郁一

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第一章

1:告白

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 俺は毎日、ある人に告白をしている。 
「樫部、好きだ。付き合ってくれない?」 
 どうだ。これ以上ないくらいに、わかりやすい直球な告白だろう? 
 ところが同じ教室で、目の前に座っているその人は振り返りもしない。
 当然だ。
 俺の告白は、頭の中だけで行われているんだから。
「はあぁ……」
 教師の声が耳を素通りしていく。
 生まれてはじめて人を好きになった。それだけで授業は上の空。まるで乙女だなんて自分でも苦笑したくなる。
 告白の代わりにため息を吐き出して、好きな人の姿を見たいがために高校へ通う。そんな情けない男が俺、片平響だ。
 何で告白できないのかって?
 理由はいろいろある。真っ先に思いつく理由は、その人が同性だから。
「響がだれかを好きになる日がくるなんて、驚き~ッ!」
「……そこに驚くんだ、神音」
 俺には双子の弟がいる。名前は神の音と書いてカノンと読む。
 同級生を好きだと自覚した俺は、家庭内の態度にも変化があったらしくて、わりと時間を置かずに神音に気づかれてしまった。
 それから神音は俺の唯一の相談相手になっている。
「響はまるで自覚してないね。いい加減に気づいて欲しいな、どんだけ響が不感症なのか」
「不感症って……」
「不満? 鈍感だって言ってもいいよ」
 言い直したところで、誉めてないことは同じだ。
「じゃぁ質問しよう。響が好きな食べ物は?」
「……とくにない」
 食べられない物がない代わりに、特別思い入れのある食べ物もない。
 神音はまだ質問を続ける。
「好きな場所は?」
「……家、かな?」
「趣味は?」
「……昼寝?」
 質問に疑問形で返事する虚しさったらない。
「憧れの人は?」
 ここまで来ると、いい加減言葉に詰まる。
 小学校や中学校の卒業文集とかで、よく質問されることばかりなのに、俺は毎回あいまいにしか答えられない。
「……この質問が、何さ」
 悔しくて問い返せば、神音はいたずらっぽく笑った。
「何にも執着してこなかった、特別を作らない響がようやく何かに興味を持ったってことじゃん。これはもう大事件と言えるでしょう」
「……ちょっとおおげさじゃないの」
「ふふ。まぁ、告白できないってところは、響らしくて安心したけどね」
「安心?」
 神音は口元で笑っただけで、それには答えずに携帯電話をポケットから取り出し操作しながら話した。
「仕方ないなぁ。仮にもこの世に一緒に生まれた相棒なんだから、もっとぼくみたいにしっかりちゃっかりしてくれよ、響くん」
 確かに片割れは俺より強かだ。
 例えば神音がだれかを好きになったとしたら、俺みたいに悩む前に告白するなり、話しかける。
 俺に報告する頃には結果が出ているのが神音だ。
(同じ外見してるのに、やっぱり俺と神音は違うんだよな……嫌ってほどわかってることだけど)
 物心ついてから今まで、片割れとの違いは色々思い知ってきた。例えば神音がさっきの質問をされたなら、はきはきと答えていく。
 好きな食べ物はかに、好きな場所は自宅のトイレ、趣味は写真撮影(自分を撮るのも好きらしい)。
 携帯を見下ろし神音が口を開いた。
「響は覚えているかな。ギタリストの文月のこと」 
「ああ、もちろん」
 神音は名前が示す通りに、音楽の才能に恵まれている。
 国内や海外のピアノコンクールで優勝し、中学生の時にコンサートでプロのオーケストラと共演したこともある。
 将来はピアニストとだれもが思っていたけれど、中学三年でいきなりバンド活動へ路線を変更した。
 文月はそのバンド仲間で、二つ年上の大学生だったはず。
「今度、高校卒業記念ライブをするんだけど、響がぼくの代わりに歌ったらいい」 
 神音があまりにもさらりと言った。ふんふん、と相槌を2回打ってから、俺ははたと気づいた。 
「神音の代わりに歌う……? それが樫部と何の関係があるわけ?」 
 すると神音は操作する指を止めて、舌をリズミカルに鳴らした。 
「響は好きな相手のリサーチが甘すぎるね。だめだよ、相手の好みの把握は、恋愛交渉前の必須事項だろう?」 
 神音はもう一度携帯を操作して、画面を俺に向けた。 
 よく見えるように画面を差し出しながら、神音が告げる。 
「樫部さんはぼくたちのファンなんだよ」 
「……えぇ~っ!!」 
 画面に映っていたのは、愛しい人が件のギタリストと握手している写真だった。
「樫部さん、高校卒業したらアメリカに行っちゃうんでしょ? 生で聴ける最後のチャンスなんだ、ライブにきっと来る。面と向かって言えないなら、大勢の前で歌って、どさくさまぎれに想いを伝えれば? その日の為にぼくがとっておきの曲を作ってあげる」
 さらりと気楽に、何でもないことのように言ってくれた。
「いやいやいや……無理だから」
 俺は両手を振って、断固拒否する。
 生まれてから一度もカラオケに行ったことがなく、人前で歌った経験は小学生の頃に音楽の授業で歌わされたくらい。
 そんな俺が、いきなり観客の前で歌うだなんて無謀すぎるよ。
 神音が首を傾けた。その白い額を黒い前髪が撫でる。
「他にいい考えがあるの?」
 くっきり二重の猫みたいな黒目が、じっと見つめてくる。他の人から見たら俺たちはよく似ているそうだけど、神音の目力は俺にないと思う。
「……ないけど」
 迫力におされて、しどろもどろに答えると、神音はそうでしょうと頷く。
「言えないまま卒業して、さよならになってもいいの?」
「…………」
 好きだと言える勇気もないくせに、会えなくなるのは身を切られるように辛い。
 このまま卒業式がこなければいい、なんて都合のいい願いをくり返しているだけで、どうにかしようと動き出すことを恐れて足踏みしている。
(……俺、本当に情けない……)
 はぁ、とため息をついて項垂れた。
「とりあえず、明日バンド仲間たちと会う約束してるから、響も一緒においでよ。ファミレスでご飯食べるだけだし、ね?」
 肩を落とす俺の背中を叩いて、神音が励ましてくれたけれど、俺は弱々しく笑うしかできなかった。
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