11 / 46
青空(沖田+土方)
しおりを挟む
「土方さん」
背後からかけられた声に、びくっと一瞬だけ緊張する身体。
その僅かな反応からでも、言葉が聞こえなかったはずはないことが丸分かりだったけれど、気付かない振りをしているのだろう土方さんの行動を尊重して、そのまま近付き、頑なに無言を示す背中に自分の背中を合わせ、天を仰いだ。
きっと今、自分とは目を合わせたくないのだろうから。
きっと今、自分ばかりを責めているんだろうから。
手に取るように、土方さんの気持ちが読める。そしてそれは多分、間違っていない。
でなければ、何でもない事のようにいつものように厳しい表情を作って、冷たく言葉を紡いだそのすぐ後に、こんな人気のない廃寺で一人、いるはずがない。
損な性分だな、と思う。
それが土方さんの良いところでもあるけれど、あまりにもそれを貫きすぎるから、見ているこっちが辛い。
こんな日くらい。
みんなと同じように、悲しいなら悲しいと言って、唯一弱みをさらけ出せる近藤さんの傍で、泣いてしまえばいいのに。
きっと近藤さんなら、そんな土方さんの想いを受け止め、一緒に泣いてくれるのに。一緒に悩んでくれるのに。
そしてきっと、一緒に進んでくれるのに。
どうして、一人で抱え込んでしまおうとするんだろう。
どうして、荷物を分け合ってくれないんだろう。
だからいつも無理矢理、荷物を奪いに来なければいけなくなるのだ。
近藤さんには、出来ない事。
受け止めることに慣れている近藤さんは、伸ばされた手を掬い上げる力を持っていても、頑なに拒む手を無理矢理引きずり出す力は持っていないから。
これは、自分の役目だ。
「いいお天気ですねぇ」
天に広がる青空への感想と共に、合わせた背中に体重を預けた。
「重い」
「日向ぼっこには、最適ですね」
文句をそのまま受け流して、預ける体重はそのままに言葉を続ける。
周りにはよく、土方さんと自分との会話は噛み合っていないと指摘を受けるのだけれど、自分ほど土方さんとの「会話」を成り立たせている者は居ないと思う。
こっちに来てから、土方さんは一体どれくらいの「会話」を交わしているだろうか。
くだらない事でいい。いや、くだらない事がいい。
庭の桜が綺麗だとか。雨の匂いが落ち着くとか。真ん丸の月が眩しいとか。
そういう、誰もが日常に呟く様なそんな事が、今の土方さんには必要に思える。
本当の土方さんは、そういう会話こそを好むのを知ってるから。
ふと、遠くを見つめて季節の匂いに浸っている横顔は、悲しみに暮れている。
多摩にいた頃の笑顔を、早く取り戻すといい。
(そうだな……、早く豊玉宗匠が復活するといいのに)
必死に隠そうとするから、ついついからかってしまうけれど、本当は下手くそなあの作品の数々が、自分は結構好きなのだ。
土方さんらしさが素直に滲み出ていて、安心するから。
難しい顔で、だけどやけに楽しそうに句作に没頭している時、鬼の副長は、人間に戻る。
奥底に潜む、優しい菩薩が垣間見える瞬間だ。
「恨んでいるか、俺を」
問いかけというよりは、呟きと言っていい程、力ない言葉。
ただ漏れただけの、確認を必要としないその言葉に、ため息をつく。
勝手に恨んでいる事にされては、たまったものではない。
いい加減、無条件に土方さんを信じている者が、ちゃんと傍にいるのだということに、気付いてくれてもいい頃だ。
きっとそれを言葉にして伝えようとしても、失敗することはわかっているから、土方さんが自分で気付くまで、どうしようもないし、どうするつもりもないけれど。
それでも時々、もどかしくなる。
組の事に関しては、誰よりも冷静な判断と把握が出来るのに、何故自分の事に関してだけは、こんなに疎いのだろう。
「そうして欲しいなら、そうしますけど」
「っ!」
「土方さんは、そうされた方が楽なんでしょう? ならいいですよ、私はそれで」
「……悪ぃ」
決して、後ろは振り向かない。土方さんはきっと今、自分を見て欲しくないだろう。
だから、青い青い空を見上げたまま。
それでもわかる落ち込んだ顔と、いつもは自分に対してめったに紡がない謝罪の言葉を、こんなに素直に発してしまうその心境が。
「辛いのは、私の方なのに……とか、思ってるでしょう?」
「……思ってない」
「そうですか?」
「うるさい」
「そんな風には思ってませんよ。一番辛いのは誰か、私はちゃんと知っています」
「知ったような口、聞いてんじゃ……ねぇよ」
ぽつりぽつりと、一言ずつだけでも、ちゃんと答えが返ってくる事に、鼻水交じりのその声に、ほっとする。
「いい天気ですねぇ」
「……そうだな」
一方的に体重をかけていた背中から、支えあうように重さが移動する。
雲ひとつない青い空は、きっとその頬に伝う雫を乾かし、癒してくれるだろう。
最初から、そうやって泣いてくれればよかった。それだけで、よかったのに。
みんなの恨みを一人で背負って、我慢して、そんな風に誰かが我慢して成り立つものが、すごく脆いものだということに、この人は気付いているんだろうか。
気付いているからこそ、余計に頑張ってしまうのかもしれないけれど。
誰かに命令されること以上に、命令することが本当は嫌いなくせに。
せめて自分だけは、荷物になりませんように。
ずっと荷物を奪い取れる、存在でありますように。
さて、それでは。張り切って、土方歳三を浮上させることにしましょう。
どうやらもう少し「鬼の副長」は必要な様ですから。
みんなにとっても。そして多分、土方さんにとっても。
力、貸してくれますよね?
山南さん。
終
背後からかけられた声に、びくっと一瞬だけ緊張する身体。
その僅かな反応からでも、言葉が聞こえなかったはずはないことが丸分かりだったけれど、気付かない振りをしているのだろう土方さんの行動を尊重して、そのまま近付き、頑なに無言を示す背中に自分の背中を合わせ、天を仰いだ。
きっと今、自分とは目を合わせたくないのだろうから。
きっと今、自分ばかりを責めているんだろうから。
手に取るように、土方さんの気持ちが読める。そしてそれは多分、間違っていない。
でなければ、何でもない事のようにいつものように厳しい表情を作って、冷たく言葉を紡いだそのすぐ後に、こんな人気のない廃寺で一人、いるはずがない。
損な性分だな、と思う。
それが土方さんの良いところでもあるけれど、あまりにもそれを貫きすぎるから、見ているこっちが辛い。
こんな日くらい。
みんなと同じように、悲しいなら悲しいと言って、唯一弱みをさらけ出せる近藤さんの傍で、泣いてしまえばいいのに。
きっと近藤さんなら、そんな土方さんの想いを受け止め、一緒に泣いてくれるのに。一緒に悩んでくれるのに。
そしてきっと、一緒に進んでくれるのに。
どうして、一人で抱え込んでしまおうとするんだろう。
どうして、荷物を分け合ってくれないんだろう。
だからいつも無理矢理、荷物を奪いに来なければいけなくなるのだ。
近藤さんには、出来ない事。
受け止めることに慣れている近藤さんは、伸ばされた手を掬い上げる力を持っていても、頑なに拒む手を無理矢理引きずり出す力は持っていないから。
これは、自分の役目だ。
「いいお天気ですねぇ」
天に広がる青空への感想と共に、合わせた背中に体重を預けた。
「重い」
「日向ぼっこには、最適ですね」
文句をそのまま受け流して、預ける体重はそのままに言葉を続ける。
周りにはよく、土方さんと自分との会話は噛み合っていないと指摘を受けるのだけれど、自分ほど土方さんとの「会話」を成り立たせている者は居ないと思う。
こっちに来てから、土方さんは一体どれくらいの「会話」を交わしているだろうか。
くだらない事でいい。いや、くだらない事がいい。
庭の桜が綺麗だとか。雨の匂いが落ち着くとか。真ん丸の月が眩しいとか。
そういう、誰もが日常に呟く様なそんな事が、今の土方さんには必要に思える。
本当の土方さんは、そういう会話こそを好むのを知ってるから。
ふと、遠くを見つめて季節の匂いに浸っている横顔は、悲しみに暮れている。
多摩にいた頃の笑顔を、早く取り戻すといい。
(そうだな……、早く豊玉宗匠が復活するといいのに)
必死に隠そうとするから、ついついからかってしまうけれど、本当は下手くそなあの作品の数々が、自分は結構好きなのだ。
土方さんらしさが素直に滲み出ていて、安心するから。
難しい顔で、だけどやけに楽しそうに句作に没頭している時、鬼の副長は、人間に戻る。
奥底に潜む、優しい菩薩が垣間見える瞬間だ。
「恨んでいるか、俺を」
問いかけというよりは、呟きと言っていい程、力ない言葉。
ただ漏れただけの、確認を必要としないその言葉に、ため息をつく。
勝手に恨んでいる事にされては、たまったものではない。
いい加減、無条件に土方さんを信じている者が、ちゃんと傍にいるのだということに、気付いてくれてもいい頃だ。
きっとそれを言葉にして伝えようとしても、失敗することはわかっているから、土方さんが自分で気付くまで、どうしようもないし、どうするつもりもないけれど。
それでも時々、もどかしくなる。
組の事に関しては、誰よりも冷静な判断と把握が出来るのに、何故自分の事に関してだけは、こんなに疎いのだろう。
「そうして欲しいなら、そうしますけど」
「っ!」
「土方さんは、そうされた方が楽なんでしょう? ならいいですよ、私はそれで」
「……悪ぃ」
決して、後ろは振り向かない。土方さんはきっと今、自分を見て欲しくないだろう。
だから、青い青い空を見上げたまま。
それでもわかる落ち込んだ顔と、いつもは自分に対してめったに紡がない謝罪の言葉を、こんなに素直に発してしまうその心境が。
「辛いのは、私の方なのに……とか、思ってるでしょう?」
「……思ってない」
「そうですか?」
「うるさい」
「そんな風には思ってませんよ。一番辛いのは誰か、私はちゃんと知っています」
「知ったような口、聞いてんじゃ……ねぇよ」
ぽつりぽつりと、一言ずつだけでも、ちゃんと答えが返ってくる事に、鼻水交じりのその声に、ほっとする。
「いい天気ですねぇ」
「……そうだな」
一方的に体重をかけていた背中から、支えあうように重さが移動する。
雲ひとつない青い空は、きっとその頬に伝う雫を乾かし、癒してくれるだろう。
最初から、そうやって泣いてくれればよかった。それだけで、よかったのに。
みんなの恨みを一人で背負って、我慢して、そんな風に誰かが我慢して成り立つものが、すごく脆いものだということに、この人は気付いているんだろうか。
気付いているからこそ、余計に頑張ってしまうのかもしれないけれど。
誰かに命令されること以上に、命令することが本当は嫌いなくせに。
せめて自分だけは、荷物になりませんように。
ずっと荷物を奪い取れる、存在でありますように。
さて、それでは。張り切って、土方歳三を浮上させることにしましょう。
どうやらもう少し「鬼の副長」は必要な様ですから。
みんなにとっても。そして多分、土方さんにとっても。
力、貸してくれますよね?
山南さん。
終
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる