10 / 46
帰る場所(斎藤+沖田+土方)
しおりを挟む
「いつも、すまない」
不謹慎かもしれないが、俺はこの人のこういった顔が、結構気に入っている。
本当はとても優しいのに、だけど組の為には本当の自分でいられなくて、非常な鬼の役割を必死で演じている。
無表情で冷静な仮面の底に、ほんの少しだけ隠れ見える、泣きそうになるのを懸命に耐えるような、悔しそうな、申し訳なさそうな。
代われるのなら自分がやりたい。そう、言い出してしまいそうな顔。
命を下した後、ほんの少しらしくなく俯いて、こぼされたその言葉は、きっと俺だけに与えられた特権だ。
「いえ」
「頼んだ」
「では、失礼します」
「そんな顔、しなくてもいいんです」そう言って、年上のこの人の頭を撫ぜてしまいたくなる衝動を抑えて、一礼し部屋を出る。
誰からも恐れられる、新撰組の鬼副長。
そんな二つ名を持つ年上の男を、可愛いと思ってしまう瞬間が来るとは思わなかった。
苦笑して障子を閉め、歩き出そうとした途端。目の前に、全開の笑顔が広がる。
予想もしていなかった存在にその近さに、思わず一歩後退り、無意識のうちに手が刀にかかった。
気配に気付かない程、浮かれていたとでも言うのだろうか。
自分の不覚さに腹立ちを覚えつつ、病人にしておくにはもったいなさ過ぎる、目の前の存在と向き合う。
笑顔を崩さないその顔を見て、ため息をつきながら、刀から手を離した。
殺気を放っているわけでもなく、ただ微笑んでいるだけの男に対して、どうしてこんなにもこの身体は、怯える様な反応を取ってしまうのだろう。
「お疲れ様です、斎藤さん」
「沖田さん……寝ていなくていいんですか」
「寝てばかりでは、溶けてしまいますよ。大丈夫、今日はずいぶん調子がいいんです」
「そうですか」
「ふふ、斎藤さんのそういうところ。好きですよ」
「意味がわかりません」
「みんな私が出歩いていると、部屋に戻れ。としか言ってくれませんからね」
「俺も、そう思ってますが?」
「でも、言わないでしょう」
「沖田さんに、俺の言葉が通じるとは思えませんから」
「ひどいなぁ。そんな事ないですよ、ちゃんと通じてますって」
「では……」
「あ、でも。部屋に戻れ、はお聞きできません」
「…………」
「お気遣いには、感謝しますよ」
俺がこの男に、口で勝てるはずもない。
そしてなにより、ずっと寝てばかりいたくないというその気持ちは、わからない訳ではなかったから。
再びのため息と共に、話題を変えることにした。
「副長に、御用ですか」
「そういうつもりじゃなかったんですけど。斎藤さんを見ちゃったので、用が出来ました」
「どういう事です?」
「深い意味はありませんよ」
「そうは思えません」
「本当ですよ。でもそうですね、ひとつだけ言うなら」
沖田さんは一度そこで言葉を切って、唇を俺の耳元に寄せる。
先程までの茶化したものとは、全く違う、真剣な言葉。
だからこそ、胸の奥深くに響いた。叶えなければならない、願いだと思った。
すぐに元に戻った笑顔で、俺が閉めたばかりの副長の部屋へと続く障子を、伺いも入れずに開け放ち、飛び込んでいく沖田さんの後ろ姿を見送って、ゆっくりと足を踏み出す。
「君が賛同してくれれば、これほど頼もしいことはない」
新撰組参謀、伊東甲子太郎。
この肩書きは、後ほんの少しで違うものに変わるのだろう。
本当に嬉しそうに、俺を迎え入れてくれるこの人が、悪い人だとは思わない。
理想もあるし、間違ったことも言っていない。
少々強引なところもあるが、夢へと向かうその力に惹かれる事などない、と言えば嘘になる。
副長が心配するほど、無茶な事をしでかしそうな人物には思えないが、これから先もずっとそうであると言えない事も、理解はしている。
だから、俺は俺の仕事をするだけだ。
今までも、これからも。
「よろしくお願い申し上げます」
「そんなに堅苦しい言葉はよしてくれ、我等は同志なのだから」
「は……」
これからの未来に馳せる熱い視線と、力強く肩に置かれた両手に、副長の勘が今回ばかりは外れて欲しいと、そう願わずにいられない。
けれど、その願いとは裏腹に予感もする。
遠くない未来、この人の手を振り解く日が来ることを。
『土方さんを、よろしくお願いします』
その一言に込められた重さを、俺は知っている。
消え行く灯火。明るく足元を照らすその光を失った時、あの人を支えてあげられる存在は、多くはない。
代わりの光は、容易く見つかるとも思えないし、自分がその光になれるはずがない事も、わかっているけれど。
副長からあの表情を引き出せる存在であるという事は、蝋燭の欠片位にはなれるだろうか。
それでも、俺ではあんな風に障子を開け放つことはできない。
『大丈夫。わかっていますよ』
そうやって沖田さんと同じように、笑って言える日が来るまでは。
一人で抱え込んでいる荷物を、そっと自然に軽くしてあげられる日が来るまでは。
どうかその火を、消さないでいて欲しい。そう、切に思う。
苦々しい表情で立つ副長の隣、今日も相変わらず言うことを聞かず、無理矢理起きてきたらしく寝巻き姿のまま、微笑む視線と自分のそれが絡み合う。
わかっていると視線だけで返事を返して、そのまま副長へと視線を移し、誰にも気づかれないように頷く。
副長が、同じように小さく頷きを返して────。
「いってらっしゃい」
沖田さんのその声によって、一瞬俺と副長の間に流れた違和感が、完全に打ち消された。
何も知らない振りをして、屯所を出て行く一行を子供のように見送る無邪気な笑顔。
本当の一番の策士は、副長ではなくこの男かもしれない。そんな風に思いながら、見送る同志達に背を向け歩き出す。
大丈夫、うまくやれる。
俺の帰る場所は、決まっているのだから……。
終
不謹慎かもしれないが、俺はこの人のこういった顔が、結構気に入っている。
本当はとても優しいのに、だけど組の為には本当の自分でいられなくて、非常な鬼の役割を必死で演じている。
無表情で冷静な仮面の底に、ほんの少しだけ隠れ見える、泣きそうになるのを懸命に耐えるような、悔しそうな、申し訳なさそうな。
代われるのなら自分がやりたい。そう、言い出してしまいそうな顔。
命を下した後、ほんの少しらしくなく俯いて、こぼされたその言葉は、きっと俺だけに与えられた特権だ。
「いえ」
「頼んだ」
「では、失礼します」
「そんな顔、しなくてもいいんです」そう言って、年上のこの人の頭を撫ぜてしまいたくなる衝動を抑えて、一礼し部屋を出る。
誰からも恐れられる、新撰組の鬼副長。
そんな二つ名を持つ年上の男を、可愛いと思ってしまう瞬間が来るとは思わなかった。
苦笑して障子を閉め、歩き出そうとした途端。目の前に、全開の笑顔が広がる。
予想もしていなかった存在にその近さに、思わず一歩後退り、無意識のうちに手が刀にかかった。
気配に気付かない程、浮かれていたとでも言うのだろうか。
自分の不覚さに腹立ちを覚えつつ、病人にしておくにはもったいなさ過ぎる、目の前の存在と向き合う。
笑顔を崩さないその顔を見て、ため息をつきながら、刀から手を離した。
殺気を放っているわけでもなく、ただ微笑んでいるだけの男に対して、どうしてこんなにもこの身体は、怯える様な反応を取ってしまうのだろう。
「お疲れ様です、斎藤さん」
「沖田さん……寝ていなくていいんですか」
「寝てばかりでは、溶けてしまいますよ。大丈夫、今日はずいぶん調子がいいんです」
「そうですか」
「ふふ、斎藤さんのそういうところ。好きですよ」
「意味がわかりません」
「みんな私が出歩いていると、部屋に戻れ。としか言ってくれませんからね」
「俺も、そう思ってますが?」
「でも、言わないでしょう」
「沖田さんに、俺の言葉が通じるとは思えませんから」
「ひどいなぁ。そんな事ないですよ、ちゃんと通じてますって」
「では……」
「あ、でも。部屋に戻れ、はお聞きできません」
「…………」
「お気遣いには、感謝しますよ」
俺がこの男に、口で勝てるはずもない。
そしてなにより、ずっと寝てばかりいたくないというその気持ちは、わからない訳ではなかったから。
再びのため息と共に、話題を変えることにした。
「副長に、御用ですか」
「そういうつもりじゃなかったんですけど。斎藤さんを見ちゃったので、用が出来ました」
「どういう事です?」
「深い意味はありませんよ」
「そうは思えません」
「本当ですよ。でもそうですね、ひとつだけ言うなら」
沖田さんは一度そこで言葉を切って、唇を俺の耳元に寄せる。
先程までの茶化したものとは、全く違う、真剣な言葉。
だからこそ、胸の奥深くに響いた。叶えなければならない、願いだと思った。
すぐに元に戻った笑顔で、俺が閉めたばかりの副長の部屋へと続く障子を、伺いも入れずに開け放ち、飛び込んでいく沖田さんの後ろ姿を見送って、ゆっくりと足を踏み出す。
「君が賛同してくれれば、これほど頼もしいことはない」
新撰組参謀、伊東甲子太郎。
この肩書きは、後ほんの少しで違うものに変わるのだろう。
本当に嬉しそうに、俺を迎え入れてくれるこの人が、悪い人だとは思わない。
理想もあるし、間違ったことも言っていない。
少々強引なところもあるが、夢へと向かうその力に惹かれる事などない、と言えば嘘になる。
副長が心配するほど、無茶な事をしでかしそうな人物には思えないが、これから先もずっとそうであると言えない事も、理解はしている。
だから、俺は俺の仕事をするだけだ。
今までも、これからも。
「よろしくお願い申し上げます」
「そんなに堅苦しい言葉はよしてくれ、我等は同志なのだから」
「は……」
これからの未来に馳せる熱い視線と、力強く肩に置かれた両手に、副長の勘が今回ばかりは外れて欲しいと、そう願わずにいられない。
けれど、その願いとは裏腹に予感もする。
遠くない未来、この人の手を振り解く日が来ることを。
『土方さんを、よろしくお願いします』
その一言に込められた重さを、俺は知っている。
消え行く灯火。明るく足元を照らすその光を失った時、あの人を支えてあげられる存在は、多くはない。
代わりの光は、容易く見つかるとも思えないし、自分がその光になれるはずがない事も、わかっているけれど。
副長からあの表情を引き出せる存在であるという事は、蝋燭の欠片位にはなれるだろうか。
それでも、俺ではあんな風に障子を開け放つことはできない。
『大丈夫。わかっていますよ』
そうやって沖田さんと同じように、笑って言える日が来るまでは。
一人で抱え込んでいる荷物を、そっと自然に軽くしてあげられる日が来るまでは。
どうかその火を、消さないでいて欲しい。そう、切に思う。
苦々しい表情で立つ副長の隣、今日も相変わらず言うことを聞かず、無理矢理起きてきたらしく寝巻き姿のまま、微笑む視線と自分のそれが絡み合う。
わかっていると視線だけで返事を返して、そのまま副長へと視線を移し、誰にも気づかれないように頷く。
副長が、同じように小さく頷きを返して────。
「いってらっしゃい」
沖田さんのその声によって、一瞬俺と副長の間に流れた違和感が、完全に打ち消された。
何も知らない振りをして、屯所を出て行く一行を子供のように見送る無邪気な笑顔。
本当の一番の策士は、副長ではなくこの男かもしれない。そんな風に思いながら、見送る同志達に背を向け歩き出す。
大丈夫、うまくやれる。
俺の帰る場所は、決まっているのだから……。
終
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
古書館に眠る手記
猫戸針子
歴史・時代
革命前夜、帝室図書館の地下で、一人の官僚は“禁書”を守ろうとしていた。
十九世紀オーストリア、静寂を破ったのは一冊の古手記。
そこに記されたのは、遠い宮廷と一人の王女の物語。
寓話のように綴られたその記録は、やがて現実の思想へとつながってゆく。
“読む者の想像が物語を完成させる”記録文学。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる