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救うべきは誰か
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ナティスは成長するに従って、ヴァルターの補佐の仕事を覚えながら、視察の同行以外にも時々孤児院に出向くようになった。
リファナや森の魔族達から学んだ薬草の知識を生かせば、癒しの力を一日中使っている聖女の負担を、少しでも減せるのではと考えたからだ。
軽い怪我や熱程度なら、聖女の力に頼らなくてもすむように治療薬を作って持って行く。
ナティスの作る治療薬が、単なる聖女の負担減だけではなく、商売にもなると確信した商人達がこぞって製法を知りたがった時は、商売人のたくましさに驚いたものだ。
領主であるヴァルターと知識を教えてくれたリファナのの許可を得て、とうとう今ではこのハイドンには薬草や治療薬を売る店が出来るまでになった。
流石に町の外や森へ薬草を採りに行くことは出来ない状況なので、町外れの畑などで新たに薬草の栽培も始まっている。
聖女の力だけに頼らず、こうやって少しずつでも、知識を使って怪我や病気を治癒出来る様になれば、いつか聖女の癒しの力と同じ位の効果が見込める薬が出来る日も来るだろう。
そうなれば、きっともっと沢山の人が、助かる未来が来るかも知れない。
万能である聖女の癒しの力と、全く同じレベルまで到達するのは、決して簡単なことではないし時間もかかる。
けれど、一人の女性に全ての重圧や犠牲を負わせて成り立つ世界が続くよりは、少しでも足掻く事で、自分たちで出来ることを向上させて行く意味はあるはずだ。
ハイドンの人々がまだ若いナティスに対して教えを請うてくれたのは、何より聖女一人に負担をかけてばかりだという現実を、問題だと感じられる思考の持ち主が多かった事も大きい。
そしてその思いを抱かせたのは、やはり献身的にみんなを救おうとする、聖女の人柄のおかげに他ならない。
だからこそ、聖女を道具の様にしか見ていない大修道院に、彼女を奪わせる訳にはいかなかった。
ナティスと初めて出会った時には二十五を過ぎていた聖女は、今年既に四十歳を迎えており、恐らくハイドンよりも劣悪な環境にある中央の都市にあり、搾取されるだけだとわかっている大修道院という場所へ、行かせたくはない。
年を重ねた聖女は、魔王への生贄として不当だと判断される可能性も高い。
だが聖女を魔王に捧げる事を止めて、そのまま大修道院に籍を置く事になったとしても、心優しい聖女はハイドンで働いていた時と同じように自分の意思で癒しの力を使いたいと訴える事だろう。
そうなると知識も経験も重ねた、本来であれば優秀でより多くの人々の為になるはずの今代の聖女は、大修道院からすれば都合良く思い通りに動かせず、権力の象徴として使いづらいと判断されていまうかもしれない。
もし大神官から疎ましがられて、大修道院の駒の一つとして使えない聖女ならば不必要と、判断されてしまったら……。
今までの歴代聖女は、大修道院側からすれば扱いやすい何も知らない若い娘が選ばれる事が多かったという事実が後押しする可能性もある。
最悪の場合、次代の聖女の誕生させる為に、殺されてしまわないとも限らない。
普通は神に仕える者の辿り着く考え方ではないが、ティアの前例があるので、それは楽観視は出来ない不安材料だ。
だからナティスは、いくら大修道院からの使者がやって来たとしても、ハイドンから聖女を連れ出すべきではないと思っている。
それは、領主であるヴァルターとの考えとも一致していた。
ヴァルターはどうにか聖女はいないという方向で誤魔化して、大修道院からの使者を追い返す方法を、ずっと探っていたのも知っている。
だがこの闇に覆われた世界で、わざわざ催促状ではなく危険を冒してまで、使者がこの最西の辺境地であるハイドンまでやってくると言うことは、何かしらの確信を持っているのだろうことも想像に難くない。
いざとなれば、ハイドンに住む領民達の協力は得られるだろう。
だが絶対に誤魔化しきれるという保証はどこにもなかった。
ならば、どうすればいいか。
(ハイドンにとって、聖女にとって、ここに住まう人々にとって、害となる可能性のある人間を、聖女の代わりに差し出せばいい)
今のナティスには、リファナに教えて貰った薬草の知識が豊富にある。
ヴァルターの補佐の傍ら癒しの力とはいかないまでも、これまで聖女の手伝いで人々の怪我や病気を治す手伝いはずっと続けて来た。
聖女として人々の役に立ったことはなかったけれど、癒しの力を保持していたティアとしての記憶もあるし、今代聖女が力を使う場面も沢山見てきた体験もある。
証拠として癒しの力を見せてみろと言われたとしても、周りの協力があれば何とか力を使う振りをして、使者を騙すことが出来る可能性は高い。
そして何より、今は髪を染めて人々に紛れて暮らしているが、ナティスは元々大修道院に追われていたピンクブロンドの乙女だ。
魔王の生け贄とするには心許ないと判断されかねない四十歳を迎える本物の聖女よりも、例え偽物だとバレたとしてもピンクブロンドの髪を持つナティスを聖女として迎え入れる方が、大修道院側も都合が良いはずだ。
理想としては変わっていて欲しい気持ちが大きいけれど、もし大修道院の体制が何も変わっていないとしたら、むしろ積極的に騙されてくれる可能性だってある。
そして何よりも、両親が死を持って追っ手を振り切ったあの後、大修道院がナティスの存在についてどういう判断をしたのかが、今も分かっていない。
追っ手にはあの森の中に逃げ込んだところまでは見られているから、ハイドンに匿われているという考えに至ることもあるだろう。
ただでさえハイドンは大修道院から目を付けられている。
この状況で、ずっとこのままナティスと言うリスクを抱え続けたままでいる事は、ハイドンにとって良くないことは明らかだ。
だからここで聖女の代わりにナティスを差し出す事は、ハイドンにとって悪いことじゃない。
(本物の聖女より、私が大修道院へ行った方が、ハイドンの為にもなる)
その考えに辿り着くのに時間はかからなかった。
ナティスは元々ハイドンの民ではないし、本来ならばこんなにも堂々と町中に出られる立場でもない。
ヴァルターの好意に甘えて十五年間も匿って貰って、良くしてくれる人々に髪の色を偽って、友人であるリファナの事を誰にも言えなくて、大切なロイトの魔石の力を封印して。
色んな事を偽り続けたまま、この穏やかで幸せな生活がずっと続くなんて、最初から思ってはいない。
けれどもし、この日常が壊れる時が来るのならば、せめてその時はナティスに優しくしてくれた、ハイドンや森に住む皆を守る為に壊したい。
ナティスがその考えに行き着くのは、ごく自然な流れだった。
リファナや森の魔族達から学んだ薬草の知識を生かせば、癒しの力を一日中使っている聖女の負担を、少しでも減せるのではと考えたからだ。
軽い怪我や熱程度なら、聖女の力に頼らなくてもすむように治療薬を作って持って行く。
ナティスの作る治療薬が、単なる聖女の負担減だけではなく、商売にもなると確信した商人達がこぞって製法を知りたがった時は、商売人のたくましさに驚いたものだ。
領主であるヴァルターと知識を教えてくれたリファナのの許可を得て、とうとう今ではこのハイドンには薬草や治療薬を売る店が出来るまでになった。
流石に町の外や森へ薬草を採りに行くことは出来ない状況なので、町外れの畑などで新たに薬草の栽培も始まっている。
聖女の力だけに頼らず、こうやって少しずつでも、知識を使って怪我や病気を治癒出来る様になれば、いつか聖女の癒しの力と同じ位の効果が見込める薬が出来る日も来るだろう。
そうなれば、きっともっと沢山の人が、助かる未来が来るかも知れない。
万能である聖女の癒しの力と、全く同じレベルまで到達するのは、決して簡単なことではないし時間もかかる。
けれど、一人の女性に全ての重圧や犠牲を負わせて成り立つ世界が続くよりは、少しでも足掻く事で、自分たちで出来ることを向上させて行く意味はあるはずだ。
ハイドンの人々がまだ若いナティスに対して教えを請うてくれたのは、何より聖女一人に負担をかけてばかりだという現実を、問題だと感じられる思考の持ち主が多かった事も大きい。
そしてその思いを抱かせたのは、やはり献身的にみんなを救おうとする、聖女の人柄のおかげに他ならない。
だからこそ、聖女を道具の様にしか見ていない大修道院に、彼女を奪わせる訳にはいかなかった。
ナティスと初めて出会った時には二十五を過ぎていた聖女は、今年既に四十歳を迎えており、恐らくハイドンよりも劣悪な環境にある中央の都市にあり、搾取されるだけだとわかっている大修道院という場所へ、行かせたくはない。
年を重ねた聖女は、魔王への生贄として不当だと判断される可能性も高い。
だが聖女を魔王に捧げる事を止めて、そのまま大修道院に籍を置く事になったとしても、心優しい聖女はハイドンで働いていた時と同じように自分の意思で癒しの力を使いたいと訴える事だろう。
そうなると知識も経験も重ねた、本来であれば優秀でより多くの人々の為になるはずの今代の聖女は、大修道院からすれば都合良く思い通りに動かせず、権力の象徴として使いづらいと判断されていまうかもしれない。
もし大神官から疎ましがられて、大修道院の駒の一つとして使えない聖女ならば不必要と、判断されてしまったら……。
今までの歴代聖女は、大修道院側からすれば扱いやすい何も知らない若い娘が選ばれる事が多かったという事実が後押しする可能性もある。
最悪の場合、次代の聖女の誕生させる為に、殺されてしまわないとも限らない。
普通は神に仕える者の辿り着く考え方ではないが、ティアの前例があるので、それは楽観視は出来ない不安材料だ。
だからナティスは、いくら大修道院からの使者がやって来たとしても、ハイドンから聖女を連れ出すべきではないと思っている。
それは、領主であるヴァルターとの考えとも一致していた。
ヴァルターはどうにか聖女はいないという方向で誤魔化して、大修道院からの使者を追い返す方法を、ずっと探っていたのも知っている。
だがこの闇に覆われた世界で、わざわざ催促状ではなく危険を冒してまで、使者がこの最西の辺境地であるハイドンまでやってくると言うことは、何かしらの確信を持っているのだろうことも想像に難くない。
いざとなれば、ハイドンに住む領民達の協力は得られるだろう。
だが絶対に誤魔化しきれるという保証はどこにもなかった。
ならば、どうすればいいか。
(ハイドンにとって、聖女にとって、ここに住まう人々にとって、害となる可能性のある人間を、聖女の代わりに差し出せばいい)
今のナティスには、リファナに教えて貰った薬草の知識が豊富にある。
ヴァルターの補佐の傍ら癒しの力とはいかないまでも、これまで聖女の手伝いで人々の怪我や病気を治す手伝いはずっと続けて来た。
聖女として人々の役に立ったことはなかったけれど、癒しの力を保持していたティアとしての記憶もあるし、今代聖女が力を使う場面も沢山見てきた体験もある。
証拠として癒しの力を見せてみろと言われたとしても、周りの協力があれば何とか力を使う振りをして、使者を騙すことが出来る可能性は高い。
そして何より、今は髪を染めて人々に紛れて暮らしているが、ナティスは元々大修道院に追われていたピンクブロンドの乙女だ。
魔王の生け贄とするには心許ないと判断されかねない四十歳を迎える本物の聖女よりも、例え偽物だとバレたとしてもピンクブロンドの髪を持つナティスを聖女として迎え入れる方が、大修道院側も都合が良いはずだ。
理想としては変わっていて欲しい気持ちが大きいけれど、もし大修道院の体制が何も変わっていないとしたら、むしろ積極的に騙されてくれる可能性だってある。
そして何よりも、両親が死を持って追っ手を振り切ったあの後、大修道院がナティスの存在についてどういう判断をしたのかが、今も分かっていない。
追っ手にはあの森の中に逃げ込んだところまでは見られているから、ハイドンに匿われているという考えに至ることもあるだろう。
ただでさえハイドンは大修道院から目を付けられている。
この状況で、ずっとこのままナティスと言うリスクを抱え続けたままでいる事は、ハイドンにとって良くないことは明らかだ。
だからここで聖女の代わりにナティスを差し出す事は、ハイドンにとって悪いことじゃない。
(本物の聖女より、私が大修道院へ行った方が、ハイドンの為にもなる)
その考えに辿り着くのに時間はかからなかった。
ナティスは元々ハイドンの民ではないし、本来ならばこんなにも堂々と町中に出られる立場でもない。
ヴァルターの好意に甘えて十五年間も匿って貰って、良くしてくれる人々に髪の色を偽って、友人であるリファナの事を誰にも言えなくて、大切なロイトの魔石の力を封印して。
色んな事を偽り続けたまま、この穏やかで幸せな生活がずっと続くなんて、最初から思ってはいない。
けれどもし、この日常が壊れる時が来るのならば、せめてその時はナティスに優しくしてくれた、ハイドンや森に住む皆を守る為に壊したい。
ナティスがその考えに行き着くのは、ごく自然な流れだった。
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