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聖女とは
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重たい扉を、昨日と同じ様に身体全体を使って押し開けると、今日も変わらず満天の星空と大きな月が、ナティスの目の前に現れた。
広々とした空間をぐるりと見渡して、最後に昨日ナティスが懐かしんだ、ぽつんと置いてあるテーブルと椅子に視線を向けてみるけれど、誰の気配もない。
やはりここには居ないのかと、諦めて引き返そうとした時、風に乗って微かにタオの声が聞こえた気がした。
『タオ君? 居るの?』
声のした方角へ足を進めながら、姿の見えないタオに声を掛けると、突然目の前にタオが現れて、ナティスに向かって元気に飛び込んでくる。
『せーじょさまだ!』
『わゎっ、タオ君!? 一体どこから……』
「また、貴女ですか」
「セイルさんまで!」
慌ててタオを受け止めると、すぐ後ろからセイルまで現れた。
ついさっきまで誰も居なかったはずなのに、突然目の前に二人が現れて驚く。
『風の長さまの魔力でかくれんぼすると、にーちゃん達には見つからないんだよ』
『かくれんぼ?』
『風の魔力を使った、目くらましです。偵察任務には欠かせないので、私の眷属達なら誰でも使える、簡単なものですよ』
『ボクも使えるんだけど、にーちゃん達にはすぐ見つかっちゃうの。だからぜったいに見つかりたくない時は、いつも風の長さまの所に来るんだ』
『貴方はもう少し、魔力の精度を上げる練習をしなければいけませんよ、タオ』
『はぁい』
魔力というのは、威圧や攻撃に使うものというイメージが強かったが、そういう使い方も出来るのかと感心する。
そう言えばティアだった頃、城下町に灯る火は魔力による物だと聞いたことがあった。
もしかしたら魔族にとって魔力とは、人間が知恵を使って作り上げる道具と同じ様に、ちょっと便利な力というのが、本来の所なのかもしれない。
それを攻撃の手段として使うか、快適な暮らしの為に使うか、という差なのだろう。
そしてそれは、人間の作り出した様々な道具にも、同じ事が言える。
もちろん魔族の持つ魔力の方が、使用目的が決まっている人間の道具よりも、自由度や出来る事の多さは格段に勝っているだろうけれど、魔力がイコール恐ろしい兵器というのは違う気がした。
『それで、貴女は何故ここに? タオを探しに来たのですか?』
『あ、はい。そうなんです。フォーグさんが、タオ君はセイルさんの所に居るはずだと教えて下さったので、もしかしたらここに来れば、会えるんじゃないかと思って』
『せーじょさまを置いて行っちゃって、ごめんね……』
『ううん、それはいいの。タオ君にとって、聖女は憧れなんだもんね。せっかくお兄さん達に紹介してくれようとしていたのに……私が本物の聖女だったら、良かったよね』
『せーじょさまは、せーじょさまだよ?』
『そう言ってくれるのは嬉しいのだけれど、私は……』
『ナティスさん。タオの言う聖女様とは、本物か偽物かという事ではないのですよ。例え貴女が癒しの力を持つ乙女でなくても、タオにとっては貴女が聖女様なのです』
ナティスがタオに、再び自分は聖女ではないのだと説明しようとする前に、セイルがそっとそれを制して、タオの言う「せーじょさま」が能力の有無を示しているのではないのだと教えてくれる。
大修道院を出てからずっと、魔族であるタオに声を掛けながら怖がることなく接し、タオを信じて御者の帰り道における護衛を依頼した。
そして、傷付いて帰って来た姿に怯むことなく、真っ直ぐに受け止めて治療を施してくれた。
そんな行動を取るナティスだから、タオは聖女だと認識していると言うのだ。
まだ幼いタオは、本物の聖女を知らない。
兄や仲間達から聞く聖女像は、力の有無ではなく人間でありながら魔族にも平等にその力を振るって、傷を癒やして助けてくれる、皆に愛される人間という所なのだろう。
(確かにその解釈なら、癒しの力を使おうが治療薬を使おうが、手段は関係ないのかもしれないわ)
タオがナティスの事を、そんな風に魔族と人間の垣根のない人物だと感じ取ってくれたのならば、それはとても嬉しいし、その気持ちをナティス自身が否定してはいけないとも思う。
聖女という形に囚われていたのは、ナティスの方なのかもしれなかった。
広々とした空間をぐるりと見渡して、最後に昨日ナティスが懐かしんだ、ぽつんと置いてあるテーブルと椅子に視線を向けてみるけれど、誰の気配もない。
やはりここには居ないのかと、諦めて引き返そうとした時、風に乗って微かにタオの声が聞こえた気がした。
『タオ君? 居るの?』
声のした方角へ足を進めながら、姿の見えないタオに声を掛けると、突然目の前にタオが現れて、ナティスに向かって元気に飛び込んでくる。
『せーじょさまだ!』
『わゎっ、タオ君!? 一体どこから……』
「また、貴女ですか」
「セイルさんまで!」
慌ててタオを受け止めると、すぐ後ろからセイルまで現れた。
ついさっきまで誰も居なかったはずなのに、突然目の前に二人が現れて驚く。
『風の長さまの魔力でかくれんぼすると、にーちゃん達には見つからないんだよ』
『かくれんぼ?』
『風の魔力を使った、目くらましです。偵察任務には欠かせないので、私の眷属達なら誰でも使える、簡単なものですよ』
『ボクも使えるんだけど、にーちゃん達にはすぐ見つかっちゃうの。だからぜったいに見つかりたくない時は、いつも風の長さまの所に来るんだ』
『貴方はもう少し、魔力の精度を上げる練習をしなければいけませんよ、タオ』
『はぁい』
魔力というのは、威圧や攻撃に使うものというイメージが強かったが、そういう使い方も出来るのかと感心する。
そう言えばティアだった頃、城下町に灯る火は魔力による物だと聞いたことがあった。
もしかしたら魔族にとって魔力とは、人間が知恵を使って作り上げる道具と同じ様に、ちょっと便利な力というのが、本来の所なのかもしれない。
それを攻撃の手段として使うか、快適な暮らしの為に使うか、という差なのだろう。
そしてそれは、人間の作り出した様々な道具にも、同じ事が言える。
もちろん魔族の持つ魔力の方が、使用目的が決まっている人間の道具よりも、自由度や出来る事の多さは格段に勝っているだろうけれど、魔力がイコール恐ろしい兵器というのは違う気がした。
『それで、貴女は何故ここに? タオを探しに来たのですか?』
『あ、はい。そうなんです。フォーグさんが、タオ君はセイルさんの所に居るはずだと教えて下さったので、もしかしたらここに来れば、会えるんじゃないかと思って』
『せーじょさまを置いて行っちゃって、ごめんね……』
『ううん、それはいいの。タオ君にとって、聖女は憧れなんだもんね。せっかくお兄さん達に紹介してくれようとしていたのに……私が本物の聖女だったら、良かったよね』
『せーじょさまは、せーじょさまだよ?』
『そう言ってくれるのは嬉しいのだけれど、私は……』
『ナティスさん。タオの言う聖女様とは、本物か偽物かという事ではないのですよ。例え貴女が癒しの力を持つ乙女でなくても、タオにとっては貴女が聖女様なのです』
ナティスがタオに、再び自分は聖女ではないのだと説明しようとする前に、セイルがそっとそれを制して、タオの言う「せーじょさま」が能力の有無を示しているのではないのだと教えてくれる。
大修道院を出てからずっと、魔族であるタオに声を掛けながら怖がることなく接し、タオを信じて御者の帰り道における護衛を依頼した。
そして、傷付いて帰って来た姿に怯むことなく、真っ直ぐに受け止めて治療を施してくれた。
そんな行動を取るナティスだから、タオは聖女だと認識していると言うのだ。
まだ幼いタオは、本物の聖女を知らない。
兄や仲間達から聞く聖女像は、力の有無ではなく人間でありながら魔族にも平等にその力を振るって、傷を癒やして助けてくれる、皆に愛される人間という所なのだろう。
(確かにその解釈なら、癒しの力を使おうが治療薬を使おうが、手段は関係ないのかもしれないわ)
タオがナティスの事を、そんな風に魔族と人間の垣根のない人物だと感じ取ってくれたのならば、それはとても嬉しいし、その気持ちをナティス自身が否定してはいけないとも思う。
聖女という形に囚われていたのは、ナティスの方なのかもしれなかった。
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