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薬草の質差
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「では、そろそろ作業を開始しましょう。今日は、何をご要望ですか?」
「あ、今日は調合用の採取ではなくて……」
そうして聞き返すタイミングを失ったまま、ナティスは軽く持っていた籠を持ち上げて、今日の作業について説明する事になった。
セイルはすぐにナティスのしたい事を理解してくれ、籠の中にある薬草と比較すべく、薬草園内の全ての種類の薬草を、一緒にひとつひとつ丁寧に確認していく。
結果として、ロイトに手配して貰った城下町で扱われていた薬草は、この薬草園にあるものとほとんど種類自体は同じだった。
地の魔力によるものか他より成長速度が速く、そして力強く育成している城内の薬草園のものよりも、多少質は落ちるものの、治療薬の即効性に繋がる程の劇的な違いはなさそうだ。
とは言え、太陽を失った人間の国内にある、ハイドン近くのリファナの住む森で採取出来た薬草と比べると、格段に良い物であるのは間違いない。
魔族であるリファナは、よく「おまじないよ」と言って薬草に何かをしていた。
今思えば、魔力を注いでいたのかもしれないけれど、やはり薬草にとって大切なのは、魔力がどれだけ付加されているかという事よりも、太陽の力を適切に浴びる事が出来るかどうかなのだろう。
魔力を付与されることなく、人間の国内に自然と生息する物と、太陽のない人間の国内にあっても、魔力を与えられたリファナの森の物。
そして魔族の国内で自然に採れる物と、この魔王城内にある常に地の魔力を受ける薬草園の物。
きっと少しずつ、薬草の質差はあるだろう。
太陽を十分に浴びる事も魔力を享受する事も出来ない、人間の国に自然生息する物と、全てを与えられているこの薬草園の物を比べれば、確かに大きな差は出るのかもしれない。
けれどそれでも、使ったその場で効果が出たり、遅くても次の日には完全回復してしまう様な物が出来上がる程の差が、原材料である薬草にそのものにあるとは思えなかった。
元々の薬草そのものは、地域差はあってもほとんど同じ物なのだから。
となるとやはり、ナティスが調合する行為の途中に理由があると考えた方が、しっくり来る。
だがナティスの調合方法は、自分で試行錯誤して作り上げた万能薬以外は、ほとんど全てリファナから教わった通りに作った物だ。
違いと言えば、やはりこの胸にあるロイトの魔石だけという事だろうか。
ナティスはそれ以外に、心当たりになる物は何も持っていない。
リファナから釘を刺された、「持って三ヶ月」という期間は既に過ぎているが、幸いにも封印は未だ解けていない。
だが力を直に感じる事はなくても、ナティスがハイドンを出て一人になってからは、ずっとまるでナティスを勇気づけるかの様に、魔石からはぽかぽかとした温かさを感じていた。
魔族の国に入った時点で、既にいつも封印をかけ直す期間である一ヶ月程はとっくに過ぎている。
そこから更に、魔王城で暮らし始めて二ヶ月以上は経っているので、封印は実際に綻び始めていてもおかしくはない。
だが、ナティスを勇気づける温もり以上の変化は、今の所ないのが現状だ。
だからその変化は変化などではなく、封印が本格的に解けかかっているというよりも、ナティスの魔石に頼る気持ちによる所が大きい様な気もしている。
もしかしたら本当に、力を貸してくれているという可能性さえあると思える程の存在感だ。
何にせよ、今はまだナティスの調合する治療薬や万能薬の即効性が、本当に魔石の力かどうかもわからない。
ましてや、積極的に封印を解いて試すような事が出来るはずもない。
まずはその他の理由を全て探り潰していく事で、原因を狭めていくのが正しい確認方法だろう。
その途中で、ロイトの魔石以上の他とは違う、明確な理由が発見される事だってある。
(まずは一つずつ、よね)
ナティスの作った治療薬で、皆が喜んでくれているのは素直に嬉しい。
けれどやはり、例え今は良い作用しか出ていなくとも、自分でも未知数な代物をずっと使い続けて貰うのは気が引ける。
わからない事をわからないままにしておく事は、知らないところで誰かを傷付ける事になりかねないから。
無知は人を傷付ける。
それはティアが人間の世界の事を、何もわかっていなかった事で起こった悲劇から、学んだことだ。
だからこそナティスは、出来うる限り自分の視野を広くそして深くする努力を続ける事を、決して惜しまないと決めていた。
何より自分の調合した薬は安全な物だから大丈夫だと、大手を振ってから皆に気持ちよく使って貰いたい。
(ん? 何かしら、この感じ……)
一つずつ薬草を確認しながら薬草園を歩いていたナティスは、とある場所で足を止めた。
そこは薬草園の中心と言える場所で、ぽっかりと人一人が大の字になって寝転べる程の空間が空いている。
ナティスが最初に見た時には、鬱蒼と生い茂るばかりの薬草園だった。
けれど、マヤタに協力して貰って整備した際に、この空間を中心として薬草が種類ごとに整然と植えられている事には、当初から気付いていた。
ただ今までは、ここを拠点に薬草園を作ったのだろうと思っていただけで、気にも留めていなかったのだ。
だが、今日は何故かやけにこの場所が気にかかる。
今までと違うことと言えば、ロイトに魔力の込められた髪飾りを貰った事だけだけれど、もしかしたら常に近くに魔力を身に纏う事で、他の魔力にも敏感になる作用でもあるのだろうか。
その場にしゃがみ込むと、そっと気になった中心部分に手を当ててみる。
すると、まるで胸にかかるロイトの魔石と反応するかのように、服の中に隠してあった革袋が勝手に持ち上がり、ぶわりとナティスを包み込む様に魔力が放出された。
「ナティス殿!? どうしました?」
近くで薬草を確認してくれていたセイルが、慌てた様にナティスの居る方向へ振り向いて、そしてそのまま動きを止めた。
「セイルさん、私もよく……」
「……リファナ殿」
「え……?」
振り返った先にいたセイルが零した名前は、ナティスに馴染みがありすぎる人のものだった。
その名前を聞いた途端、まだ離れてそんなに時間は経っていないのに、ひどく懐かしい気持ちが湧き上がる。
ナティスを包み込んでいた魔力は、確かにリファナの地の力だ。
「あ、今日は調合用の採取ではなくて……」
そうして聞き返すタイミングを失ったまま、ナティスは軽く持っていた籠を持ち上げて、今日の作業について説明する事になった。
セイルはすぐにナティスのしたい事を理解してくれ、籠の中にある薬草と比較すべく、薬草園内の全ての種類の薬草を、一緒にひとつひとつ丁寧に確認していく。
結果として、ロイトに手配して貰った城下町で扱われていた薬草は、この薬草園にあるものとほとんど種類自体は同じだった。
地の魔力によるものか他より成長速度が速く、そして力強く育成している城内の薬草園のものよりも、多少質は落ちるものの、治療薬の即効性に繋がる程の劇的な違いはなさそうだ。
とは言え、太陽を失った人間の国内にある、ハイドン近くのリファナの住む森で採取出来た薬草と比べると、格段に良い物であるのは間違いない。
魔族であるリファナは、よく「おまじないよ」と言って薬草に何かをしていた。
今思えば、魔力を注いでいたのかもしれないけれど、やはり薬草にとって大切なのは、魔力がどれだけ付加されているかという事よりも、太陽の力を適切に浴びる事が出来るかどうかなのだろう。
魔力を付与されることなく、人間の国内に自然と生息する物と、太陽のない人間の国内にあっても、魔力を与えられたリファナの森の物。
そして魔族の国内で自然に採れる物と、この魔王城内にある常に地の魔力を受ける薬草園の物。
きっと少しずつ、薬草の質差はあるだろう。
太陽を十分に浴びる事も魔力を享受する事も出来ない、人間の国に自然生息する物と、全てを与えられているこの薬草園の物を比べれば、確かに大きな差は出るのかもしれない。
けれどそれでも、使ったその場で効果が出たり、遅くても次の日には完全回復してしまう様な物が出来上がる程の差が、原材料である薬草にそのものにあるとは思えなかった。
元々の薬草そのものは、地域差はあってもほとんど同じ物なのだから。
となるとやはり、ナティスが調合する行為の途中に理由があると考えた方が、しっくり来る。
だがナティスの調合方法は、自分で試行錯誤して作り上げた万能薬以外は、ほとんど全てリファナから教わった通りに作った物だ。
違いと言えば、やはりこの胸にあるロイトの魔石だけという事だろうか。
ナティスはそれ以外に、心当たりになる物は何も持っていない。
リファナから釘を刺された、「持って三ヶ月」という期間は既に過ぎているが、幸いにも封印は未だ解けていない。
だが力を直に感じる事はなくても、ナティスがハイドンを出て一人になってからは、ずっとまるでナティスを勇気づけるかの様に、魔石からはぽかぽかとした温かさを感じていた。
魔族の国に入った時点で、既にいつも封印をかけ直す期間である一ヶ月程はとっくに過ぎている。
そこから更に、魔王城で暮らし始めて二ヶ月以上は経っているので、封印は実際に綻び始めていてもおかしくはない。
だが、ナティスを勇気づける温もり以上の変化は、今の所ないのが現状だ。
だからその変化は変化などではなく、封印が本格的に解けかかっているというよりも、ナティスの魔石に頼る気持ちによる所が大きい様な気もしている。
もしかしたら本当に、力を貸してくれているという可能性さえあると思える程の存在感だ。
何にせよ、今はまだナティスの調合する治療薬や万能薬の即効性が、本当に魔石の力かどうかもわからない。
ましてや、積極的に封印を解いて試すような事が出来るはずもない。
まずはその他の理由を全て探り潰していく事で、原因を狭めていくのが正しい確認方法だろう。
その途中で、ロイトの魔石以上の他とは違う、明確な理由が発見される事だってある。
(まずは一つずつ、よね)
ナティスの作った治療薬で、皆が喜んでくれているのは素直に嬉しい。
けれどやはり、例え今は良い作用しか出ていなくとも、自分でも未知数な代物をずっと使い続けて貰うのは気が引ける。
わからない事をわからないままにしておく事は、知らないところで誰かを傷付ける事になりかねないから。
無知は人を傷付ける。
それはティアが人間の世界の事を、何もわかっていなかった事で起こった悲劇から、学んだことだ。
だからこそナティスは、出来うる限り自分の視野を広くそして深くする努力を続ける事を、決して惜しまないと決めていた。
何より自分の調合した薬は安全な物だから大丈夫だと、大手を振ってから皆に気持ちよく使って貰いたい。
(ん? 何かしら、この感じ……)
一つずつ薬草を確認しながら薬草園を歩いていたナティスは、とある場所で足を止めた。
そこは薬草園の中心と言える場所で、ぽっかりと人一人が大の字になって寝転べる程の空間が空いている。
ナティスが最初に見た時には、鬱蒼と生い茂るばかりの薬草園だった。
けれど、マヤタに協力して貰って整備した際に、この空間を中心として薬草が種類ごとに整然と植えられている事には、当初から気付いていた。
ただ今までは、ここを拠点に薬草園を作ったのだろうと思っていただけで、気にも留めていなかったのだ。
だが、今日は何故かやけにこの場所が気にかかる。
今までと違うことと言えば、ロイトに魔力の込められた髪飾りを貰った事だけだけれど、もしかしたら常に近くに魔力を身に纏う事で、他の魔力にも敏感になる作用でもあるのだろうか。
その場にしゃがみ込むと、そっと気になった中心部分に手を当ててみる。
すると、まるで胸にかかるロイトの魔石と反応するかのように、服の中に隠してあった革袋が勝手に持ち上がり、ぶわりとナティスを包み込む様に魔力が放出された。
「ナティス殿!? どうしました?」
近くで薬草を確認してくれていたセイルが、慌てた様にナティスの居る方向へ振り向いて、そしてそのまま動きを止めた。
「セイルさん、私もよく……」
「……リファナ殿」
「え……?」
振り返った先にいたセイルが零した名前は、ナティスに馴染みがありすぎる人のものだった。
その名前を聞いた途端、まだ離れてそんなに時間は経っていないのに、ひどく懐かしい気持ちが湧き上がる。
ナティスを包み込んでいた魔力は、確かにリファナの地の力だ。
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