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世界を和平の道へと繋ぐ功績

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「ナティス」
「ロイト!」

 背後から現れた愛しい人の気配に、勢いよく振り返る。
 ヴァルターの役に立てた後だった事もあり、いつもより嬉しそうにロイトに駆け寄るナティスを受け止めて、ロイトが釣られた様にくすりと笑いながら辺りを見回した。

「ヴァルター殿は? 要件は終わったのか?」

 所有者であるリファナ本人から、持って帰るように言付けられていたとは言え、魔石は今現在、魔王城内に存在する物だ。
 薬草園の成長の一助になっている大切な力でもあるし、勝手に持ち出す事を躊躇したのかもしれない。

 ただヴァルターに諦める選択は、なかったのだろう。
 持ち帰る許可を得る為に、ロイトに事情を話したに違いない。

 軽い口調や突発的な行動も多いけれど、ヴァルターは抑えなければならない部分に関しては、きちんとしている。
 そういう所に関しては、人々を導く領主らしく、とても出来た人なのだ。

 ナティスの革袋について、その中身をその目で確認し、不安材料が取り除かれた事も大きかっただろう。
 けれど今日、ナティスとヴァルターが二人きりで一緒に過ごす事をロイトが止めなかったのは、事情を把握していたからに違いない。

「はい、無事に。そうしたら兄様は、これで全部終わったから、明日にはお帰りになると……」
「あぁ、ヴァルター殿との話し合いは無事終了した。大丈夫、悪い様にはならない」
「それは心配していません。でも、随分早かったので驚いてしまって」

 浮上しかかっていた気持ちが、また少ししぼむ。
 後の楽しみがあるとは言え、ようやく会えたヴァルターとゆっくり話す機会がないままに、また別れるのはやはり寂しい。

 そんなナティスを慰めるように、ロイトが頭を撫でながらナティスを覗き込んだ。

「長い間拗れていた魔族と人間との関係を考えれば、こんなにも順調に話し合いが進んだのは、ナティスのおかげに他ならない」
「兄様にも同じ様な事を言われましたけど、私は本当に何もしていませんよ?」
「ナティスが、気付いていないだけだ。魔族達に対してもそうだったが、ナティスの優しさはどんな場所でも、皆を惹きつけるらしい」
「…………?」

 ヴァルターから、何か人間側の事情でも聞いたのだろうか。
 ロイトまでこの和平への話し合いが、ナティスの功績であると疑っていない口振りだ。

 心当たりが全くないので困惑を浮かべるしかないのだけれど、そんなナティスを褒め讃えるロイトの真っ直ぐな眼差しが、優しく降り注ぐ。

「一番の功績は、こうして俺の傍に居てくれる事だが」
「そんな当たり前の事で褒められては、困ります」
「当たり前、か」

 ふっと、ロイトがごく自然に顔を緩ませる。
 ナティスの言葉が、ロイトにとって嬉しいものだったらしい事はわかったけれど、喜んで貰える様な台詞を言った覚えがないので、ナティスは益々困惑の表情を深めるばかりだ。
 ナティスを抱き寄せて、ぎゅっと胸の中に閉じ込めて来るロイトを見上げた。

「ロイト?」

 ロイトはどうやら、ナティスをこうして自分の胸の中に閉じ込めておくのが好きな様で、お互いの気持ちを確かめ合って以降、毎日の様に何かにつけて抱きしめられている気がする。
 ナティスとしてもロイトの傍は安心するので、この行為自体は嬉しいのだけれど、ドキドキして冷静で居られなくなってしまうし、恥ずかしさが湧き上がるのを止められない。

 離して欲しい様な、ずっとこのままで居たい様な、どうしたらいいのかわからない気持ちを持て余して、もぞもぞと胸の中で動いていると、ロイトが少し抱きしめる力を緩めて笑う、までが最近の定番だ。

「ヴァルター殿が帰る際には、友好の証としてナティスの作った万能薬を土産にと思っているのだが……。構わないか?」
「は、はい。勿論です! あっ、もしかして私がお役に立てているというのは、この事ですか?」

 勇者と魔王が手を取り合って争いのない未来を約束する事になり、戦いが終わったのだとしても、ずっと長い間、勝ち目もないまま魔族と争いを続けていた人間の国は、今もまだ疲弊している。
 現状を見れば、まだまだ怪我人や病人は多く、薬草や治療薬も全く足りていない状況は、変わっていないに違いない。

 治療薬に関しては、リファナから教えてもらった物をハイドンで流通させるに至っているけれど、それでも各地の国交が断絶している状況下では、広く流通はされていないと考えた方が良い。
 ハイドンから大修道院までの、短くも過酷な旅の途中で見た記憶から考えれば、ナティスが人間の国を離れて以降、更に酷くなっている可能性は高かった。

 ずっと大修道院が先導し、聖女の癒しの力に頼り切っていた人間の国は、戦いの最中にあっても、医療に関しての進歩が著しく遅い。

 今はハイドンが聖女を匿っているので、誰を助けるかの選択までも大修道院に委ねられ、聖女の力を搾取される事はない。
 大修道院の支配が終わり、魔族との戦いが終息していく今こそ、聖女の力は広く求められるに違いなかった。

 人々から懇願されれば、今代の聖女はどんな治療も拒否する事はないだろう。
 世界が平和になっても、聖女一人に重い負担がかかってしまう状況は避けられない。

 ナティスが万能薬を完成させたかったのは、もちろん誰かを救いたいという気持ちが大きかったからなのだけれど、その理由の一つに、聖女にばかり負担がかかるのはおかしいと考えていたからもある。

 知識や技術、そして人間と魔族の協力があれば、誰であっても調合出来る万能薬。
 それがあれば、聖女なんて特別な存在に頼らなくても、誰でもが救われる一助になる。
 誰か一人に、負担や犠牲を強いる必要のない、世の中になる。

 ナティスの作った治療薬や万能薬が、これからの平和な未来を作る為に少しでも役に立つのなら、これほど光栄な事はない。
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