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祝福を運ぶ風が吹く

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 しばらく二人きりで会話を楽しみながら、食事を堪能する。
 場所柄か、話題はやはりハーブに関してがほとんどを占めた。

 アンバーやインカローズの件は、きちんと決着が付くまでは不安にさせたくないので、黙っていたい。
 何よりマルガリータ自身が、もう関わりたくないと言い切ったあの後、本当に気にしていない様子なので、何もせっかくのこの幸せな時間にねじ込む話題でもないだろう。

 前回、結局食べる事の叶わなかったクッキーには、ハーブが使われているらしい。
 ハーブティーにしたり、直接患部に貼付する事で効果を発揮するということはわかっていたが、料理に利用するところまでは考えが及ばなかった。
 マルガリータによると、肉料理との相性が良いらしい。

 他にも乾燥させて持ち歩いたり部屋に置くことで、キツすぎない程度に香るので、香水の代わりや防臭としても使えるという。
 ディアンでは思い付きもしなかった新たなハーブの可能性を、マルガリータは惜しみなく示してくれた。

 ハーブ研究に関する仕事をしている事や、最近忙しくなってしまった事を漏らそうものなら、嬉々として手伝うといってくれそうな雰囲気を察する。
 やはりこちらも落ち着くまでは、口をつぐんでおこうと、ディアンは心に決めた。
 マルガリータには穏やかな暮らしをしていて欲しいし、何の憂いも無く笑っていて欲しい。

「マリー、少し歩かないか?」

 昼食を終えてからも、しばらくマルガリータをただにこにこと眺めていたら、ディアンの視線がくすぐったいのかそわそわとし始めた。
 ディアンに見つめられて照れるマルガリータも可愛いのだが、困った様な表情に切り替わってしまいそうだったので、立ち上がって手を差し出す。

「喜んで」

 明らかにほっとした様子で差し出された手を取って立ち上がるマルガリータは、本当にわかりやすい。
 いつまでも、このままでいて欲しい。そうしたら、ディアンは先回りして望む事をしてあげやすいし、何よりその素直さを可愛いと思うから。
 この場所で、庭師として会っていたのはそう長くはなかったけれど、この庭園の中にマルガリータが立っている事は、もう自然な事になっていて心が安らぐ。

(マリーにとってのこの場所も、そうなっていてくれたら嬉しいのだが)

 ディアンとマルガリータを繋げてくれるのは、いつだって他人に理解されずただの雑草と侮られている、けれど実際には人の役に立つ様々な効能を秘めた存在であるハーブの数々で、それはどこかディアンの身の上と重なるような気がしていた。
 マルガリータが幼い頃からずっとハーブを愛し続けていてくれたことが嬉しかったのは、そんな思いもあったからかもしれない。

 愛おしそうにハーブの状態を触ったりしながら確かめているマルガリータの向こう側に、一人の影が姿を現した。
 帽子を取ってぺこりと頭を下げるその高齢の男性に一つ頷いて、近くに来るように視線で指示を出す。
 マルガリータを今日庭園に誘ったのは、もちろんこの間のデートをやり直したかったというのが一番の目的ではあるけれど、もう一つ大事な目的があった。

「どなたかいらっしゃったのですか?」
「あぁ、マリーに紹介しておきたい人がいてね。呼んでおいたんだ」
「紹介したい方?」

 ディアンの様子に気付いたマルガリータが視線を上げたので、そっと腰に手を回してくるりっとその身体を反転させる。
 ディアンを背に、会わせたかった人物が正面に来るように。
 ゆっくりと近付いてくるその人物の姿に、マルガリータの瞳が驚きで目一杯開かれて、そして何よりとても嬉しそうな表情を作ったから、このサプライズは成功らしい。

 先程ディアンを庭園に見つけた時のように、また駆け出して行きそうなマルガリータを止めるように、腰に回していた手に力を込める。手を離していなくて、本当に良かった。
 引き留められたマルガリータは首をディアンの方へ回して、そわそわと説明を求めるように見上げてくる。
 ようやく、マルガリータの勘違いを正せる時が来た。

「この屋敷の、六人目の使用人だよ。庭師のテリーだ」
「お久しぶりでございます。お嬢様」
「テリー! 本当に? 貴方が、このお屋敷の使用人?」

 ディアンがマルガリータに紹介するのと同時に、テリーがマルガリータとディアンの前まで来て、頭を下げる。
 もうマルガリータが駆け出していく心配はなくなったので腰から手を外して解放してやると、マルガリータは一歩進んでテリーとの距離を詰め、躊躇うことなくその手を取った。
 誰とでも分け隔て無く接することが出来るのはマルガリータの美徳だが、出来ればそれを不安に感じるディアンの気持ちにも気付いて欲しい所だ。

(流石にテリーに嫉妬するのは、心が狭すぎるにも程があるか……)

 テリーはマルガリータの両親よりも年上で、マルガリータが生まれる前からオーゼンハイム伯爵家に仕えていた古参だ。
 そんな相手にまで嫉妬していたら、身が持たないし余裕がなさ過ぎる。

「お元気そうで、何よりでございます」
「テリーこそ! でも、本当にどうしてここに?」
「俺が頼んだんだ」
「どういう事情なのですか?」

 今この屋敷で庭師として働いてくれているテリーは、元々はオーゼンハイム伯爵家お抱えの庭師だった。
 幼い頃のマルガリータとオーゼンハイム伯爵家で逢瀬を重ねた庭の片隅、ハーブを集めた場所を整えた人物である。

 ディアンはマルガリータの疑問に答えながら、そっとその手を取ってテリーから引き剥がすのも忘れない。
 マルガリータには気付かれなかったが、テリーにはディアンの行動に意味が伝わってしまった様で、微笑ましそうな穏やかな顔を向けられた。

 余裕のなさが露呈して居たたまれないが、当のマルガリータにはバレていないようなので、良しとしておこう。
 ディアンを見上げて、こてんと首を傾げるマルガリータの頭を撫でる事で自身を落ち着かせ、説明を続ける。

「オーゼンハイム伯爵家から、無理矢理引き抜いたわけでは無いから、そこは安心して」
「私ももう歳ですからな。抱えて頂いても一日中作業することは難しくなって来ておりましたので、お嬢様が入学されてすぐ、お暇乞いをさせて頂いたのです。お嬢様の大切な場所は、きちんと後任の者に託して来ましたからご安心下さい」
「そうだったの……。あの場所はとても綺麗な状態で保たれていたから、テリーはまだ健在だと思っていたのだけれど……身体は、大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですよ。お抱えでという役目は果たせなくなりましたが、実はまだまだ元気は有り余っておりましてな。町で細々と仕事は続けておりました」
「テリーがオーゼンハイム伯爵家の大切なあの場所を作った人物だという事は、マリーから聞いて知っていたからね。少しの時間で構わないから、このハーブ園の世話を手伝って貰えないかと思っていたら、アルフの知り合いだとわかって、すぐに飛びついた」

 平民であるアルフは、町の自宅から毎朝屋敷に通っている。テリーは、その近所に居を構えていたのだ。
 一度マルガリータとの婚約話を蹴られて以降、オーゼンハイム伯爵家と直接的な連絡は途絶えていた。
 もちろん諦め切れていなかったディアンは折を見てオーゼンハイム伯爵家の動きを調べてはいたが、何もかも追えるほどディアンに手札は多くないし、簡単に追わせて貰えるほどオーゼンハイム伯爵家は甘くない。

 テリーがオーゼンハイム伯爵家を辞して、その後も町で働いているのを知ったのはアルフ経由だったし、それは本当に偶然の産物の様なものだった。
 アルフとテリーが近所の知り合いだったのは、とても幸運だったと言える。

「アルフ坊が、突然旦那様からの手紙を持ってきた時には、驚きましたよ」

 その頃、この屋敷に専属の庭師はいなかった。
 何よりほぼディアンが世話をするとは言え、一般的には雑草扱いされているハーブ園の管理を任せられるような人物を探すのは、困難だったからだ。

 中庭は管理しやすいように最初から芝生だけにしておいたし、そうそう人の出入りも無い屋敷だ。
 気になり出す頃合いに、ある程度口の固い庭師を選んで整備を頼めば済むことだったが、研究も兼ねている大事なハーブ園に関してはそうもいかない。

 テリーが体力の限界を感じて役目を辞したと聞いていたから、長く拘束するのは憚られたが「元気、有り余ってますよ」とアルフが自信ありげに報告をくれたので、午前中はディアン自身が様子を見る時間もあったし、昼から夕方までの数時間ならばどうだろうかと、ダメ元でディアン自ら手紙をしたためたのだ。

 幼いマルガリータから、庭師テリーの人物像やその技術力については話を沢山聞いていたから、信用に足る人物だということに疑いはなかった。
 本当はディアンの方から足を運びたかったが、今はかなり緩くなっている監視の目もあの頃はまだ厳しく、屋敷を抜け出すのは困難な状況だった。

「こちらの事情を察して、テリーの方から会いに来てくれて、そのままここで働く事を了承してくれてね。とても助かっている」

 実際、テリーが手伝ってくれるようになってから、ハーブ園の植物はかなり状態の良い物になった。
 それだけではなく、雑多に生えていたものを種類別や成長速度等を勘案しながら移動させ、綺麗な見目に整えてもくれた。

 余裕のある時だけで構わないと言ってあるのにも関わらず、門から玄関にかけての中庭にある芝生も、いつも完璧な状態が維持されていて、もうこの屋敷において庭師テリーの存在は欠かせない物になっている。

「無理はしていないの?」
「無理など、とんでもない。外での作業時間自体は多くありませんし、体力を使う作業はほとんど旦那様任せですしな。魔力という物は大変便利で宜しい。私は指示すればいいだけなので楽なもんです。それにお嬢様に教えて頂いた良い香りの草はハーブと言うらしいですが……未知の植物を一から育てるのは、この上なく楽しい」
「まぁ、テリーったら」

 年の功というのもあるのだろうが、テリーはディアンが魔力を使っても怯える様子はなかった。
 基本的に、魔力は必要以上に使わないようにしているのだが、やはり少人数で屋敷を回している事もあって、その力に頼らざるを得ない事もある。

 庭の作業は特にそうで、一見植物の世話をするだけのように思えるが、日当たりや主人の好みで庭を作り替える作業も頻繁に発生する庭師は、体力勝負の職業だ。
 その為、大きな貴族屋敷では何人もの庭師を常時抱えている。

 この屋敷は一般的な貴族屋敷と比べるとそこまで広い庭ではないし、花を育てている訳でも、景観を気にしたりする訳でもない。それでもやはり大がかりな作業が必要な場面はあるものだ。
 特にハーブは一般的に知られている植物ではないから、育て方や環境作りも手探りになる。
 試行錯誤する為、植え替えだけでなく庭園ごとごっそり作り替えた事も、一度や二度ではなかった。

 念の為、魔力を使って作業をする前にある程度説明はした。
 最初に働いてくれないかと伺う手紙や面談の時に、ディアンの事情もきちんと話してある。
 けれど実際近くで魔力を発動すれば、怯えられるのが普通の反応なのだ。

 強靱なダリスやバルトでさえ最初は驚いて腰が引けていたし、ハンナやアリーシアといった女性陣や平民で魔力の存在自体に馴染みのないアルフ等には、今でも魔力を使う時に多少の距離を取られる。
 やはり本能的に自分の持たない巨大な力を目の前にすると、どうしてもそうなってしまうのだろう。

 ここに居てくれる使用人達は、決してディアン自体を否定している訳ではないし、魔力の大きさに恐怖は拭えなくても嫌っている訳ではない事は、きちんとディアンに示してくれる。ディアンにとってはそれだけで充分だ。
 後はディアンが気をつけてさえいれば、何の問題も無くこの屋敷の中は穏やかに回る。

 だが、テリーだけは確かに初めて見た時には驚いていたのは間違いないはずなのに、それ以上に便利さという魅力が勝ったらしい。
 次からは怯えるどころか便利だからと積極的な利用を促してきて、ディアンの方が驚いた。

 マルガリータのように最初から驚きも恐がりもせず、それが普通で何の不思議があるのかと受け入れてくれる人は希有で、だからこそディアンにとっては唯一だけれど、本能的に感じるはずの恐怖よりも利便さを優先して、咎めるどころかどんどん使っていけと笑うテリーの存在も、ディアンにとっては大きい。
 テリーのその笑い飛ばしてくれた一言で、屋敷に閉じ込められ鬱々としていた気分が晴れた。

「テリーは、俺が魔力を使う事を肯定してくれるから、とてもやりやすい」
「お嬢様が懐かれていた方ですから、大丈夫なのだろうと思いましてな」
「テリーのそういう所、変わりませんね」
「お嬢様こそ、お変わりなくて嬉しゅうございますよ。こうして旦那様の奥方様として、またお仕え出来る日が来るなんて、感激でございます」
「お、奥方……っ」
「おや、違いましたか?」
「……違いません」

 結婚の約束を承諾してくれたのは昨日の事で、当然まだ式どころか籍も入れていない。
 ディアンの立場がややこしいこともあって、早くしたいとは思っているが、実際に夫婦という関係を手に入れるにはもう少し時間はかかるだろう。

 使用人達も「マルガリータ様」と呼ぶのに慣れたのか、それとも呼び方を変えるのはきちんと全てが終わってからと、もたもたし続けて失敗したディアンを戒めているのか、まだ誰もマルガリータをディアンの妻として呼ぶ者はいなかった。
 マルガリータを逃がすつもりはさらさらないが、マルガリータが「奥方」と呼ばれる事を否定しなかったのは、正直嬉しい。

(俺今、確実に顔が緩んでるな……)

 テリーがディアンへそっと視線を寄越して、にやりと笑う。
 本当に、この屋敷の使用人達は優秀だ。

「仲がよろしそうで、何よりでございます」
「もう。テリー、からかっていますね?」
「とんでもない。心から良い事だと思っておりますよ」
「俺は、マリーの事が大好きだよ。愛してる。マリーは違うの?」
「えっ?」
「違うの……?」

 テリーの援護射撃に乗っかって、俯き緩んだ顔を隠してしょんぼりした振りをしてみると、途端に焦るマルガリータが可愛い。
 そして困った様に視線を彷徨わせた後、マルガリータは何かを決意したように、ぐっと顔を上げた。

 もう一度「違いません」という台詞を口にしてくれる事を期待してマルガリータをじっと見つめていると、ディアンの頬が緩んでいたからだろう、からかっている事に気付いてしまったようだ。
 怒った様にぷくりと頬を膨らませたので、ディアンの方が焦る。
 慌てて謝罪を言葉に乗せようと口を開きかけたディアンの頬に、そっとマルガリータの唇が触れた。

「私も……ディアンの事を、愛しています」
「……っ、マリー!」

 恥ずかしそうに、けれどはっきりと言葉にしてくれたその声を聞くと同時に、ディアンはマルガリータをぎゅっと抱きしめた。

「ディアン、テリーが見ていますから……!」
「私は見ておりませんから、存分にどうぞ」
「テリーもああ言ってくれている事だし、もう少しだけ……」
「恥ずかしいから、ゆっくりと言ったではありませんか!」

 唇同士が触れあう直前で、顔を真っ赤にしたマルガリータが悲鳴の様な声を上げる。
 流石にこれ以上からかうと、本気で怒らせてしまうかもしれない。
 半分真剣ではあったのだが、マルガリータと気持ちが通じ合っている事が確認できただけで、今日は良しとするべきだろう。
 最後にもう一度ぎゅっと抱きしめて、マルガリータの身体を解放する。

 ほっとした様な中に、少しだけ物足りないような表情が見え隠れしていたから、それで充分だ。
 いつものように頭を撫でると、恥ずかしそうに笑顔を返してくれた。

「もう少し、いちゃいちゃして下さっても構わなかったのですぞ。お嬢様のご両親の仲の良さはこの国一ですし、私はこういう場面に遭遇する事は慣れておりますからな」
「テリー!」
「そうか、ではテリーの前では気を遣わなくて良いな」
「ディアンまで!」
「冗談だよ。俺はマリーを独り占めしたい方だから、二人きりの時に可愛い顔を見せて貰う方が嬉しい」

 こっそり耳元に囁くと、マルガリータは赤い顔を更に赤くさせて今にも頭から湯気か出そうになっている。
 にこにこと笑って二人を見守っているテリーが、ここまでの展開を読んで話題を振ってくれたのだとしたら、感謝してもしきれない。

 他の使用人達は、ディアンを甘やかしてはくれないが、テリーは全力で後押ししてくれているのがわかる。
 ただ元々マルガリータの家に仕えていて、それこそ生まれる前から知っているからだろうか、幸せにしないと容赦しないという圧は、誰よりも強い。

「では、私は今日はこれで下がりましょうかな」
「休みの日に、わざわざすまなかった」
「いえ、今までは旦那様が庭師という事になっておりましたし、見事にすれ違って訂正する隙もありませんでしたしな。ようやくお嬢様とお会いできて、嬉しゅうございました」
「私も、またテリーと一緒にハーブを育てられると思うと嬉しいです。これからもよろしくお願いします」
「今度お嬢様のお好きなハーブで、新しく造園しましょうな。旦那様ならちょちょいのちょい、ですよ」
「楽しみです!」
「またそんな勝手な……」
「駄目、ですか?」
「いや、駄目ではない。駄目では無いが、マリーは俺の魔力には、怖い思いしかしていないだろう?」

 マルガリータの為に、新しく庭園を整える事に異議はない。
 けれど大規模に庭を変更するとなると、やはりディアンの魔力を使わざるを得ない。
 使用人総動員で手作業をしてもいいが、慣れていない人材をいくら集めたところで、効率はあまり良くならないし、何よりこの屋敷には絶対数が足りない。

 だが、綺麗なその身体に奴隷紋を刻んだり、アンバーに攻撃する所を見られたり、挙句の果ては傷付いたマルガリータの身体に治療のためとは言え一気に膨大な魔力を注ぎ込んで負担をかけたり、正直マルガリータがディアンの魔力に良い印象を持つ機会は全くなかった。
 いくらマルガリータがディアンの容姿だけではなく、その力さえ包み込むように接してくれているとは言っても、本能的に感じてしまう恐怖とは別物だ。

「そんな事ありません。私ディアンのその力、好きですよ?」
「……え?」
「だっていつも、ディアンはその力を私を守る為に使ってくれていたじゃありませんか。ディアンが優しい人だと言う事は知っていますし、その人が使う力を怖がる必要はどこにもないでしょう? むしろ魔力に使い方が色々あるなんて面白いです。ディアンに負担がないのなら、もっと見せて欲しい位です」
「そ、そういう物なのか?」

 マルガリータはいつだってディアンの全部を包み込んだ上で、不安や植え付けられた負の常識を吹き飛ばしてくれる。
 テリーのように歳を重ねているからこその年季とも違うその柔軟な思考は、一体どうやって培われてきたのだろう。

 ずっと忌避され疎まれてきた過去は変わらないし、そう植え付けられてきたディアンの思考はそうそう簡単には変わらない。
 蔑むような瞳で見下して来た人々を、今後許せる様になるかもわからない。
 けれどマルガリータが傍に居てくれたら、この先更なる不幸が連鎖する事だけはないと確信出来た。

「楽しみにしていて、いいですか?」
「それが君の望みなら、喜んで」
「それなら私もまた、ディアンの望みを一つ叶えなくてはいけませんね」

 朝食の時に交わしたものと同じ言葉を口にしたディアンに、マルガリータが可笑しそうに笑う。
 ディアンは思わず、再びマルガリータを抱きしめた。
 また怒られてしまうかと思ったが、テリーがそっと頭を下げて遠ざかっていく気配と共に、マルガリータの手がそっと背中に回る。

(幸せだ)

 温もりを分かち合うディアンとマルガリータを、柔らかなハーブの香りが風に乗って、二人を祝福するように包み込んだ。





END
完結です。最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました!
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