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第19話:ノヴァルナ包囲網
#03
しおりを挟むそしてノア以上にこの宙に浮かぶ超巨大書庫に、興味を惹かれている者がいる。アンドロイドのP1-0号である。
段々と距離が縮まる超巨大書庫の一つ、そしてその向こうの山間には、霧に霞んだ別の超巨大書庫が遠くまで点在していた。そんな光景を見るP1-0号は、黄緑色をしたセンサーアイが激しく明滅を繰り返しており、まるで興奮状態にあるようにも見える。
「あれらの一つ一つに、モルンゴール帝国の有史以来の知識が…」
呟くP1-0号の隣で、この旅に同行している謎の人物テン=カイも、顔を隠す黒いホログラムスクリーンの向こうで言う。
「電子データにすればあの建造物一つの、百分の一にも満たない大きさに、収まるのでしょうが…。こうしてみると圧巻ですな」
モルンゴール星人のガルバックが言うところによれば、ヒュドラン星人はモルンゴール帝国が宇宙へ進出した最初期から、従属民族となっており、準一等民の資格を与えられて、帝国の知識情報の保管を任されたのだという。
知識情報を書籍で残すのはヒュドラン星人の文化であり、オリジナルの知識情報自体は当然ながら、旧帝国首都モンゴラムにも同じものが、電子データで保管されているらしい。
「これで帝国が、自分達に従う文明には寛容なのを、理解してもらえただろう」
ガルバックが言っている事は、ある意味正しい。モルンゴール帝国は従属する文明は、最下層の三等民族であっても、文化保存を尊重する主義を貫いていた。ただ船長のカートライトは、それについて言いたい事があるようだ。操縦席から振り向いて意見する。
「寛容なのはいいが問題はあんたらの、他文明へのファーストコンタクトだろう。まず戦闘を仕掛けて、勝てば従属を要求する。およそ文化的とは言えないがな」
するとこれにガルバックが反論した。
「好戦的である事が未開文明だと、決めつける方が未開なんじゃないのか?」
「そういう主張こそ、文明的とは思えないが?」
言い返すカートライトに、ガルバックは軽く鼻を鳴らして反論を重ねる。
「我々と戦った事で本性を現したのは、君たち銀河皇国だろう。武断的性格を強めた挙句の果てが、今の戦国時代ではないか。必要としない時は全く戦わない我々からすれば、常時戦っている君たちこそ好戦的種族ではないか」
そう言ったきり睨み合うカートライトとガルバックに、ノアは小さく咳ばらいをした。これを聞いてマニスが、「ちょっと、二人とも!」と注意を促す。
ここへ来るまでにも意見の相違があった、カートライトとガルバックだったが、議論の相手となっているだけであって、本気でいがみ合っているわけではない。
やれやれ…と、肩をすくめたノアは、自分の背後で視線に気付き、肩越しに振り返る。そこに立っていたのはランであった。ところがランの表情は、いつもの謹厳なものでは無く、まるでメルヘンティックな少女のように、双眸を輝かせている。
「ラン?」
ノアに呼び掛けられて、ハッ!…と真顔に戻るラン。どうやらずっと操縦室の窓の外の、超巨大浮遊書庫を眺めていたらしい。何かに強く興味を示すランの姿を、ノアは珍しく思って尋ねてみた。
「あれが、気になるのですか?」
「いっ、いえ!…」
そう応じてプルプルと首を振る仕草も、ランにしては妙に可愛らしい。空中に浮かぶヒュドラムの書庫は石の神殿のようで、緑の葉の生い茂る蔓木が巻きつく様子は、ファンタジー作品にでも出て来そうだ。ノアはランが実はそういったものが、好きなのかも知れないとも思う。
「“次元物理学”としての書庫は無いみたいだけど、“宇宙物理学”の書庫は見つけたよ。たぶんそこに、纏められているんじゃないかと思う」
浮遊書庫のスキャンをし続けていたマニスが報告すると、「位置は?」とカートライトが問う。
「右舷022、距離350キロ。ヘメエイスという名の、街の上空にある奴だよ」
これを聞いたカートライトは、『ジュエルダガー』号の舳先をやや右に傾けた。僅かに速度を上げ、目的地となった浮遊書庫を目指す。幾分霧が晴れ始めた空は、所々で青い色が混じり出す。十分も飛行すれば、ヘメエイスの街へ到着である。
峡谷を抜けた彼等の眼の前には、モルンゴール帝国有史以来の。宇宙物理学の情報が詰まった浮遊書庫。ここへ到着するまでに気付いた事だが、書庫の大きさには違いがあり、眼の前に近づいて来るそれは、ひときわ大きなものであった。縦横が七百メートルはあるだろう。
「あれだね」
副操縦士席のセランの言葉に、ガルバックは『ジュエルダガー』号の着陸を指示した。
「浮遊書庫に直接ドッキングは認められてないから、船はヘメエイスの街に降りてくれ。街の外周に離着陸場があるはずだ」
これに対してセランが、航空管制局から取得した街のデータを、ホログラムスクリーンに展開して指摘する。ようやく到着の時が来たらしい。
「街の西側にある、これだと思うよ」
ヘメエイスの街の西端にある離着陸場に、『ジュエルダガー』号を降ろした一行は、街の中心部の空中に浮かんでいる、宇宙物理学の浮遊書庫へ向かった。使用するのは、レトロな路面電車を模した反重力鉄道である。速度は時速ニ十キロ程度、
街並みもレトロな印象であり、薄い赤茶色のマーブル柄が入る、乳白色をした石造りの建造物は最高でも五階建て。建物と建物の間には大きな樹木が植えられて、緑が豊富だ。
そして通りを行き交うヒュドラン星人は、インコのような頭を持つ、やや猫背の穏やかそうな種族だった。石造りの建造物などのレトロな見た目から、文明レベルは低く思われがちだが、実際はそんな事は無く、石造りといっても組成強化処理によって、特殊合金並みの強度と軽さを持っている。
また浮遊書庫もおとぎの国のような代物だが、内部には対消滅反応炉と重力子制御装置が搭載されている、科学の先端をいく存在であった。
離着陸場駅から“路面電車”に乗り込んだ時は、ノア達だけであったが、ヘメエイスの街の中心部に向かう途中の駅々で、ヒュドラン星人の乗客が次々と乗り込んで来る。するといやがうえにもノア達は目立ち始めた。それに伴って周囲からの視線も集まりだす。無理もない、旧モルンゴール帝国領のこの辺りまで来る、銀河皇国の人間はほとんど居ないからだ。
ヒト種の女性が六人、フォクシア星人の女性が一人、モルンゴール星人の男性が一人、アンドロイドが一体、黒づくめで人かアンドロイドかわからないのが一体。このような奇妙な組み合わせであるから、ヒュドラン星人達が気に留めるのも当然である。
ただ乗客の中には、この惑星で暮らしているらしいモルンゴール星人も何人がおり、彼等の視線はひときわ厳しい。その視線の先にいるのはランだった。
ランが鋭い視線を送るモルンゴール星人の男に眼差しを返すと、相手は「ふん」と鼻を鳴らして眼を逸らす。その様子にジュゼ=ナ・カーガが、「なんなのよ、アイツ!」と苛立った小声で反発した。
モルンゴール星人の男の反応に、ガルバックは前を向いたまま詫びを入れる。
「済まんな。フォクシア人を好きなモルンゴール人は、あまりいないんでな」
これを聞いたランは、「わかります」と頷いた。かつて起きたモルンゴール帝国と銀河皇国の戦争で、帝国の敗北を決定づけたのが、フォクシア星人の寝返りだったからである。それでもガルバックは、フォローを入れるのも忘れない。不器用な言い回しで告げた。
「ちなみに俺は、気にしてないから安心してくれ」
▶#04につづく
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