銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

文字の大きさ
28 / 526
第2話:キノッサの大博打

#07

しおりを挟む
 
 ドルグとフーマは元はドゥ・ザン=サイドゥの重臣で、ドゥ・ザンが嫡男のギルターツと戦って敗死した際にノヴァルナのもとへやって来て、そのまま家臣となった二人である。したがって現在のイースキー家にいる人材にもある程度は明るい。

「ティカナック家のハーヴェン?…誰それ?」

 初めて聞く名に、ノヴァルナは訝しげな表情になった。それもそのはずで、この時期までティカナック家は、宙域外の勢力に対して目立った行動はとっていなかったからだ。しかしデュバル・ハーヴェン=ティカナックの父、ジューゲン=ティカナックはかつてサイドゥ軍第9艦隊司令官を務めており、六年前にはドゥ・ザンが陣頭指揮を行った、オ・ワーリ宙域侵攻にも随伴して、ノヴァルナの父ヒディラスと砲火を交えた事もある。

「ティカナック家は、タルミーという名の星系を領有する、サイドゥ家時代からの重臣にございます」

 まず答えたのはコーティー=フーマだ。それにドルグが言葉を繋ぐ。

「父のジューゲンとは我等二人、良き友人でした」

「でした?」とノヴァルナ。

「五年前でしたでしょうか…ドゥ・ザン様がギルターツ様と戦われる直前に、急死しまして、くだんの嫡子デュバルが家督を継いだはず。しかしその後の動向は、我等がノヴァルナ様のもとへ参ったため、不明にございます」

「舅殿の側だったのか…大丈夫なのか?」

 ドゥ・ザンとギルターツの争いでは、ドゥ・ザン敗死のその後、ドゥ・ザンに味方していたアルケティ家などは、領地のカーニア星系をイースキー軍に攻め込まれて滅んでしまっていた。それで考えるならば、ティカナック家も同様の道を辿っていてもおかしくなない。

 それをノヴァルナが尋ねると、ドルグはゆっくりと首を振って否定した。立ち回りさえ間違えなければ、ギルターツ様はティカナック家を、滅ぼしたりはしていないだろうという。不思議に思ったノヴァルナが問う。

「そりゃまた、どういう事だ?」

「ハーヴェンの戦術、戦略に関しての才能は古今東西の歴史を記憶し、過不足なく現状に活かす才。それは幼少期からのものであり、サイドゥ家でも広く知られていましたからにございます。ギルターツ様も、これは生かしておきたいはずかと…」

「へぇ…」

 ドルグの言葉は可能性の話ではあるが、敵対していたギルターツが、滅ぼさずに味方にしておきたいと考えるならば、デュバル・ハーヴェン=ティカナックとは、それだけの人材であるのだろう。さらにフーマも付け加える。

「“ミノネリラ三連星”の一人、アンドアは兼ねてから、ハーヴェンのもとへ娘を嫁がせたがっておりました。もしこれが実現しておりましたならば、ハーヴェンは今もそれなりの地位が保証されておるはずです」
 
 実際にフーマの言葉通り、ハーヴェンはアンドアの娘婿となっており、将来的にその戦略眼を活用したいと考えていた当時のギルターツも、アンドア家に従属する形として、ティカナック家の存続を認めていた。

 そのハーヴェンは、イースキー家の本拠地惑星バサラナルムに、“ミノネリラ三連星”と共に帰還し、彼等三人やその家臣達とささやかな祝勝会の場にいた。
 二十歳になったばかりのハーヴェンは、色白で銀髪の細身な青年である。幼少時から戦略と戦術に通じ、時の当主ドゥ・ザン=サイドゥをして、「あれは将来的にバケモノとなるに違いあるまいて」と言わさしめた。だが同時にドゥ・ザンはこうも付け加えたという。


「遺伝子治療が順調ならば…な」


 デュバル・ハーヴェン=ティカナックは先天的に遺伝子に異常があり、今の銀河皇国ほど医療技術が発達していないひと昔前ならば、青年期を迎える事無く生涯を終えていたはずであった。現在はその治療もひとまずは成功しているが、体力的には常人同様までには至っていない。それが今までハーヴェンを、表舞台へ立たせる妨げとなっていたのである。



「やはり今回の第一の功は、ハーヴェンであろうな」

 宴席でハーヴェンに向け、エールを満たしたグラスを軽く掲げたのは、“ミノネリラ三連星”の一人、リーンテーツ=イナルヴァだった。いつも怒ったような顔をしているリーンテーツだが、眼の光と口許の綻びが、笑っている表情である事を示している。同席している家臣のほとんどが頷き、リーンテーツの言葉を肯定する。

 穏やかな笑顔をして会釈するハーヴェンの隣に座る舅、モリナール=アンドアも丸顔に笑顔を浮かべ、我が事を自慢するように応じた。

「そうともよ。我が婿の進言に従って、正解だったであろう?」

 宇宙城建設を目的に『スノン・マーダーの空隙』へ進入しようとした、ウォーダ家に大打撃を与えて撃退した今回の勝利は、ハーヴェンの進言を容れたアンドアが残る“ミノネリラ三連星”の二人に、ともに出撃する事を要請したものだった。
 するともう一人の“ミノネリラ三連星”、ナモド・ボクゼ=ウージェルが感心する事しきりな様子で言う。

「なんといっても、着眼点が我等とは違うな。建設資材の発注数から、ウォーダ家がカーマック星系への新基地建設と、『スノン・マーダーの空隙』への築城を、同時に行おうとしている事を見抜くなど、我等では気付かぬ事だ」
 
 ウージェルが口にしたように、ハーヴェンがノヴァルナの同時建設計画を見抜いたのは、ヴァルキスのアイノンザン=ウォーダ家を通じて入手した、幾つかの情報からであった。

 その中にはウォーダ家が惑星ラゴンの民間企業に対して発注した、基地建設用と思われる資材の情報も含まれていたのだが、ハーヴェンが着目したのは、その発注量の多さだ。カーマック星系はそれなりに発展した植民星系であり、大規模基地を建設するにしても、かなりの資材を現地調達出来るはずであった。植民星系経営の観点からしても、その方がカーマック星系に経済効果をもたらせられる。
 そうでありながら、ウォーダ家がラゴンの企業に発注した量は、基地が二つ建設できてもおかしくない量だったのだ。

 それに加えて、ウォーダ家が船団を編制しようとしていた、輸送船の数も奇妙であった。カーマック星系基地建設用輸送船団として編制された、輸送船の数と予想積載資材総量に、大きな隔たりがあるという事だった。
 ハーヴェンはこれらから、秘密裏に別の輸送船団が編制されており、その目的はこれまでの事例から、おそらく『スノン・マーダーの空隙』に、宇宙城を建設するものだと判断したのである。

 そしてこのハーヴェンの判断を是として、艦隊の出動を決定したアンドアも英断だったと言ってよい。ハーヴェンが自分の判断材料として持ち出して来たのは、状況証拠ばかりで、決定的な物的証拠は無かったからだ。それをアンドアは、リーンテーツとウージェルにも出撃を要請し、大戦力をもって迎撃に向かったのだった。

「どんな奇策の中にも、動かせない理屈はあるものです。その理屈を見据えておけば、看破も可能でしょう」

 ハーヴェンが落ち着いた口調で告げると、リーンテーツは「ワッハハハ!」と大きく笑って楽しげに言い放った。

「いや。これは頼もしい軍師どのが、現れたものよ」



 対するノヴァルナも、手をこまねいているつもりは全くない。認めるべき敗北は認めて、すぐに次の手を打つべきだと考えた。ただしドルグとフーマから聞いた、デュバル・ハーヴェン=ティカナックという人物の関与が事実で、また諜報活動に長けたアイノンザン=ウォーダ家が敵に回っている以上、大胆かつ慎重な策が必要だろう。敗北した直後のこのタイミングこそ、上手く利用したいところだが………

 どうしたものか―――と、その日の朝も執務室の天井を見上げて、腕組みをするノヴァルナ。するとドアがノックされ、「失礼致します」とトゥ・キーツ=キノッサが入って来る。何かの報告か、誰かの来訪か…と向き直るノヴァルナに、キノッサはいつにない真顔で告げて来た。

「お話したい事が、ございまして―――」
 
「なんだ? えらく改まってんじゃねーか」

 真面目な中にも、どこか緩い雰囲気を出しているのが普段のキノッサだが、この時はそれも無く、真剣そのものの顔をしている。

「実はこのわたくし、ノヴァルナ様にたってのお願いがございまして」

「おう。言ってみ」

 ノヴァルナがそう応じると、キノッサは執務机を隔てて、ノヴァルナの前で片膝をついた。そして硬い口調で訴える。

「次なる『スノン・マーダーの空隙』への築城。このわたくしめに仰せつけ下さいますよう、何卒お願い申し上げます!」

「………」

 キノッサの言葉を聞いたノヴァルナだが、反応はなく、真正面から見据えるばかり。ノヴァルナの無反応にキノッサは顔を上げ、自分からもノヴァルナの眼を見据えた。

「………」

「………」

 この時のキノッサは二十歳。ノヴァルナの事務補佐官の地位はそのままだが、同時に昨年から、内務担当家老ショウス=ナイドルの、筆頭書記官の地位も与えられていた。民間登用で二十歳の若さながら、筆頭書記官とは異例の出世ではある。
 十四歳でノヴァルナに仕え始めて以来、与えられた仕事を手際良くこなし、軽口は叩きながらも骨身は惜しまなかった。ASGULパイロットとしての腕は中の中だが、最前線に立つ勇気もあり、私兵集団『ヴァンドルデン・フォース』との戦いでは、無人駆逐艦部隊を遠隔操作で操って勝利の一翼を担った。

 だが今回は、そういったこれまでの職務とは一線を画すものだ。

「築城をさせろってコトは、自分に部隊の指揮をさせろ…ってコトだよな?」

 少し凄んで尋ねるノヴァルナに、キノッサはたじろぐ事無くきっぱりと応じる。

「はっ!」

「前線で兵の一人も指揮した事がねぇヤツに、一軍の指揮をやらせろってか?」

「はっ!」

 ここでも間髪入れずに肯定するキノッサ。

「ふぅん…」

 このキノッサの態度に、ノヴァルナは椅子の肘掛けに右腕を乗せ、背もたれに上体を預けると、品定めをする眼でキノッサを見た。掴みどころのない部分があり、お調子者のキノッサだが、こういった事で悪ふざけをするような人間ではない。それでも部下が時と場所と立場も弁えず、こんなことを言って来た場合、常識人なら聞く耳も持たず、一笑に付すか一喝して終了が普通である。

 しかしそれを聞くのがノヴァルナとなると、また話は違って来る。常識的行動を取るべきところで、取りたくなくなるのがノヴァルナだった。

「どうするつもりか…言ってみろ」
 




▶#08につづく
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...