銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

文字の大きさ
138 / 526
第5話:ミノネリラ征服

#19

しおりを挟む
 
 “ジャルミス暗黒星雲の戦い”は終結し、星雲外縁でウォーダ軍“輿入れ艦隊”は、アーザイル家の第1、第2、第3の三個艦隊からなる“出迎え艦隊”と、邂逅を果たした。
 コーガ星系恒星間打撃艦隊は、行動不能に陥っていた艦載機とその搭乗員を収容して撤退。ウォーダ艦隊も脱落していた三隻の戦闘輸送艦と、再合流する事ができていた。両軍ともに意外と死者は少なく、これには多くの死者を出すのを避けた、ウォーダ側のフェアンへの配慮によるものが大きい。

 アーザイル家の総旗艦『ソウリュウ』がここまで深く、ロッガ家の勢力圏に進出して来るのはかなり危険な行動であり、それだけに当主ナギの本気を感じさせる。

 周囲をアーザイル家の宇宙艦に囲まれているウォーダの小艦隊の光景。それを総旗艦『ソウリュウ』の艦橋から眺める、ナギの側近トゥケーズ=エイン・ドゥは極めて不謹慎な考えを抱いていた。いま自分達が一斉に砲撃を行えば、ノヴァルナ・ダン=ウォーダを討ち取る事など容易い…という思いだ。しかしエイン・ドゥはすぐに頭を軽く振り、自らの邪念を打ち消す。

 エイン・ドゥがそのように考える通り、現在のアーザイル家には当主ナギ・マーサス=アーザイルと、フェアン・イチ=ウォーダが結婚する事により、両家が親戚関係となるのを、危惧する勢力があるのも確かだった。特にナギの父で前当主クェルマスとその周辺は、エテューゼ宙域星大名のアザン・グラン家との同盟を、何よりも重視しており、結婚によってウォーダ家との同盟関係が、アザン・グラン家を上回るようになるのを強く懸念しているらしい。

 もっとも今のフェアンとナギの二人にとっては、そのような批判の声の存在も、どこ吹く風であった。『クォルガルード』を発進したシャトルが『ソウリュウ』の格納庫へ到着し、ハッチが開くと、フェアンは視界の先に待つナギに向かって、歩を速める。ノヴァルナとノアや姉のマリーナは置き去りだ。

「ナギーー!」

「やぁ、フェアン」

 笑顔で両手を取り合う二人。置き去りにされたノヴァルナは珍しく、どこか少し寂しそうでもある。
 
 手を取り合うフェアンとナギはそのまま、ノヴァルナのところへ歩み寄った。

「ご無沙汰しております、ノヴァルナ様。ご無事で何よりでした」

 人が良さそうな笑顔で頭を下げるナギに、ノヴァルナも穏やかに応じる。

「実に良いタイミングで、救援に来て頂きました。おかげで助かりました」

「いえ。本来ならば、もっと早く合流を果たすべきところ、遅れてしまいました。申し訳ありません」

 ナギ率いるアーザイル艦隊の出現に驚いた、コーガ家のイディモスが得ていた情報の通り、ロッガ家では勢力圏に侵入したアーザイル艦隊の位置を、超巨大暗黒星雲ビティ・ワン・コー沿いでなおかつ、もっとアーザイル家勢力圏に近いだと思っていたのだ。
 ところがこれはアーザイル家が送り込んだ、大部分を無人貨物船で構成された、囮部隊であった。ロッガ家の第一発見時は確かに、ナギ直卒の艦隊が居たのだが、隙を見て囮艦隊と入れ替わったのである。ただその入れ替わりのための時間消費が影響し、“輿入れ艦隊”との合流が遅れたのである。

 だがその一方で、ナギは「いやいや」と笑顔を見せるノヴァルナの実力に、改めて舌を巻いた。自分達が到着して時にはすでにノヴァルナは、優勢なコーガ艦隊を自力で、ほぼ排除しつつあったからだ。



 その後、アーザイル家の勢力圏に移動した両艦隊は、とある植民星系で二日を過ごし、それぞれの本拠地へ帰還する事となった。損傷を受けたウォーダ軍の戦闘輸送艦は、アーザイル艦隊からも修理を受け、航行能力に関しては、ほぼ復旧する事が出来ている。

 そしてフェアンがウォーダ家を離れる時が来た。

 来た時と同じ、アーザイル軍総旗艦『ソウリュウ』の格納庫。居並ぶ両家の当主とその取り巻きの顔ぶれも、来た時と同じだったが、ただ一人フェアンの立つ場所だけが、違っている。フェアンが立っているのはウォーダ家側ではなく、アーザイル家側のナギの隣だ。無論、フェアンだけがアーザイル家に行くのではなく、ノアにとってのカレンガミノ姉妹のように、命を賭してフェアンを守る護衛兼侍女が、何人かは従うのだがこの場にはいなかった。

「じゃぁ、ナギ殿。妹を宜しくお願い致す」

 普段のぶっきらぼうな物言いとは打って変わり、今のノヴァルナの口調からは、誠実さがにじみ出ている。それに応じるナギの言葉には、静かだが硬い決意が感じられた。

「彼女の事は必ず僕が守ります。ご安心ください」
 
 ナギのフェアンを“守る”という言葉の中には、当然ながらフェアンとの結婚に対して、批判的な見識を持つアーザイル家中の者に対して、という意味も含まれているのは明白であった。
 そしてその言葉が信用するに足る事も、ノヴァルナは知っている。四年前の皇都惑星キヨウではノヴァルナに協力し、イースキー家に奪われそうになったノアの救出に、危険を顧みず戦ってくれたからだ。そんなナギの真摯さに、ノヴァルナは大きく頷いた。

「ノヴァルナ様」とナギ。

「はい」

「この先、我がアーザイル家も、出来る事はどのような事でも、協力させて頂きます。ノヴァルナ様におかれましては、ご自分の目指されるものに、邁進なされますよう」

 ナギは四年前の共闘で、ノヴァルナの戦いの目的が単なるオ・ワーリ統一や、領域の拡張ではなく、星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガを奉じ、長年に亘る戦国の時代に終止符を打つためのもの、という真意に触れていた。これに感化されて、志を同じくしたいと考えていたのである。

「ナギ殿のそのお言葉、百万の味方を得た気分です」

 軽い笑みを見せて頭を下げるノヴァルナ。ただ今のノヴァルナには、それ以上に妹への思いがあった。

「ですが、私がまず一番に思うのは、ナギ殿と我が妹が幸福であること…それをどうかお忘れなきよう、二人で健やかに過ごして下さい」

「ありがとうございます」

 ナギが感謝の言葉を口にすると、ノヴァルナはフェアンに向き直り、視線を交わし合う。無言の時間が僅かに過ぎたあと、フェアンはノヴァルナに歩み寄って両腕を伸ばし、ゆっくりと軽く…やがては強く、ノヴァルナを抱きしめた。

兄様にいさま…」

 隣町でも隣国でもない。ウォーダ家の本拠地惑星ラゴンから、アーザイル家の本拠地惑星グバングまでは直線距離でも約三千光年。ともすればこれが、今生の分かれになるかも知れない兄妹である。抱きしめる腕にも自然と力が込められる。
 いつものように見当違いの軽口を叩こうか?…二人を冷やかす言葉にしようか…それとも強がって見せようか…返す言葉に迷ったノヴァルナだったが、口にできたのは、純粋な気持ちから込み上げて来た一つの言葉だけであった―――

「元気でな」

 フェアンもいつも見せている奔放さは影をひそめ、きつく閉じた瞼に、溢れ出す思いを飲み込むような声で応じる。

「これまで…ありがとう」
 
 永遠に近い短い時間、フェアンは兄と抱擁したフェアンは、その傍らに立つノアとも抱き合う。

「ノア義姉ねえさま…行ってきます」

「イチちゃん…」

 フェアンにとってノアは、自分が目指すべき女性だった。常に自分というものを持ち、凛とした芯の強さと、深い慈愛の心を持っているからだ。そのノアはフェアンの後ろ髪を、優しく撫でながら語り掛けた。ノヴァルナと一緒になった自分がそうであるように、フェアンにもそうなって欲しいと。

「ウォーダ家とかアーザイル家とか、そういうのは抜きにして、ナギ殿下と幸せになってちょうだい。それがあなたを大切に思う、私達の一番の望みよ」

「うん。ありがとう…幸せになる」


 そして実の姉のマリーナ。生まれた時からずっと一緒に育って来た姉とは、無言で抱擁を交わす。声には出さなくとも、幾つもの言葉が姉妹の間で行き交った。母トゥディラから政略結婚の道具として、まるで人形のように扱われた少女時代。突然現れた兄ノヴァルナによって、姉妹は無機質な日々から解放された。それ以来、大人びたマリーナは、幼さの消えない自分に時には厳しく、時には優しく、何かと世話を焼いてくれていた。

「ウォーダ家の姫として、恥ずかしくないようにしなさい…」

 抱擁で生じた髪の乱れを直してやりながら言うマリーナの言葉は、ノヴァルナやノアとは少し違う。ただその後に抱き寄せて囁いた言葉には、実姉の万感の思いが込められていた。

「私の可愛い妹…どうか末永く幸せに」

「ありがとう」



 名残は尽きなかったが、時間を止めたままには出来ない。それじゃあ…と告げ、『クォルガルード』のシャトルに向かうノヴァルナ達と、見送るフェアンの間の距離が開いていく。シャトルのタラップを上り始めるノヴァルナ。その時、フェアンが小走りに進み出ると、瞳に浮かべていた涙を拭い、手を振りながら、これまで幾度も見せて来た明るい笑顔で声を掛けた。

「ノヴァルナにいさまーー! だーいすきーーー!!」

 それに応じ、ノヴァルナは不敵な笑みを返して、これまで通りの言葉を送る。

「おーう。任せとけーー!」

 誰にとっても明るい未来を予感させるような光景。



だが…この数年後―――



 ノヴァルナは、この時のフェアンの笑顔を思い返すたびに、鈍く尖った刃物で心の臓を抉られるような息苦しさを、抱くようになるのであった………




▶#20につづく
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...