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第8話:皇都への暗夜行路
#12
しおりを挟むバルガットは言葉ではノヴァルナを持ち上げてはいたが、その眼には苛立ちの光が宿っていた。摂政あるいは関白の地位を餌として与え、飼い慣らしていこうという魂胆があったのだろう。
かつて摂政として隆盛を誇ったハル・モートン=ホルソミカもその実、バルガットら上級貴族の顔色を窺わねばならない一面があった。摂政や関白になったとしても、自身でNNLシステムを制御できるわけではなく、政策の実行等については星帥皇と上級貴族達―――NNLシステム中枢にアクセスできる高い“トランサー”能力を有する者を、介する必要があるためだ。
しかしノヴァルナに、そのような借りを作る考えはなかった。そもそもジョシュアの星帥皇としての器が、彼の亡き兄テルーザに及ぶものではなさそうだ…という冷然とした事実があり、それを踏まえた上で銀河皇国の再建に乗り出すには、星帥皇室の権威を利用こそすれ、自分自身はフリーハンドであった方がいいと、この上洛の間に構想を修正したのである。
ただ、バルガットも簡単には引き下がらなかった。物は言いようで、ノヴァルナの取り込みを図ろうとする。
「しかしながらノヴァルナ公。ご貴殿の大功に何ら報いる事が無いとなりますと、我等はともかく皇国の民草から、“ノヴァルナ公に多大な協力を得ておきながら、何の褒美も与えぬとは、ジョシュア陛下はなんと狭量な”との声も出かねませぬ。ここは一つ、形だけでも何かお望みのものを、受け取ってはもらえませぬか?」
これを聞いたノヴァルナは内心で、チッ!…と舌打ちした。まずキヨウの人心掌握に腐心している自分が、上洛を果たした直後でありながら、星帥皇室からの恩賞話を無下に断って、温度差を市民らに見せるのは、確かにマズい。こういうところの駆け引きは、さすがにバルガットの方が老獪だと言えよう。
“仕方ねぇなー…”
声には出さずに、腹の中で言い放ったノヴァルナは、「なるほどこれは、迂闊でした。考えの至らぬこと、お許し下さい」と、自分にとっては意味の無い言葉を挟んで、それでは…と望むものを口にする。
「我が軍に超空間ゲートの使用権を、頂きとうございます」
「!!…」
サッ!…と顔色が変わる、バルガットと上級貴族達。軍略に明るくない貴族達であっても、超空間ゲートの戦略上の重要度は理解できる。超空間ゲートが使用できるのであれば、DFドライヴを繰り返して恒星間を移動するよりも、遥かに短い時間で攻撃目標の星系に到達できるようになり、奇襲すら可能であった。
この高い戦略性もあってヤヴァルト銀河皇国では、NNLシステムの制御権と並んで、超空間ゲートの制御権を星帥皇室の直轄としているのである。そしてこれまで、超空間ゲートの使用が許可されていたのは、銀河皇国直轄軍のみだった。上級貴族の一人がこの事をノヴァルナに告げると、ノヴァルナは平然と応じる。
「星帥皇陛下を擁した今の我が軍は、銀河皇国直轄軍と同等と考えまするが?」
「………」
困惑顔で互いに視線を交わす上級貴族達。ノヴァルナの言う通りではあった。八年前の、ミョルジ家の第一次キヨウ侵攻の際、これを迎撃した皇国直轄軍はほぼ壊滅し、現在では僅かな残存部隊がヤヴァルト星系と、その周辺星系に配置されているのみだ。実質的にキヨウを守れるだけの戦力も無く、戦えるのはノヴァルナの軍しかいない。
しかし星大名家の軍を直轄軍として扱うのは、バルガットらにもさすがに躊躇われる。事実、ミョルジ家の傀儡となっていたテルーザも、ミョルジ家に超空間ゲートの使用は許さなかった。それにウォーダ家に、超空間ゲートの使用を許すという事は、エルヴィスがミョルジ家に、超空間ゲートの使用を許そうとしたのと、同じとなる。無論ノヴァルナも、それを承知の上で要求したのだが。
即答に窮するバルガットらに、ノヴァルナは僅かに口許を歪め、「いや、これは失礼―――」と軽く頭を下げた。どうせ出来ぬであろうという事は分かっている。
「星帥皇室の臣下として、つい過ぎたる事を望みました。希望の物につきましては後日、改めて申し上げさせて頂きます」
ノヴァルナにそう言われ、上級貴族の面々は「そうして頂くと助かる…」と返して、胸を撫で下ろす表情になるが、同時にノヴァルナに対し“なんと可愛げのない…”という視線を向けた。だが上級貴族達が自分本位の今の考えを変えぬ限り、慣れ合うつもりなど毛頭ないノヴァルナである。上級貴族質のそんな視線などどこ吹く風だ。頃合いと見たのか、側近のトーエル=ミッドベルが、ジョシュアに耳打ちした。
「ではノヴァルナ殿。後日あらためて、所望の物を申し出てるがよい。本日はご苦労であった」
“下がってよい”という意味の言葉に、ノヴァルナは「御意」と頭を下げると、優雅に立ち上がってジョシュアに背を向け、去って行く。その姿が謁見の間から消えると、ジョシュアは心細げにトーエルに尋ねた。
「ミッドベル。ノヴァルナ殿は機嫌を、損ねられたのではないか?」
「いいえ。そのような事は」
微笑みと共に応じるトーエルだったが、その額には汗が滲んでいた………
▶#13につづく
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