205 / 526
第8話:皇都への暗夜行路
#14
しおりを挟む旧知の仲のように馴れ馴れしく、ノヴァルナに語り掛けて来るヒルザードは六十代前半。黒と浅葱に染め分けられた軍装を身に纏い、髪は全て白髪で銀狐のように見えた。切れ長の眼が闘将というより、知将というイメージを強くさせる。
「よく来たマツァルナルガ。ノヴァルナだ」
あえてぶっきらぼうに応じたノヴァルナは、腕を差し出す身振りでヒルザードに座るよう促す。ヒルザードは些か芝居じみた大袈裟な動きで、「ははっ」と鷹揚に頷いて腰を下ろした。そしてノヴァルナではなく、いきなりランに顔を向けて声を掛ける。
「そなたがラン・マリュウ=フォレスタか。噂は聞いておる。ノヴァルナ様によく忠義を尽くしておるとの話、同じフォクシア人として嬉しく思うぞ」
まるでこの応接室へ来るまでの、ノヴァルナとランの会話が聞こえていて、それに対する皮肉であるかのような、ヒルザードの物言いだった。ランは表情を見せずに、「ありがとうございます」とだけ応じる。ただランという人間を知るノヴァルナは、彼女が纏う空気から“うわぁ…怒ってるぞ、コイツ”と察知した。おそらくランは、ヒルザードがノヴァルナを無視して、自分に話しかけて来たような態度を見せた事に、腹を立てているのだろう。
しかし当のヒルザードは、ランの苛立ちを知ってか知らずか、気に留めるふうも無く、応接室の天井をゆったりと見回しながら、感嘆した口調で告げる。
「いやそれにしても…『ヒテン』でしたか? 良い艦ですな。ううむ…いい。実にいい」
自由勝手に振る舞うヒルザード。対峙するノヴァルナも気圧される事無く、いつもの不敵な笑みと共に、気兼ねも見せずヒルザードに問い掛ける。
「へえぇ…どこが、そんなにいい?」
「シャトル格納庫から、こちらへ参るまでに拝見したのですが、まず…掃除が行き届いておりますな」
「変わったところに、眼を付けるもんだな…それがそんなに、いい事なのか?」
「はい。清掃が行き届いているのは、艦の状況に余裕がある事を示しております。そしてその余裕が総旗艦のものであるならば、それは即ち、全艦隊が余裕を持って行動出来ているという事…重畳この上無き事で、ございましょう」
「なるほどな」
「次に、シャトル格納庫の整備兵。眼も生き生きとして、動きも機敏…末端の兵までがこうであるのは、高い士気を維持できているという事にございます。この二つを見ただけでも、ここへ来た甲斐があったというもの」
上手い褒め方だな…とノヴァルナは感心した。だがそれ故に、ノヴァルナの感性がヒルザードは危険な人物だと感じる。
「艦とウチの連中を褒めてくれるのは有難いが、前置きが長げーのは嫌いなんでな。ここは腹を割って話そうじゃねーか」
ノヴァルナがそう言うと、ヒルザードはニタリ…と口許を歪めて、「仰せのままに…」と頭を下げる。細めたその眼の奥では、“喰えぬ若造が…”と呟いているのが見て取れた。おそらくヒルザードは自分主導で話を進めようとして、ノヴァルナを持ち上げるような掴みの言葉を、口にしたのだろう。しかしそうは問屋が卸さないのが、ノヴァルナであった。普段の砕けた口調にすると、簡単にはヒルザードに話のペースを渡さない。もっともヒルザードの方もノヴァルナの普段の口調に、興味を抱いたようではある。
「まずは、テルーザ陛下が殺害された時、ジョシュア陛下を逃がしてくれた事に、感謝するぜ。いずれ改めて、ジョシュア陛下に拝謁できるよう整える」
「ありがとうございます」
「で? なんでミョルジ家と手を切ったんだ? 何の利があった?」
ミョルジ家の実権を握った“三人衆”との関係が悪化したとはいえ、完全に敵に回してしまうには、ヒルザードにもそれなりの理由があるはずだった。それを知るために、本題を正面から斬り込んで来るノヴァルナだが、ヒルザードに動じる様子は微塵も見えない。さらりとその理由を打ち明ける。
「使えなくなった…からに、ございます」
さりげなく言うその口調が、むしろ背筋を寒くさせる。ヒルザードは僅かに鼻を鳴らして、言葉を続けた。
「戦国の世で弱き事、見通しの甘き事は、悪にございますれば、早めに切り捨てるのが上策…そうでございましょう?」
「ま、分からんでもねーがな。あんたの言ってる事は、俺が知ってた人間が言ってた事と似てるし」
ノヴァルナがそう言うと、ヒルザードは「ハッハッハッ…」と、笑い声を上げて応じる。
「それはドゥ・ザン=サイドゥ様の事ですな。よく比較されます。実に光栄な話でございます」
「そんで、ミョルジ家の“三人衆”とやらに失望して、見切りをつけたってか?」
「さようです。ナーグ・ヨッグ様はもう少し長い眼で、戦略を練られておられた。しかし“三人衆”は先を急ぎ過ぎた。いまテルーザ陛下を殺す必要は、全く無かったのです。そしてその結果がこれですので、それ見た事か…ですな」
「そのナーグ・ヨッグだが、実際のところ、なんで死んだんだ?」
ミョルジ家前当主のナーグ・ヨッグの死は、“急死”とだけ公表され、その死因は伏せられたままであった。そのため実際は、身内に暗殺されたのではないかという説が広まっている。
ノヴァルナの問いにヒルザードは、重要な真実を、これもまたさらりと告げた。
「精神を病んだ末の自殺、でございます」
「なんだそりゃ?…星大名の死に方とは思えねーけど。マジなのか?」
ナーグ・ヨッグの思わぬ死因を聞かされ、ノヴァルナは眉をひそめる。ナーグ・ヨッグ=ミョルジは少なくとも、天下に手を掛けようとしていたのだ。それを目前にして精神を病み、自ら命を絶つなど、普通では考えられない。
そこから先のヒルザードの話では、これまでの戦いでナーグ・ヨッグは嫡男と弟を失い、元から神経質な性格であった事もあって、実際のところ普段からかなりのストレスを抱えていたらしい。
それが高じて昨年あたりからは、疑心暗鬼がひどくなり、他人への疑いの眼が、止まらなくなっていたようである。そしてそこへ持ち込まれたのが、ナーグ・ヨッグのもう一人の弟で、アルワジ宙域を治めるアターグ家の養子となっている、フーバン・イスケンデル=アターグが謀叛を企てている、という情報だった。
このフーバン・イスケンデル=アターグは、ミョルジ軍の中核を成す副将格の武将であり、アルワジ宙域の全艦隊戦力を率いる立場にあった。またその一方で、人徳に富んだ人物で、アルワジ宙域軍だけでなくミョルジ家の全ての将兵達から、支持されていたと言われる。
しかしその人望の厚さゆえに、ナーグ・ヨッグに批判的な者達が集まって、その中心に据えられるのではないか…つまりミョルジ家を、フーバンに乗っ取られるのではないか、という噂が流れ始めたのである。
そしてこの噂を聞き付けたナーグ・ヨッグは、疑心暗鬼により結果的にフーバンを暗殺。だが調べてみると、そのような謀叛の計画など微塵も無く、本当に単なる噂であった事が判明したのだ。
あらぬ疑いをかけて自分の弟を暗殺させたナーグ・ヨッグは、自らの愚行に失望し、自責の念に堪えられなくなって、程なくして服毒自殺したのだという。
ところがヒルザードの話は、それで終わりではなかった。
「…ですがこの謀叛の噂、わたくしが独自に調べさせたところ、“三人衆”と『アクレイド傭兵団』が発信源と思われまする」
「なに?」とノヴァルナ。
「人望が高かったフーバン様は、ナーグ・ヨッグ様よりもむしろ、“三人衆”にとって脅威でした。そしてフーバン様は、『アクレイド傭兵団』との繋がりが、ミョルジの家中で大きくなる事を警戒していた…いわば、目障りだったのでございます」
▶#15につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
初恋♡リベンジャーズ
遊馬友仁
青春
【第五部開始】
高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。
眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。
転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?
◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!
第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる