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第9話:魔境の星
#06
しおりを挟む顔も隠した黒ずくめの装束で初対面の場に現れるなど、怪しい事この上ない。ノヴァルナと同じテーブルに座るカレンガミノ姉妹が、視線に警戒の目を色濃くし、両隣のテーブルに座る陸戦隊の五人も、いつでも飛び掛かれる体勢を取った。
しかしノヴァルナはそういった警戒感を見せず、あっけらかんと言い放つ。
「そうか。宜しく頼むぜ」
ただそれでも観察眼の鋭さには、曇りが無い。僅かな時間だが、立ち居振る舞いからノヴァルナは、このテン=カイなる人物が高位の『ム・シャー』である事を見抜いた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ノヴァルナ殿下」
挨拶を返したテン=カイは、両手を組んでテーブルに置く。手袋も無論のこと黒であった。とその時、ノヴァルナとノアは同時に、テン=カイの手袋の手の甲に描かれた、金色で縁どられた家紋に視線が釘付けとなる。そこに描かれていた家紋は桔梗の花と星雲、トキ家の“星雲紋暗黒桔梗”だったからだ。
“この男は!!”
同じ事を考えたノヴァルナとノアは、互いに顔を見合わせる。黒い手袋に“星雲紋暗黒桔梗”を描いた謎の男…それは八年前、カーズマルス=タ・キーガーがキヨウで出逢った男だった。その男は、この時皇国暦589年のムツルー宙域に飛ばされていたノヴァルナとノアが、トランスリープチューブを使って、この元の世界に帰って来る位置を、カーズマルスに伝えたのだと言われている。
この情報のおかげで、カーズマルスから連絡を受けた『クーギス党』船団は、いち早くノヴァルナとノアの回収に、駆け付ける事が出来たのであった。
実は当初、ノヴァルナとノアはこの謎の男が、当時キヨウにいたとされるミディルツ・ヒュウム=アルケティだと思っていた。そして先日ミディルツがノヴァルナとジョシュアの件で会見した時、その事を尋ねてみたのである。
ところがミディルツの返事は、「身に覚えがない」との事であった。それでこの話は暗礁に乗り上げていたのである。即座に「まず一つ訊きたいのだが」と切り出すノヴァルナ。
「どのような事に、ございましょうか?」
落ち着き払って応じるテン=カイ。
「もう八年前になるか…未来のムツルー宙域へ飛ばされてた俺と嫁が、この世界に戻って来た時、その位置を予見して知らせてくれた人間がいたんだが、それってあんたの事か?」
ノヴァルナの問いに、テン=カイは無言で頷いた。
「そうか。世話になった、恩に着るぜ。しかし俺達が戻って来る場所を、どうやって知ったんだ?」
「…それは、申し訳ありませんが、今はお教え出来ません」
冷淡なテン=カイの返しだが、ノヴァルナもノアも失望した様子はない。これまでの様々な人との出会いの経験上、テン=カイのような人物は、何かしら秘密を抱えているものだと、分かっているからである。続いて質問するノヴァルナ。
「その手袋の家紋、トキの一族の者だな。俺の嫁やミディルツの見知った者か?」
ノアの母オルミラは、トキの一族の支流であるアルケティ家の女性であった。それにミディルツはそのノアの従兄で、アルケティ家の主筋にあたる。ただテン=カイはこの問いにも、少し間を置いただけで返答は拒否した。
「…畏れ多き事ながら、その儀につきましても今は」
これに苛立ちを見せたのはノヴァルナとノアではなく、モルタナであった。宇宙海賊の副頭領にして、腹を割って話し合うタイプの彼女にとって、テン=カイの態度を気に入らなく思うのは当然と言える。口角を上げたモルタナは、皮肉るように言い放つ。
「だったらなんで手袋に、わざわざトキ一族とやらの家紋を入れてるのさ? あたいらからすりゃ、自分で“詮索してください”って、言ってるようなもんだろ」
するとテン=カイは、テーブルに置いた自分の手に顔を向け、奇妙な事を言う。
「これはそのようなものではなく、自分が何者であるかを、忘れぬようにしておくためのものにございます…」
自分が何者であるか忘れぬようにするため?…記憶障害のようなものだろうか、とも一瞬思ったノヴァルナだが、その推察は自分自身への説得力に欠けた。微妙な空気感が漂い始めたところに、ガンザザの「ムハハハハハ」という笑いが、割り込んで来る。ガンザザは四つの眼を細めて告げた。
「まぁまぁ、そういう話はあとにして、本題に入ろうじゃないか」
さっきまで散々話を脱線させていたガンザザにそう言われ、ノヴァルナは苦笑いと共に「それもそうだ」と頷いた。そしていまだ不納得顔の、モルタナに言う。
「“毒を食らわば皿まで”ってヤツだ。今度の旅はまず、マツァルナルガを信用するところが出発点だからな。なら誰と出逢おうが、最後まで信じてみるだけさ」
この物言いに対し、モルタナは頭を下げて「御意にございます」と応じた。公の場での主従の筋を通したのだが、ノヴァルナは相変わらず違和感ありありの眼で、引き気味に「お、おう…」と頷く。この辺りの“慣れ”には、まだまだ時間が掛かりそうであった。
ノヴァルナの判断に、「かたじけのうございます」と礼を言ったテン=カイは、テーブルの上にデータパッドを置く。すると画面が明るく光り、球状のホログラムスクリーンが起動した。
「こちらをお使い下さい」
そう言ってテン=カイは、小型のバイザーをノヴァルナとノア、モルタナとガンザザに手渡す。これを掛けてホログラムスクリーンを見ろという事らしい。ノヴァルナはバイザーを掛けてみてある事に気付いた。手渡されたバイザーにはNNLを遮断する機能があり、視界の中にそれを知らせる警告が、脳を通して視界の隅に表示されたのだ。テン=カイもその事を伝える。
「この宙域にはエルヴィスがおります。迂闊にNNLシステムに、アクセスするのは避けるべきです」
確かにそうであった。ノヴァルナ達がいるのはいまだエルヴィスが、NNLシステムの制御を掌握している宙域である。一応ノヴァルナ達もセキュリティを掛けてはいるが、軍用であるためにラジェのような惑星では不自然さが現れ、かえって潜入を気付かれる可能性もある。
バイザーを通して見ると、データパッド上で宙に浮いた球状ホログラムスクリーンに、宇宙地図と幾つかの恒星系のデータが、表示されていた。これらはバイザーを通さなければ見えない仕組みだ。テン=カイはNNLではなく、指先でデータパッドを直接操作してホログラムを動かした。ピックアップされたのは、エルヴィス・サーマッド=アスルーガが潜んでいるとされる、アヴァージ星系だ。十二個の惑星が公転する恒星系を眺め、テン=カイが言う。
「ご理解頂いておられると思いますが、このままアヴァージ星系へ向かっても、捕らえられに行くだけです」
「そりゃそうだろうぜ。体調不良だか何だか知らねぇが、ミョルジ家の切り札である事に、変わりはねぇだろうからな」
「はい。そのため、非正規のルートを使う事になります」
「それもそうだろうな」
テン=カイは「そこで…」と言いながら、画面を切り替えた。いま自分達がいるユラン星系が、ピックアップされる。しかし続けて拡大されたのは、この第四惑星ラジェではなく、第三惑星のジュマであった。
「ん?…どういう事なのさ?」
モルタナが首を傾げて問い質す。ラジェと同じハビタブルゾーン内にあるものの、第三惑星ジュマは植民が行われておらず、皇国の人間は住んでいないはずだ。ところがテン=カイは、思いも寄らない事を告げた。
「ジュマには、『アクレイド傭兵団』の秘密施設があり、現在も稼働中なのです」
▶#07につづく
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